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いつも通り音声検索に頼りたいところだが、周囲の音に掻き消される。


「はぁ……そりゃそうか。けど打ち込むの苦手なんだよな」


 未だフリック入力ができない俺は、携帯電話にぽちぽちとうろ覚えの歌詞を打ち込み、なんとか曲名を調べる。


 買ってから結構経つというのに携帯に慣れないどころか日に日に指が退化しているような気さえしてくるのは、連絡する相手がそんなにいないからなのだろう。


 そう考えれば合点がいく。


 そんなだから先週「小鳥遊……あんたおじいちゃんみたいだよ」とか「うちのおばあちゃんの方が使い慣れてるかも……」とか言われたんだろう。


 内心ちょっと傷つきつつも選曲画面に目を移すと、どうやら曲によって難易度の基準が変わるのか、隣にあるボーカロイドの曲よりもレベルが高く設定されていた。


 さすがにボーカロイドとは言っても全てが全て速いわけじゃないだろう。俺が知ってるボカロは大抵、否、全てアップテンポだが。


 ……やっぱり速いんじゃねぇか。


 曲を変えた方がいいか決めあぐねている俺を他所に、画面が選曲からプレイへと切り替わる。


 今更ながら持参したイアホンを接続し、音漏れがないことを確認する。


 序盤は聞いたことがあるからか難なく対応できていたのだが、問題はサビ以降及び二番。

そもそもこの曲に二番があるということを今日知った俺にとって未知の領域と言っても過言では無い。


 サビ以降ノーツの処理どころか被弾も多く、危うくライフが底を突くところだったがなんとか完走する。


 まぁリザルトは悲惨なことになっていたけれども。


 むしろ、そんなリザルトでもクリア判定になったことに驚愕した。


 どうやら初回プレイ時には三プレイのポイントが付与されるようで、俺は無意識のうちにコンティニューしていた。……習慣って怖い。


 二曲目ともなると慣れてきたのか、若干画面の操作がスムーズになった。


 もっとも選曲に関しては相変わらず携帯電話で検索しているせいか、制限時間ギリギリまでかかっているが。


 二度あることは三度あるというくらいだ。きっと次も選曲に時間がかかり「やっぱり……スマホ教室通うべきかな? 無料で何回でも通っていいって書いてあったし」と思うに違いない。


