普段はラインだったり直接電話をかけたりといった相手にメッセージを半強制的に通達する手段をとっているというのに珍しい。
まぁ、俺はラインよりメールのほうが好きだから問題は別にないが、何故このタイミングで。
嫌な予感しかしないが、内容を確認しないことにはどうしようもない。
面倒ごとは極力避ける、を信条としている俺ではあるが、さすがに友人からのメールを無視するほど薄情ではない。
別に、日付が今日だったからビビってるとか、恨めしげな視線を見なかったことにした後ろめたさとかじゃない。
強いて言うなら嫌いなものから食べるだとか、夏休みの宿題は早めに終わらせるみたいなものと一緒だ。
実際「後悔先に立たず」とか「明日やろうは馬鹿野郎」なんて言うくらいだ。
それに、もしかしたら「……今日発売の漫画の新刊買ってたら後で読ませてくれ」とかのたわいもない話かもしれない。
「げ、これは……」
渋々件名を確認すると、やはり俺の予感は的中していた。
人間は未知のものに恐怖心を抱くらしいが、既知のものになったことでより一層恐怖心を煽ってくるこのメールになんと返すべきか。
「この写真はゲーセンのか。後ろにプリクラの筐体が写ってるし……」
サスペンス風に言えば、犯行現場に物的証拠と状況証拠どちらも揃っているわけだ。
崖で尋問もとい詰問しなくても、なんなら自供が無くても逮捕できるだろう。
せめてもの救いは朝日《シスコン》に美咲ちゃんとプリクラを撮ったことはバレていなそうってことか。
「……俺は何も見てない」
俺は朝日からの最終警告もといメールにマークをつけると、ゲーセン及びモアーズから離れ、身を隠せられる場所を探す。
きっと彼らにしてみれば俺を見つけることなどウォーリーを探すよりも簡単に違いない。なにせパターンが極端に少ないから。
ゲーセン、本屋、古書店辺りを探されてしまえば数分で見つかってしまうだろう……というのは俺の経験則なのだが。
毎度気分良く古書店で最新刊まで立ち読みした後、近くの喫茶店で捕まる。
うん、芸が無い。さながら一発屋芸人と同じようなことをしているような気がして気が滅入る。
もっとも、こっちは無償で披露しているのだから俺の方が偉い。きっとそうだ。
まぁ、観客は大抵じとっとした視線を向けてくるからウケ自体が良いとは言えないが。それはそれ。
そうこう考えている間にYデッキに着く。
横須賀中央駅から徒歩三〇秒で着くそこは、古書店やアニメイトといった比較的時間の潰しやすい施設に近い。
そして件のモアーズとは丁度反対に位置し、比較的安全にお一人様行動が可能な場所と言えなくもない。
朝日や美咲ちゃんは普通に入ってきそうだが、潔癖な彼らが態々三階の成人向けコーナー付近に足を運ぶとは思えない。
かくいう俺も成人向けコーナーに入り浸るわけではなく、隣接したラノベコーナーで時間を潰すだけなのだが……いかんせん入り辛い。
成人誌を読むわけでは無いし、まして、それ周辺に近づこうとも思わないが気に入ったレーベルの陳列棚の配置的に少々近づかざるを得ない。
……別に興味あるわけじゃ無いんだからねっ!
