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第七十四話 私を創ってくれた人たち

「はー、食べた食べた」

 電車に揺られて三時間弱、テクトリスに着いた。三人で食事を終え、多少活気のある商店街を歩いていた。ベタに腹をさすっていると、バス乗り場にたどり着く。自然保護区への直行便が出ているそうで、ミスティが調べてくれた。

「酒も買ったし、後は桜を見るだけだァ〜」
「ヒューノバー、そのソフトクリーム美味しい?」
「うん、うまいよ」
「私も頼めばよかったわねえ」
「帰りにまたお店寄ろ」

 バスが到着し、バスに揺られていると眠気が襲ってくる。腹も一杯だし今寝たら気持ちがいいだろうが、流石に言い出しっぺが寝たら駄目だろうと目を細めつつも起きていた。一方でミスティは若干船を漕いでいる。ミスティがガチ寝に移る前になんとかバスは自然保護区に到着し、眠い眠いと二人で言いつつ、元気そうなヒューノバーに鼓舞されながら入場パスを買い、桜の咲き誇る場所にやってきた。その頃には目はもう覚めており、久しぶりに見た桜に、少しだけ郷愁に浸った。

「……綺麗だねえ」

 桜吹雪の舞い散る桜の下に居ると、日本に戻ってきたような錯覚に陥る。花見で飲み食いするなんてあまりしたことはなかった。ただ、母と歩いた幼い頃の桜並木、友人たちと歩いた桜並木を思い出す。桜が散る様は美しい以外の言葉はないだろう。いや、儚いとも言えるとは思う。

 私の時間はあの日友人と別れたあの時から止まっている気がしていた。両親は、突然消えた私をどう思っただろう。友人だってそうだ。

 この惑星に来てから何度も考えたことだ。何度考えたって結果は変わりはしないのに、私はまた考えている。やめるべきだと思うのに、いくら時が経ってもやめられることができないのだ。

「ミツミ」

 ヒューノバーの声に振り返る。桜の舞い散る場所に立つヒューノバーは、虎の橙色の毛並みに大量に花びらを引っ掛けている。それにちょっと笑ってしまった。

「ひとりじゃないよ」

 ああ、分かっている。私には気にかけてくれる誰かがいる。探してくれる誰かがいる。それは、何と幸福なことなのだろうか。分かっている。分かっている。そんなこと分かっている。

 我ながら、随分と女々しい。と口の端を上げたが、目の端からは涙が溢れた。

 ミスティは私の隣で何も言わずに腕を絡め、私の肩に頭を預けていた。

 いい加減前に進むべきだ。地球に住んでいた細越沢みつみは、もう死んだのだ。両親がどれだけ私を探そうが、友人が連絡してくれようが、地球にはもう私は居ないのだから。

 涙は止まってはくれず、俯いて誤魔化しているとミスティが抱きしめてくれた。暖かくて、ふわふわしていて、今はそれが有り難かった。

「捨てなくてもいいのよ。あなたを大切にしてくれた人たちの想いを」
「うん」
「ずっと大切にして。あなたを創ってくれた人たちのこと」
「うん」
「私も、その人たちのこと、大切にしたいから。だからずっと大切にしていて」
「……ん」

 静かに涙が流れるままにしていると、大分落ち着いてきた。化粧はぐずぐずだし、見れたものではなかっただろうが、二人にこれ以上心配はかけまいと酒を取り出した。

「へへ、飲みましょうか」
「あら、もういいの?」

 ミスティが離れると私の手の中にあった酒の缶を受け取った。私の涙によって毛並みは少し濡れてはいたが、ミスティは気にする素振りは見せなかった。

「あい、ヒューノバー、オレンジジュース」
「ん、ありがとう」
「その前に顔拭きなさいよ。ほらティッシュ」
「あんがと」

 涙を拭うと化粧やばそうだな。と考え、後でミスティにファンデ塗ってもらうかと考える。ベンチに座って感を開く。三人で乾杯と唱え、ビールを流し込む。泣いて暑くなった体には丁度良い。目が覚める思いがした。

「ミスティ、後でファンデ塗って〜」
「お手洗いあるんだから自分で塗りなさいよ」
「あら、さっきまでの優しさどこに行ったの」
「ヒューノバー、オレンジジュース美味しい?」
「うまいよ」
「無視しやがって、猫ちゃんが」

 ヒューノバーは犬系猫ちゃんだが、ミスティはまんま猫ちゃんだ。

 人が少なくてよかった。化粧でぐずぐずの顔もこの二人にしか見られることはないだろう。顔を上げて桜を見上げる。たらればを話したところで無駄なのは分かっている。これからも私は両親を想うし、友人も想う。けれど、何かひとつ伝えられると言うのならば、私は結構楽しくやっているよ。なんてものか。

 笑みを顔に乗せて、ビールを流し込む。美味い。
 しばらく談笑をしたのちに、お手洗いに行ってくると言えばミスティが共に来るとベンチを立った。割と近場にあったお手洗いに入ろうとすると、誰かが出て来て咄嗟に避けようとした。だがぶつかってしまい、すみませんと口走ると共に腕を強い力で掴まれた。何が起こったのかと顔を上げるとサングラスをかけた獣人の男が私を見下ろしていた。

「っ、ミツミ!」
「え?」

 振り返ろうとすると共に頭に強い衝撃が走り崩れ落ちる。甲高い発砲音のようなものを聞いた。そこで私の意識は途絶えた。

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