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第七十三話 懐かしい花

 朝はいつもコーヒーを飲みながらニュースを見て目を覚ます。

 ベッドに全裸で寝ているミスティは私が居なくなったのをいいことに掛け布団に丸まり芋虫のように眠っている。

 あー、昨日余計なこと話したな〜と後悔しつつコーヒーを口に運んだ。椅子に座りウィンドウを目の前に表示する。今朝のニュースで目ぼしいものはあるだろうかと目を通し始める。時折コーヒーを飲みつつ、気になるニュースを見つけた。

「違法電子ドラッグ売人、大量摘発か……」

 以前の心理潜航による成果、にしては早い気がする。偶然だろう。まあ下っ端を捕まえたところで頂点までは辿り着くことは困難であろう。目を通したのちに別のニュースに移る。

 ちょいちょい観光スポットの花が見頃だぞ。と広告が入って誤タップしたが一応確認する。
 というか。

「あ、そうか今、春だもんな」

 そりゃあ桜も見頃だよな。と桜の写真が写されたそれを見て思い出す。地球だったのならば今は冬に差し掛かろうとしているところであろう。季節のズレを忘れていた。

「……行くか」

 地球を離れて久しい桜はどんなもんかと見てみたくなった。あと、なんか約束してたよな。とその約束も思い出す。

 立ち上がってベッドに向かってダイブする。

「ぎゃん!」
「おいミスティ! 桜観に行くぞ!」
「あ、えあ……桜ぁ……」
「ヒューノバーも誘うから三人で行くぞ」
「桜って……自然保護区にあるやつ……?」
「あ、ヒューノバーおはよ。今日行きたいところあるから付き合え。あ、以前のチケット忘れずに」
「うわ、この女話聞かないわね……」

 ヒューノバーを強引に誘った後、だって、と呟く。

「一緒に桜観に行ってくれるんでしょ? 今見頃だから行こう」
「なんかそんな話はした気がする」
「ヒトの部屋で全裸で寝てないで準備してきて」
「ふあ……まあ引きこもりのあんたが外に出たいってんなら協力するわよ。パンツ取って〜」
「自分で取れ」
「何よ、全裸の美女と同衾しておいて。翌朝のわがまま聞いてくれてもいいじゃない」
「特に何も起こっていませんがパンツと関係ある? それ……」

 早よいけ。と渋々パンツを拾い上げてミスティに投げつける。のろのろと着衣を身につけると準備が出来たらまた来る。とミスティは自室に帰って行った。

 私も準備をしようと顔を洗いスキンケアをし、化粧、服選びと進め、持ち物などの準備を終えてコーヒーを再び片手にひと息吐く。眼鏡に翻訳デバイス、指輪もちゃんと付けた。ヒューノバーとは正門で待ち合わせなのでミスティを待つのみとなる。

「……そういやアクセス方法知らんな」

 まああの二人に聞けば分かるか。と一瞬ネットを開こうと思ってやめた。知らなかったら知らなかったで行き当たりばったりの旅になって面白いかもしれない。怒られそうでもあるが。

 と考えつついれば、コーヒーを一杯飲み終わる頃にミスティがやって来た。相変わらず可愛い猫ちゃんだ。泊まりでもないし荷物も少なく身軽なバッグひとつを持って正門へと向かう。メッセージがヒューノバーから届き、既に正門に着いているそうだ。

 ミスティと駄弁りながら正門に着けばヒューノバーの姿。こちらに気がつくと片手を上げ笑みを浮かべた。

「おはよう。チケットって言っていたけれど、これで合ってる?」

 ヒューノバーが困り顔で手のひらを差し出す。乗っていたのは小さな桜貝だ。私はそれを摘んで笑みを浮かべる。

「はい、チケット確認しました」
「あ、よかった。合ってたね。自然保護区に行くの? 結構時間かかるけど」
「今日中には帰って来れるでしょ?」
「……ミツミ、アクセス方法調べた?」
「知らん。自然保護区ってどこ」
「分かってたけれどいい言い出しっぺ」

 ミスティがしっかりしてよね〜。と呆れ顔で私の背中を思い切り叩いた。私はそれに声を出して笑う。ヒューノバーも苦笑いである。

「大きな自然保護区は二つあるんだけれど、テクトリスって言う場所が首都からは近いよ。一応観光向けのゾーンもあるし、そこに桜もあるはず。電車で乗れば何度か乗り換えはあるけれど、三時間くらいで行ける」
「この三人で話していればあっという間っしょ」
「まあ否定はしないけれど」

 案内頼んだ! とヒューノバーに頼むと、はいはい。と笑みを浮かべながら三人で歩き出した。

 駅に向かい改札を抜け、目的の電車に乗る。すぐに乗り換えだと言うので三人で立ちつつ話を展開する。

「テクトリスに着いたらまずお昼を食べようか」
「飯の後は酒でも買いましょう。ミツミの奢りで」
「えー、何でだよ」
「アンタの突発思いつきに付き合ってるのよ。酒くらいで許してやるんだから優しいでしょう?」
「俺はソフトクリーム食べたいよ」
「お付き合いいただきありがとうございます。飯と酒の金は出させていただきます」

 ははあ〜。と拝むと何それ、とミスティが笑い私の肩を叩く。日々引きこもりの私に付き合ってもらっているし、こんな時は金くらいは出そう。

 そうこう言っているうちに最初の乗り換えになる。そうして二度乗り換えを繰り返し、後は乗っているだけで着くと言うので三人で空いているシートに座った。

 車窓から見える景色は首都から離れつつあるためにビル群は大分少なくなってきた。電車が目的地に着くまで三人でたわいもない話で盛り上がるのだった。

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