小さなカルファ
小さなカルファとなった穂乃花の助けもあり、激臭の試練を乗り越えた末の給食時間。
教室内には甘いさつまいもの匂いと、落ち着く豚汁の香りが漂う。
穂乃花とは席が隣っていうこともあり、給食時間の時は机同士をくっつけている。
「あ、そういえば来週はトールお兄様来られるんですか?」
「うん、来るよー! 運動会だしね」
来週、運動会という自分が持つ身体能力をフルに生かし、競うイベントが行われる。
しかも、全校生徒参加。
普通なら赤組とか白組とかに分けるみたいだけど、この学校は単純に各クラスの点数を競う。
そして個人競技の点数配分は少ないのだ。
団体競技については、個人競技に比べて点数配分が多くその合計により、クラスの順位が決まってくると言っても過言じゃない。
今まで、他のクラスや学年のことなんて気にも留めなかった。
だけど、こういった戦いを感じるものなら別だ。
獣人族の誇りを賭けて、どのクラスにも負けない。
ちなみに年齢による体格差もちゃんと考えられていて、低学年と、高学年とで分けられている。
「やはりですか! でしたら、この戦い負けられませんね!」
穂乃花の瞳は、炎が宿っている。
動機は、なんかちょっとズレている気はする。
するけど、その通りだ。
絶対に負けない。負けたくない。
「うん、負けられないね!」
とはいえ、獣人族VS人族みたいになると、ボクらが100%勝ってしまう。
なので、当日は身体能力を低下させる魔法をトールがかけることになっている。
こんなことで魔法を使っていいのかとか、思ったりしたけど、保護した獣人族の子供達をこの日本に馴染ませる為だから問題ないらしい。
肝心の種目は六種目あり、午前の部と午後の部がある。
午前が徒競走、玉入れ、大玉転がし。
午後がダンス、 綱引き、クラス対抗リレーといった感じに。
個人的には、アンカーを任されたリレーが楽しみだ。
「ですね! あ、そういえばカルファお姉様はどうされるのですか?」
「カルファも、ドンテツもくるよー! 休みを取ったとか言ってたし」
「ドンテツおじ様もですか!」
「う、うん」
穂乃花は何故かドンテツのことだけ、おじ様って呼ぶんだよね。
歳の順番でいくと、トール<ドンテツ<カルファって順なのに。
確かにドンテツってトールより十個は上に見えるけど。
「では、どなたが買い物競争に出られるのでしょうね。やはりここは大人気のトールお兄様? いや、そうなると他の皆さんから不満が漏れますよね」
「だねー……保護者枠があるなら、トールってこのクラス全員の保護者なわけだし」
「ですよね! だからこそ、チィコの保護者選びは難しいかも知れませんね」
「うん。てかさ、穂乃花はどんな感じなの?」
「私は……というか、このクラス全員が施設出身ですからね! 例年通りなら、ヒロおじ様が来られるかと」
「ああ、ヒロおじかー! そういえばヒロおじも施設の関係者だったね」
「はい、トールお兄様がいらっしゃらなかった時は、何度も施設に訪れてくれていましたよ」
トールがいなかった時、ヒロおじは市長をこなしながらも施設の運営もこなしていたらしい。
ただ強いってわけじゃなかったんだ。
あ、そういえば出会った頃に、説明してくれてたような……。
防衛省っていう国の機関に所属していて、市長もしていて、あとは施設の責任者もしているとかなんとか……。
ちょっと長くて内容までは覚えてないけど。
「へぇ、そうなんだ……まぁ、ボクは家に帰ってからみんなと相談でいっかー……って決まらなそうだけどさ」
「うふふ♪ そうですね! カルファお姉様が引くわけありませんし、ドンテツおじ様もカルファお姉様が参加するなら、止めに入りそうですしね」
「そうそう! 絶対そうなるよー……はぁ……帰るの嫌になってきかも」
「まぁまぁ、そう言わずに。こういう時こそ、頼りになるトールお兄様です! 一度、相談されてみてはどうですか?」
「……確かに」
ボクらがおしゃべりに盛り上がっていると、担任の先生が声を掛けてきた。
「チィコさん、穂乃花さんおしゃべりはいいですが、もうそろそろ、教室を閉めますよ?」
「はーい、帰りますー!」
その声に背中を押されるように、教室を出た。
☆☆☆
ボクは家に帰った後。
夕飯を食べ終えたトール達と誰がボクの保護者として参加するのか決めていた。
結論から言うと、穂乃花の読み通り、カルファが行きたいとごね始め、それを止める為にドンテツが名乗りを挙げた。
その結果。
トールが、クラス全員の保護者っていう形で参加ということになった。
「まぁ、これが落とし所やな」
「そうですね……」
「うむ、儂は端からそれでいいと言っておったがの」
「な、なんですか?! 髭モンジャラドワーフ! 私が悪いとでも?」
「カルファよ、お主な――」
「はーい! ストップストップ! もう決まったんだから、揉めなーい」
ボクは揉める二人の間に割って入る。
カルファとドンテツは大体意見が合わなくて揉める。
なのに、夕飯の時は必ず隣同士だ。
こういう関係を何て言うんだっけ。
「喧嘩するほど仲が良い……」
ボソッと呟く。
「「断じて――違うー!」」
漏れ出た言葉に、全く同じタイミングで返してきた。
これ以上言うと、どっちも機嫌が悪くなるから言わないけど、間違いなく仲が良い……と思う。
「あははー……」
否定も肯定もせず、笑みを浮かべ応じる。
すると、トールが頭をポンポンとしてきた。
これは無条件で好きだ。
全部を認めてもらっている感じがする。
「うんうん、チィコはしっかり成長してるな」
「えへへ〜! いっぱい勉強してるからね!」
「ええこっちゃ! あっ、せやせや! 保護者枠は決まったわけやし、早速準備せんとな!」
「えっ、なになに?! 準備って」
「そら運動会やで? 一つしかないやろ!」
トールはボクの問いに笑顔咲かせると、次元収納から次々と食材を取り出す。
どうやら、初めからみんなの保護者として行くつもりだったらしい。
出した食材の量がそれを物語っている。
ワークトップって名前のまな板などを置く場所に、みっちりと食材が敷き詰められているのだ。
玉子だけで何パックあるんだろう。
赤ウインナーとか、何匹のタコさんにする気なんだろう。
凄すぎるよ。
「トール様……こうなることを読んでいたのですね」
「えっ? 何のこと?」
いつかの日のカルファのように惚けて返すと、鼻歌を響かせながら、キッチンへと向かう。
「チィコ、そこの食材こっちに持って来てくれる? ドンテツもカルファも頼むわ!」
悪びれることなく、指示を出すトールにボクらは少し呆れながらも視線を合わせ、その指示通りにキッチンへと食材を運んだ。