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目撃

 マティアスは自身の風攻撃魔法を受けてこと切れている二人のゲイド軍の兵士を確認した。

 二人とも風の刃で胸を斬り裂かれて絶命している。持ち物をあらためても、ゲイド国とイエーリにつながるものはなさそうだった。

 テントの中で、ヒィッと小さな悲鳴があがる。か細い女性の声。この戦場で女性といえば、レティシアしかいない。

 マティアスはバツが悪そうにおずおずとテントの中に入った。こと切れた二人の兵士を引きずって。

 可哀想にレティシアは、マクサ将軍の遺体を見て顔を青ざめさせている。

 レティシアに会いたいと切望していたが、今じゃない。

 マティアスは要領が悪いながらも必死に説明して、何とか理解してもらった。

 その直後にリカオンが、レティシアがいないと怒鳴り込んできた。


 これからゲイド軍との対決になる。マティアスはザイン王国軍の兵士に指示を出した後、風魔法で空中に飛び上がった。

 上空から野営地の森を見下ろす。森は深く広範囲だ。ゲイド軍も簡単に攻撃できないが、それはザイン王国軍も同じだ。

 マティアスが思案していると人の気配かした。浮遊魔法を使える者など、マティアス以外にはいないはずなのに。一体誰だろうと振り向くと、大きくなった霊獣に乗ったレティシアだった。

 レティシアはしきりに、マティアスが死んだ時の事を質問していた。きっと母親の墓が心配なのだろう。マティアスは自分が死んでもリカオンがいるから心配ないと伝えた。

 安心させようとしたマティアスに、レティシアは驚くべき事を言った。

「私は、王子殿下に死んでほしくありません」

 マティアスは驚きのあまりポカンと口をあけてしまった。

 マティアスは死を恐れた事など一度もなかった。死ぬ事を怖がっていては戦場では戦えないからだ。

 だが死ぬ前に弟のルイスが王位に立つところを見たいと思っている。マティアスの存在理由は、ザイン王国の領土を広げ、ルイスに豊かで平和な国を残してやる事だ。

 マティアスは胸の中がポカポカしだした。これは何だろうか。ずっと昔に感じた記憶。そうだ、まだ小さかった頃、母が抱きしめて言ってくれた言葉。

 マティアス。私の大切な宝物。

 母が自分を大切だと言ってくれた時の気持ちを思い出した。

 マティアスはおもわずレティシアに対して言葉が出ていた。

 ありがとう、と。

 

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