こんな状況で仮に見つかりでもしたらどうなるのだろうか。
社会的、精神的、肉体的に終焉を迎えるというのは分かる。
少なくとも姉さんに伝わることだけは避けなくてはならない。
伝わったら最後「……玲。そーゆーのは二十歳からって教えなかったかしら?」と微笑を湛えた姉に、月面水爆からコブラツイストを極められるのは確定だろう。
いやに鮮明な想像をしてしまい、背を虫が這うような嫌な感じがしたが、本の虫である俺にとってここはオアシスであり最後の砦。
どのみち捕まるなら読めるだけ読みたいと思考が転換してしまったが仕方ないだろう。
読書は旅行やレジャーといった趣味と比較すると出費が少なく済み、なおかつ一度入手したら再び購入する必要がないという点で圧倒的なアドバンテージを持っている。
が、それでも高校生――それも一人暮らしの男子高校生からすると決してお手頃な趣味とは言えない。
……少なくとも俺の財布は瀕死になる。
もっとも、他の趣味と言えるような趣味はさらに値が張り、到底やろうという気が起きないのだが。
だが、多様性を尊ぶ現代。寝ることや食べることが趣味といった人が居るくらいだ。
そのうち人間観察とかも趣味として違和感を感じない時代が来るんだろう……きっと。
趣味:読書、人間観察なんて履歴書に書かれる時代が来ると考えるだけで抱腹してしまうが、何れそんな時代が来る可能性は無きにしも非ずというか、むしろ来てほしいというか。
少なくとも無趣味の高校生でも履歴書に書けるものがあるのはでかい。きっとそのうち経済格差を無くすことに影響を与えるだろう……たぶん。
もっとも、趣味について多く書いて多趣味アピールをしたところで、それらに費やす時間がバイトや仕事に割かれるのだからさほど意味がないような気がしてくる。
きっとそれは合コンやお見合いでもいえるような気がする。
あくまで参加したことのないイベントの一つでしかなく、あの姉から零された情報を俺の偏見で補足した産物なのは言うまでもないのだが。
趣味について聞かれた際、幾ら熱く語ったとしても交際、あるいは結婚したら。
その趣味に使う時間は九分九厘デートや家族サービスに消える。そして、気づいた頃には小遣い制が導入されているだろう。ソースは親父。
親父は姉さんに「お父さんウザい」やら「暑苦しい」と言われて傷ついても毎日サボらず出勤し、そして母さんに小遣い制の元で正当に搾取されていた。
まぁ、搾取とは言っても中世や近代の小作農ほどではなく食費、交通費辺りは手元に残るから……大丈夫な筈。
なお、ウザいと言われたところで、さほど何も感じなかったのか、むしろ傷つくどころか嬉々として家族サービスに勤しんでいた。
日曜の夕には波打ち際の昆布のように変わり果てた親父の姿が散見されたが……そんな事は些細な事だろう。
というのも、それ以上に記憶に残っていることの大半がこういったことで占められている事の方が遥かに重大だ
いや、全てがこういう類の記憶ってわけではない。
あくまで「あんなことあったな」と鮮明に思い出せる事の
数分としない内に俺はハヤカワの海外SFコーナーに立っていた。
とはいえ特段SFに興味がある訳ではなく、まして、SF映画は都合二回見た覚えがあるが、小説としてはまだ手にしたことすら無い。
なんなら観た映画の内容もさほど覚えていない。
それでも手に取ったのは、いつだったか誰かに薦められたからだろう……それも熱心なSF愛好家に。
もっとも、誰に薦められたかは朧気で、読んだ感想を言い合う相手も今となっては居ないのだけれど。
億劫がって財布にしまわなかった千円札をジーパンのポケットから引っ張り出す。
案の定くしゃりと皴ができていたが、さほど気にすることでもない。
ジャケ買いは悪いことだと思いつつも、そのまま適当に見繕った小説を二冊買う。
古書店を出ると、本腰を入れ
ほんの数秒気を抜いたら踵を返している程度には古書店が恋しくなりはしたが、古書店がそれほど快適だったかというと特にこれといって……というべきか。
環境に配慮し省エネが徹底されていた、という表現が恐らく一番穏便かつ適切なのだろう。
とはいえ、少なくともここまで蒸し暑くはなく、鬱陶しい蛁蟟の鳴き声も然程聞こえない程度にはマシではあったのだが。
まぁ、あれだ。わざわざ戻るというのも億劫だと結論付け、俺は一先ず喉の渇きを潤すべく自販機を探すことにした。
三笠商店街の入口にある自販機は、一目見てわかる程度には不思議なラインナップだった。
見慣れない派手なラベルとボトルに詰められた全く味の想像ができない蛍光色が原因なのは言うまでもないが、そういうのが案外うまいから何とも言えない。
なかでも、『ベリーマッチ』は昨今の強炭酸ブームに負けず微炭酸を謳っているあたりが何処となく硬派な気がして、見かけたらついつい飲んでしまうくらいには気に入っていた。
かったるげなモーター音を立てる自販機に催促され百円玉を三枚投入する。
ベリーマッチを購入してから、別に物で誤魔化そうだなんて微塵も思っていないが、念のため朝日の分の『午後の紅茶』も買っておくことにした。……ほんとだよ。レイ、ウソ、ツカナイ。
※ ※ ※
十分ほどYデッキに設けられたベンチに腰掛け昼飯は『バーガーキング』がいいのか、それとも『替玉食堂』にするべきか考える。
「そーいえば、バーガーキングって米国サイズなんだっけ」
ソースは親父。新婚旅行で訪れたハワイでSサイズを注文したら、日本《こっち》のLサイズが向こうのSサイズだったとのこと。
そりゃハワイだからだ、とは決して言えず、中央店のホームページを見ても明らかに既知のハンバーガーとは違い、ズシリという擬音がぴったりな重量感があった。