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1-8-3

 花畑で戯れる弟子とイル。
図体はデカいのに、うふふ、あははと戯れる様は、まるでお伽噺の妖精のよう。

「テオ氏、テオ氏」
「なんだ、イル?」
「可憐な姫様にプレゼントですぜぃ」

 そこらで摘んだと思われる白と黄色の花を、草のツルで花束にしたイル。
中々器用なものだとメェリャは感心する。

「ありがとう。綺麗な花……」

 なんと我が弟子にも乙女心が芽生えたのか。
照れたような、恥じらいの雰囲気を醸しつつ小さな花束を受け取る姿は、どこぞの乙女と変わらない姿だった。

(ただのスケコマシという可能性もあるけど……。師匠ポイント1あげちゃう)

 再びの感心。
小屋のすぐ目の前には、ハートのマークでも飛び散っていそうな雰囲気で話し合う弟子たち。
開け放たれた窓から、二人の声が聞こえてくる。

「毒花ですがぃ……♡」
「イルてめぇこのやろう……♡」

 前言撤回。
口調が雑通り越して荒くなっているのは、やはりイルの悪影響だった。

(師匠ポイントマイナス1しちゃう)

 置いた薬研を再び擦り始める。
薬草の匂いと、外からの楽しげな笑い声。
何でもない日常の一幕。
穏やかな午後の時間が流れていった。



 ――その夜、夢を見た。
ひどく不快で、とても苦しくて、ひどく悲しい夢。
現実味がないくせに、現実的すぎる夢。

(……最っ悪)

 息を荒げて飛び起きる。
魘されて起きる夜というのは、どうしてこうも疲れるものなのか。

 隣で眠る弟子を見る。
師匠が悪夢を見ていたことなどお構い無しに、すやすや安眠する姿を見せている。

(……よく寝ちゃって)

 眠るときには外す仮面が、ベット隣の机に置かれている。
無防備に晒した火傷痕の寝顔は、とても可愛らしかった。

(……明日は、どれだけ成長するのかな。明後日は? そのまた次は?)

 できることなら、毎日、毎日、弟子の成長を見ていたかった。
反抗期ってやつも、もし来るのだったら見てみたかった。
真っ正面から喧嘩をしてみたかった。
真っ正面から、仲直りをしてみたかった。

(愛してる、って、言ってあげたかった)

 止めどなく流れる涙。
鼻をすすりながら、白紙にまとめた本を手に取る。

(せめて、せめて後世に誤ったことが伝わらないように)

 彼女の弟子が、本物の大悪党として後世に伝わらないように。

 メェリャは夜通しペンを走らせた。
今までのどの研究よりも、真剣に向き合って書き込んでいった。

 ……気が付けば一番鶏が鳴いている。
夜は白み始め、太陽が頭を出そうか悩む時間。

 メェリャはペンを机に転がし、本を棚の一番上にしまう。
それとは別に、使い古された本を取り出し、弟子を見る。

「……あなたには、今後、予想もできないほどの困難が待ち受けているでしょう」

 ベッドの脇に立つ。
弟子の顔を覗き込めば、気配を感じたのか唸りながらもぞもぞ動いている。

「それでも、私は、あなたのことを」
「メェリャ?」

 続きの言葉を言う前に、弟子が起きてしまった。

「メェリャ、どうした? どこか痛い?」

 心配そうに見上げてくる弟子に、メェリャは無理やり口角を上げる。

「何でもないのよ。何でもないの」

 涙は止まってくれなかった。

「テオ、これをあげる」

 手繰り寄せた一冊の本。
寝ぼけ眼で目を擦る弟子に、それを渡す。

「今まで私が覚えてきた、薬草や毒草、薬の調合。それを全て書いた本よ」
「えっ、いいの?」

 弟子がそれを手に取ってページを捲る。
今まで費やした時間分の知識が、弟子に渡る。

「テオ。薬とは毒と表裏一体。この本を正しく使うのも、間違って使うのもあなた次第」

 説教臭くなる言葉。
ベッドのヘリに座ったままの弟子と目が合う。
黄金の目が、キョトンと丸くなっている。

「テオ。あなたがこの本を正しく使えることを願ってる」
「メェリャ、何かおかしいよ?」
「善い薬師になりなさい。私が言えることはそれだけ」

 見上げる弟子の目に不安げな光が宿る。
メェリャは大きく息を吐く。

「……さ! おしまい! 朝ごはん食べちゃおー」

 安心させるように微笑みを作る。
弟子は釈然としない様子。
それでも頷いて、台所に向かうところは、とても素直ないい子であると感じる。

 メェリャは今日、ある決心をしていた。
それは夢を見たから。
夢に引きずられている行動なのは否定できない。
でも、それ以上に、弟子に教えられる、最期の機会かもしれない。
その思いが彼女の心を大きく占めていた。

「テオ」
「んー? なーにー?」

 テオの作る朝ごはんは、メェリャの物よりもはるかに上等。
それでも大味な料理。
雑さとちょっとした不器用さは、メェリャに似てしまったのかもしれない。
メェリャはその味が好きだった。
人里に降りたときの味付けも好みだが、テオの作る料理が好きだった。大好きだった。

「ご飯食べたら、お仕事するよ」
「お仕事!」

 ガタッ。
黄金の目をキラキラさせて立ち上がる弟子。
メェリャも相当な変わり者であることは否定できないが、弟子はそれに輪をかけて薬草や毒草が大好きだった。

「ちゃんと食べてお片付けしたらね。しっかり噛まないで飲み込んだら、おなかに悪いから、ちゃんと噛むこと」
「んぐぐ、はーい!」

 使わなければ、それでいい。
それがいい。

 メェリャは流しに食器を運ぶ。
目の前に見える窓からの景色。
地平線の先にある小高い丘を睨む彼女の目は、決意のみを宿していた。

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