【魔王 ノイヴ】の昔話
「やあ、よく来たね」
彼は玉座から立ち上がり、出迎える体勢をとる。
Q.まるで来ることが分かっていような口ぶりですね?
「そりゃ、僕には物事を見通せる目があるからね」
いたずらっぽく笑う彼は、首にかかる水晶玉をチラつかせる。
黒いローブに黒のシャツ。
輝かんばかりの白銀色の髪は豊かに流し、黒曜石の輝く冠をその頭に戴いている。
中でも最も目を引く特徴は、耳の上に生えた角。
人間のような姿でありながら、人間とは違う容姿を持つ彼は、まだ年若い青年のように見える。
「君のことは知ってるよ。聖女の軌跡を辿る人間」
肘掛けに頬杖をつく彼は、愉快そうにニヤニヤ笑う。
「どうしてそんなことをしているのかは、皆目見当もつかないけどさ。君に聞きたいのは、どうしてここに来たのかってこと」
ん? と首を傾げる彼。
こちらがどう答えるのかを心待ちにしている悪趣味さも見受けられる。
Q.……アレフで。
「ああ、あの港町ね。いいところだよね。平凡な時間が流れてる、特別じゃない場所で」
くすくす、声を立てて笑う。
「ごめんよ、どうぞ? 続けて?」
然程悪いとも思っていなさそうな顔で、彼は先を促す。
Q.……ここの、魔国という国の話を聞きました。それで……。
「知りたくなったから来た、とか。そんなつまらない答え?」
笑みの中。
不機嫌さを醸して彼の周囲が歪む。
魔力の歪み。
強大な魔力のある者にのみ可能な、視覚的芸当。
Q.違います! そんな答えじゃありません!
「……これは失礼したね。そんなに脅かすつもりはなかったんだよ」
嘘か真か分からない調子で、未だにニヤニヤ笑いながら、彼はメイドを呼び付ける。
「客人にお茶を」
メイドは無言で一礼。
向ける背には、黒い羽が一対。
Q.悪魔……?
「それは彼女に失礼だ。彼女はそんな下衆なものではなく、気高い蝙蝠翼族の娘だよ」
出された紅茶を一口。
満足気に笑んだ彼は、メイドの彼女を下がらせる。
Q.大変失礼いたしました。
「ん。以降、気を付けてね」
人間みたく、温厚な性格の子たちばかりじゃないから。などと、言外に与えられた脅しに竦む。
「礼儀さえ守れば、無闇と手を出す子たちじゃないよ。手を出されるのは相手がいつも悪いんだから」
Q.相当なご経験があるのですね……。
ニヤニヤ笑いから一転、遠い目をした彼を哀れむと、困ったように眉を下げて肯定する。
「そりゃあね。色々あったよ。見た目だけで悪口言われたり、迫害されたりね」
Q.アレフでお話を聞いた際も、迫害の対象だったと伺いました。そんな方々が、どうして人間と国交を結んだのですか?
「それが聞きたいこと? 期待外れと言うかなんというか」
つまらなそうに足を組み直す彼は、ため息を吐いてこちらを見る。
そんな彼に、ぽつ、ぽつ、と言葉を吐き出していく。
Q.……今まで、いろんな方にお話を聞いてきました。
「知ってる」
Q.どの人の話にも、
「そうだね。狙って聞いてたわけじゃないんだ?」
Q.はい。最初は、亡国、リガルド王国の話を集めていたんです。ですが、その話の要所に聖女がいた。テオと呼ばれる人物がいたんです。
「……」
Q.転換期とも思えるような影響の中に、テオがいたんです。
多くの物事が書かれた手帳を握りしめる。
どの話にも、多少の違いはあれど、テオと呼ばれる人物が関わっていた。
まるで、テオが進んだ後ろに大きな流れができているような、不思議な感覚すらある。
Q.魔国と人間は国交を結んだ。確実に、歴史の大きな転換期のポイントでしょう。いると思ったんです。テオという人物が、関わっていると思ったんです。
臆すること無く告げようとはしたものの、恐怖に体は竦み、声は震える。
しかし、それでも、彼の目を見てはっきり告げる。
Q.知りたいんです。テオというひとりの人を。
しばらくの沈黙。
激しくなる鼓動が聞こえてきそうなほど静まり返り、緊張しすぎて気分が悪くなってくる。
血の気が顔から引くのを感じた頃、彼は長く、ため息のように息を吐く。
「……ま、合格はあげてもいいでしょ」
ぼそりと呟かれた言葉。
顔を上げると、その顔は微笑みを浮かべている。
「いいですよね?