 容易にその光景が想像できてしまい、盛大に溜息がこぼれ出る。


 わりと真面目にスマホ教室に通いたいのだが、シニア向けと大々的に宣伝されており、高校生の自分が通うとなると異物感が洒落にならないだろう。


 まぁ、朝日に聞くのは癪に触るし、後で真希ちゃんにでも聞けばいいか。


 勿論許された後になるのだろうが。なけなしの勇気を振り絞って誠心誠意謝れば流石に許されるだろう……きっと。

とりあえず今はゲームに集中するべきだ。俺は筐体に向き直り溜息を一つつくと画面を睨みつけ、凝視した。


 とはいえ、凝視したところで反応速度が上がるわけでもなく、むしろやたらと目が渇いてプレイに支障が出る始末。


 うん、今回はそれが学べただけよしとしよう。そうしとこう。そう思い俺は再びコンティニューしていた。


「うーん、……流石に空いてるとはいえこれ以上連コするのはあれだしなぁ……そろそろ移動するか」


 無料プレイ分を終えると、コンティニューの呪縛から逃れるように俺は三階へと降りる。
 

 そして、メダルゲームコーナーをぐるりと一周した。


「……あ、『釣りスポ』だ。すげぇ懐かしいな」


 一つの筐体で最大四人が遊べるそれは、俺が小学生の頃に流行った釣りゲーで、母の買い物に着いて行くと遊ばせてくれた記憶がある。


「たしかサオコンを振るんだっけか」


 釣竿型のコントローラーにはセンサーが付いていて、振った方向にウキが投げられる仕組みになっているらしい。


 とりあえず、筐体に百円を入れてメダルに変換する。


 丁度あと百円でボーナスがもらえる台だったらしく、なにやら凄い必殺技が五回無料で使えるとのこと。

 
 まぁ、これだけお膳立てされれば久々にやるとはいえ十分くらいはもつだろう。というか、もってくれないと困る。

なんて呑気に考えていたのだが。昔取った杵柄とでもいうのか。


 無料分の必殺技で大物を釣ってから、コンスタントに竿のグレードより上の魚を釣り続け、気づいた時には千枚近くメダルが貯まっていた。


「よかった、メダルバンクがあるゲーセンで」


 メダルの払い戻しを押すと、濁流のように鈍色のメダルが放出される。


 プラカップ三杯目に差し掛かった辺りで『エラーが発生しました。店員を呼んでください』とけたたましいアナウンスが流れた。


「うわぁ……メダル切れか。やらかした……」


 受付まで行き呼び鈴を鳴らすも一向に店員が来る気配はなく、時間に比例するようにして罪悪感に苛まれる。


 なんだろ別に悪いことをしたわけじゃないのに不思議でならない。


 呼び鈴を鳴らし待つこと十分。戸の奥から少しチャラそうな店員が出てきた。


「お客さんどしたんすかー。あ、メダル切れっすね」


 店員のお兄さんが手早く筐体にメダルを補充するのを横目に、俺はメダルバンクにメダルを預けるとメダルゲームコーナーを後にした。


 レースゲームやクレーンゲームを数回プレイした後、ふと財布を見ると案の定小銭が尽きかけており、俺は渋々両替をしに行く。


 両替機はゲームコーナー毎に設置され、あまり移動をせずとも両替ができるようになっている。


 もっとも、それがやたら容易にコンティニューしてしまう一因となっているのだろうが。

そう考えつつ両替機に千円を投入すると、そのまま返却された。画面を見てみると、どうやら丁度小銭が不足していたらしい。


「……ふぅ、そろそろ昼飯でも食べに行くか」


 携帯電話を見ると昼食を摂るには丁度いい時間になっていた。


 時間が経つのが早い。そう思うようになってしまったのも俺が知らぬ間に大人へと近づいているからだろう……そう思いたい。


 クレーンゲームコーナーを抜けると、女子・カップルオンリーと書かれ、キラキラと眩しいくらいに派手なデコレーションの施された筐体《きょうたい》……所謂プリクラが設置されていて、丁度出てきた少女達と目が合う。


「……あ、玲さん」


「……や、やぁ二人とも。奇遇だね」


「あ、そうだ。玲さんも一緒に撮りませんか?」


 美咲ちゃんはそう提案してくれるが、その実、拒否権なんて物はなく、終始無言で齧歯類《げっしるい》のように頰を剥《むく》れさせ、「お前も道連れだ」と言わんばかりに睨んでくる真希ちゃんにより、俺はなす術なくプリクラコーナーに引き摺り込まれた。


 コーナーの中には外から見たより多様な機種があったが、そのどれもがキラキラしすぎていて正直、目が疲れる。


 それに、筐体に貼り付けられた美白効果の写真に至っては、病的なまでに白くてすごい不気味。


「うーん、これがいいかなぁ。玲さん、どうですか?」


「うーん、プリクラ撮ったことないからお任せしていいかな?」

 「……これでも?」
 

 そう言い真希ちゃんが取り出したのは、一枚の写真。


 生気の感じられない白い肌に、異様に大きな瞳。


 素材の良さを殺しきったそれは、どう足掻いてもグレイにしか見えなかった。


「……んんっ」


 思わず吹きかけたが咳払いで誤魔化す。なんでそれをチョイスしたの?


 もしかして俺が知らない間にUMAが再流行してたのだろうか。


 なんて思い二人を見ると、真希ちゃんは目を伏せ美咲ちゃんに至っては乾いた笑みを浮かべていた。


「…………」


「その、初めてプリクラやったので……宇宙人みたいになっちゃいました」


「や、初めてなら仕方ないよ……うん」


 頬を紅潮させた二人は筐体の中に入ると、
熱心に説明書を読み何やら選び始める。


「えっと、設定はこれで……よしっと」


 そう言って俺と真希ちゃんの肩に手を回し密着してきた。


「え、あ、その……もう少し離れられないかな?」


「あ、ダメです。だって、その、離れると見切れちゃいますし。それに……これは玲さんへの罰ゲームなんですからね?」


 速攻俺の案を没にすると、美咲ちゃんはさっきよりも密着してきた。

 
 その際、俺の腕は見事なまでにホールドされ、必然的に美咲ちゃんの胸に当たる。


 いや、ほんとわざとじゃないんです。


「あ、はい。えっと、そろそろ始まる? そいや、これってなんかやるんだうわっ! まぶしっ!」

こちらはどうすればいいのか一切理解出来ていないというのに、無情にもフラッシュが焚かれた。


 いや、怒ってるのは重々承知なんだけどさ、できたら合図くらい出して欲しいと思いました。

 
 そう思いじろりと見ると、二人も同じようなリアクションをしていた。戦犯はお前かプリクラめ。


 流石に撮影もしたし男の俺は外に出た方がいいだろう。


 噂によると写真に落書きができるらしく、ズッ友だとかなかよしみたいなことを書くんだろう。もしかして:お邪魔


 踵を返そうとした瞬間。


『もういっかいいっくよ〜』


 なんとも言えない合成音声と共にもう一度フラッシュが焚かれる。


 美咲ちゃんの咄嗟の判断により俺は腕をぐっと掴まれ引っ張られることで、画面外にフェードアウトすることは叶わなかった。


『しゅ〜りょ〜!そとでらくがきしてね!』


「落書き……どんなこと書こうかなぁ」


 カーテンをめくり筐体から追い出される形で外に出る。


 そのまま二人が落書き用のブースへ移動したのを他所に、俺は独りスマホを弄る。まったくシャバの空気は美味いぜ。


 あまり携帯電話を使わないからか、それとも交友関係が狭いからか定かではないが、気づいたら溜まっていたメールに目を通す。


 とはいっても大半がアマゾンかスパムだから未読で削除しているわけだが。


「……ん? 朝日からメールなんて珍しい」

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