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「まずは、わざわざ遠路はるばるご苦労。って言うところからかな?」
イルは困惑していた。
明らかに魔王然としていた青年の姿は消え失せ、代わりに目の前にいるのは、面影こそあれど、似ても似つかない幼児の姿の魔王と呼ばれた者。
肘をつき、偉そうに椅子にふんぞり返っている。
「て、テオ氏、魔王って」
「彼で間違いないだろうな」
テオには何が見えているのか。
はっきりと断言するテオには申し訳ないが、イルには彼が、魔王のマネをしたただの幼児にしか見えなかった。
「まずは挨拶を。僕は今代魔王、ノイヴ。何代目なのかは……分からないや」
「お初お目にかかります。リガルド王国民間自警団、まとめ役におりますテオと申します。魔王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」
「うん。テオ。そっちの人間は?」
テオがイルのことを見ているのが分かる。
心配はしないでほしいと、イルは思う。
(あっし、腐っても商人なんでねぃ)
生まれ持っての糸目は治せないが、せめて柔和にと口角を上げ、声音を柔らかく意識して最敬礼を取る。
「魔王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。あたしはイルと申します。こちらのテオと同じく、リガルド王国民間自警団に所属しております」
背後で息を呑む音が聞こえる。
恐らくウミの物だろう。失礼な子供である。
「イルだね。君、大丈夫? 物語中盤で裏切りそうな
「失礼ですねぃ?! ……あっ」
取り繕ったよそ行きの面が剥がれた。
視界の端ではテオが、アチャーと仮面の上から額を抑えている様子が映る。
恐る恐る目線を上げて窺うと、魔王は腹を抱えてゲラゲラ笑っている。
「いいね、堅っ苦しいのは好きじゃないんだ。素を出して語ろうよ」
「え、いやいや、流石に素面では」
「それなら、そうさせてもらおう」
「テオ氏?! 順応早すぎませんかぃ?!」
「君はそれが素なのかな? 随分忙しそうだね」
「なりたくてなったわけじゃないですよぃ!!」
「はいはーい、私、ウミです!」
「ウミ氏?! もーどーすればいいんですかぃこのカオス!」
イルは頭を抱えた。
自由人二人に加えて、増えた自由人候補が一人。
しかも一歩間違えれば不敬と主張し、首と胴体を切り離すことができる立場の。
(どの程度のラインが不敬に当たるか、見極めが難しい立場の御方が自由人になっちゃだめだと思うんですよぃ!)
イルの叫びは、心の中で反響した。
「さて、イルいじりはこの辺にして」
「テオ氏?! いじってる自覚あったんですかぃ?!」
「貴方の本意を伺いたい」
テオの仮面は目の前の魔王を真正面に捉える。
ゲラゲラ破顔していた魔王の顔は、そんな気配を微塵も感じさせないほど余所行きの、見ようによっては人を小馬鹿にしているようにも見える、真意の見当たらない表情を浮かべて見下ろしている。
「わたしたちの前に姿を見せようとした、その意思は? 影武者を立てているものだから、てっきり話したくないのだと思っていたが」
「うん。そうだね、まずは心境の変化があったってのがひとつ」
魔王は意味深に一人の少女、ウミに視線をよこす。
ウミはきょとんと不思議そうな顔をしている。
小さく噴き出すのをこらえるように、彼はすぐさま前を向く。
「それから、影武者が魔王ではないと気付かれた場合、僕は目の前に出ることにしているんだ」
面白そうだから。と付け足された言葉すら、本当の気持ちなのかも推し量れない。
「でも、一番の理由は僕の成り立ちかな」
「成り立ち?」
「そう。君たちは、歴代の魔王がどのようにして選ばれるのか、知ってる?」
テオは首を振る。
イルも同じ気持ちだった。
リガルド王国であれば世襲制であるが、他国の王の選定基準など、よほど深く関わっていなければ知ることすらできないだろう。
「
「ならば、一番強い者が継いでいくとか」
「意外と脳筋なんだね。当たらずとも遠からず。正解は、王の儀を通過できた者が、魔国の王になる」
王の儀? イルは聞き返そうとして口を噤む。
魔王がその続きを話そうとしていたから。
「王の儀は、王となるべき者が行った時、その者を通過させると言われている。僕が王の儀を行った時も、多少の困難はあれど問題なく通過できたように思う。だけど、それより以前に挑戦した者は非常に過酷な試練を課されたと聞いているよ。死者すら出たと」
「……王の資質を持たない者を排除するためか」
「御名答。どうやって動いているかも分からない試練の
芝居がかった口調。
表情は相変わらず、飄々と凪いでいる。
「この試練にはひとつ、とても驚かれる事なんだけどね、大きな特徴があるんだ」
静かに、のジェスチャーで魔王は一つ指を立てる。
「
揺れる白銀の髪。
三日月に歪んだ眼の奥に、黄金の眼。
イルはようやく合点がいった。
魔王は、テオと同じ色をしている。と。
「僕は、先祖返りをしただけの、ただの人間だった」
魔王が語る昔話。
それも、彼ら長命種にしてみれば、ほんのひとときにも満たない、短い昔。
「見た目が違うというだけで、彼らは僕へと差し伸べる手を直前に振り払った」
今でさえ、魔族とは極力関わりたくないと思う者が大半の中で、身内としてそれを彷彿とさせる見た目の子供が生まれた時のことは、ありありと想像できてしまう。
「生まれた場所は君たちと同じく、人間が暮らす国」
意味深にこちらを見る流し目、その行き先はテオの元。
「僕の生まれはリガルド王国、その王室内」
イルは思う。
なんと奇妙な縁だろう!
まるで神か何かの人外染みた働きによって、分かたれた運命が、複雑に奇妙に歪んで、歪んだまま無理やり一本の運命に戻ろうとしているように、イルは感じた。
「リガルド王国第一王子として生まれたこの僕は、この角があるという理由だけで、共に生まれた双子の妹と引き離され、スラムの孤児へと貶められた」
魔王の表情が、邪悪に歪む。
歪んだ笑みの裏にある嫌悪感を隠しもしないまま、魔王はその唇から
「