Q.……えっ?
立ち上がった彼の、首元にある玉が発光する。
眩く輝く光に目を閉じたその一瞬で、彼がいた場所には女性が立っていた。
お茶を出してくれた、蝙蝠翼のメイドの彼女が。
「うん。いいね。ご苦労さま、ヒゥル」
その彼女の隣に立つのは、先ほどお茶を出してくれた蝙蝠翼の……。
彼女たちはあまりにもそっくりすぎて、鏡を見ているかのよう。
Q.えっ? えっ、えっと? えっ?
混乱しているこちらの顔を見て、彼女たち……のうち、ひとりはゲラゲラ笑う。
「いい反応! 面白いね、君!」
「あまりお戯れをされないよう、魔王様」
「いつも通りお硬いね」
Q.魔王様、は、えっと……?
「混乱させて悪いね。何も知らない人から見ると、僕の姿は舐められる一因なんだって言うからさ」
「せめて魔王様がご自身でお姿を変えようとしていただければ、私共もこんな気苦労はしないのですよ」
小言を言うメイドに、聞き流すメイド。
視覚情報で混乱してしまいそうだと考える頃、メイドのひとりがそれじゃ。と指をパチンと擦り鳴らす。
途端、現れるのは薄い
それは彼女の体を包み、傍目に見えなくする。
やがてその靄が晴れた時、そこにいたのは小さな子供。
白銀色の髪を豊かに流し、耳の上に角が生えた、齢五歳くらいに見える子供。
「僕は魔王、ノイヴ。魔王城へようこそ」
Q.ずいぶん、違いますね。その、見た目……。
「魔族は長命が多くてね。それに比例して見た目の年齢も人間ほど急激に上がってこないんだよ」
「魔王となる者は、魔王族の儀を行います。その際の副産物として、魔族の中でも群を抜いて長命になることが可能となります」
「だから見た目の成長も遅いんだよね。この見た目が舐められるって言われて、初めての謁見者には変装術が優れている者が代わりに当たっているんだよ」
Q.それではなぜ、その姿を見せてくれたのですか?
「君が、テオのことを知りたいって言ったから。かな?」
コテンと首を傾げるその動きは、先ほどの威圧が嘘のようにコミカルな動作であった。
「実はね、僕とテオは双子の兄妹なんだよ」
Q.えっ? ……あれ、でも、魔族と人間……。テオは実は魔族だったとか。
「いーや、まったく。テオは正真正銘、人間さ」
Q.それならどうして。
「僕の先祖に、ずーっと昔の先祖に、魔族がいたんだと思うよ。いわゆる、先祖返りってやつ」
彼はメイドの手を借り、玉座に座る。
黒曜石の冠は彼の頭には大きく、ぶかついている。
「だからかな、同じ双子なのに、僕は赤子の頃に森へ捨てられ、テオは両親のもとで大切に育てられたんだ。兄がいることさえ知らないままで」
にっこり笑顔。
それなのに、どうしてだろう。
先ほどの変装していたメイドの圧より、何倍も重い重圧。
思わず地面にひれ伏してしまう。
背中が、頭が、全身が。
重い鉛を背負わされているように感じて耐えきれないから。
Q.あなたはテオのことを、好きではなかった……?
「大っ嫌いだったよ! 僕がスラム孤児となってその日の飯さえ事欠いていた時、アイツはのうのうと国民の税金で豪華な飯を食っていた!」
Q.それではなぜ、国交を開いたのですか。
「……僕はね、知らなかったんだ。テオがどんな人生を送ってきたかなんて。それをね、知ってしまったんだ。怒りをぶつける場所がなくなってしまった」
だけどね。
彼は続けてこうも言う。
「それでも、長年積み重なった恨みつらみは消えないよ。怒りをぶつけることはなくなったとは言え、ざまあみろとは思ったし、僕は人間に協力する気なんて、さらさら無かった」
Q.きっかけでもあったのですか?
彼は、目を細めて口角を上げる。
三日月の口元から、面白そうに思っている音が漏れた。
「いい、