鍛冶職人とは
一ヶ月後。
店の奥に設けられた鍛冶場にて。
師匠、雪子さん、儂の三人でいた。
儂はあの日から、朝は日が昇ると同時に住まいを出て、月乃屋商店に向かう。
そしてその家屋の後ろにある鍛冶場で火起こしを行い鉄を打つ生活を繰り返した。
「まさかここまでできるやつだったとはなぁ……酒の臭いがするのが……って、まさか呑んで来てから、ここに来てんじゃねぇだろうな?」
「ガハハハ! そんなわけがなかろう。儂は働きに来ているのだから」
今日も鋭いの師匠は。
働いてから知ったのだが、この世界では就業前に酒を呑んではいかんらしい。
辞めようとは思っておる。
しかし、染み付いた慣習というものは厄介で、酒を呑まないと調子が出んのだ。
「本当か……? 怪しいなぁ」
「お父さんお父さん! そんなことよりも、これ見てよ! この包丁よく切れるよ! ほら」
巫女のような服装からツナギ姿に皮製のエプロン、皮手袋へと着替えた雪子さんが儂の鍛え上げた包丁を握りながら言う。
彼女もまた、儂と同じように朝は火入れをおこなっていた。
だが儂と少し違う。
始業時間になると店員として働いている。
本当によく働く子だ。
それだけではなく、儂が違う国出身だからと信じ、師匠に悪い印象を与えないように、立ち振る舞ってくれている。
控え目に言って好きだ。
「やめろやめろ、そんなこと言うんじゃねぇ! こっちは何十年もかけて今の域に辿り着いたんだぞ? にしても切れすぎる……わけがわかんねぇ」
やってしもた。無意識の内に風の加護を刻んでおったようだ。カルファのことで腹が立ったからかの。
さて、どうやって誤魔化すか。このままではマズイの。
「ガハハハ! 何を言っておるのだ、師匠よ! 鍛冶をして一週間やそこらで師匠の域に辿り着けるわけがなかろうて。あれだ、偶然の産物とかいうやつだの」
「いや、お前なぁ、偶然の産物とかって言うのは、そんなポンポン出てくるもんじゃねぇんだよ! そもそも俺だって信じたくはねぇよ! 一週間かそこらで自分を超えるなんてな!」
師匠が指差す場所には、磨きを終えた刃物が十数本立てかけられていた。
あれは、儂がこの一週間で打った物だ。
先程もそうだが、儂はどうやら集中し過ぎると、無意識に加護を刻む癖がついているらしい。その日思い描いた人物に関係ある属性がしっかりと刻まれている。
なんというかこの世界にもマナが漂っている弊害だの。
「これなんて、無駄に光り輝いて見えるぞ?」
師匠が手に取った物は、魚の骨などを断ち切る為に打った出刃包丁だ。
しかし、あの包丁にも当然、加護を刻んでしまった。
あの勇者トールが持つバスターソードと同じ光の加護を。
あれがもし世に出ることがあれば、切れ味は無機物であるまな板は力を入れることなく切れるし、光の加護の特徴である浄化と癒しの効果により、有機物に生命力与えてしまう。
傷が治るならまだいい方だが、下手をすれば死んだ魚などが息を吹き返す可能性すらある。
どうにかして、誤魔化さねば。
普通の人族なら、その力に気付いてしまった瞬間、虜になり何を企み始めるかわからん。
「それはあれだの、儂の国でしか許可されていない材料を使ったから出来たわけで」
「ははっ、何を慌てていやがる! 性能がいいだけじゃ客は買ってくれないねぇぞ? ドンテツ、お前は鉄を打つことに関しては見たことねぇくらいの才能があるかも知れねぇが、めかしが雑だ! いいか? お前が打った奴らは誰かを倒す為の道具じゃねぇ。誰かの支えになるもんだ。だから、ちゃんと個性を出してあげねぇといけねぇ」
そう言うと、立てかけられている刃物の中の一つ、刺身包丁を手に取った。
「お前はコイツに何を込めてた? 焼き入れ焼き鈍しどの工程も問題ねぇ。だから欠点はない。それどころか切れ味もいい。土置きの意味も理解して置いたんだろうな。だが、それだけだ。この後使う誰かを思って打ったか? 見習いだとは言ったが、常に客のことを意識して鉄を打つ。これを忘れてはいねぇか? 個性が死んでいるぞ」
「個性ですか……」
確かにそうかも知れん。儂らドワーフは物心付いた時から、鉄を打つ。だからこそ、そこに特別な思いなどはなく、ただ己が納得いく物をひたすら探求する。
そうか、これが働くということかも知れんな。
儂は忘れておったのだ。
客がおってこその商売だと言うことを。
「では、師匠。儂はこの作品達はどうしたらいいんでしょう?」
「それはだな――」
「あんた! ドンテツちゃんにキツく言うのはいいけどね、あと三十分で始業時間だよ! 人に言うなら、自分もしっかりしないと! もう用意できているんだからさ、さっさとご飯食べて!」
「お、おう!」
鍛冶場の出入り口から、姿を見せたのは師匠の奥さんであり、雪子さんのママさんである月乃雪緒さんだ。
客に対しても、強気。取引先にも強気。
だが、ママさんには敵わないようだ。
ちなみに師匠の名は、月乃|勉《つとむ》と言う。
年齢は儂の倍である、六十。
「えーっと、まぁ、あれだな……取り敢えず飯食ってからだ」
「だね! お母さん、今日は何?」
「ふふん! 今日はカツ丼よ!」
「やったー! カツ丼♪ カツ丼♪」
カツ丼と言うものこの家では、よく食べる。
勝つとカツというのをかけた縁起のいいものでもあるらしい。
サクサクの衣を纏った豚肉、甘じょっぱい魚の香りがするタレ、少し食感の残った玉ねぎが何とも言えない。
それに半熟の卵、これがあることでコクと滑らかさがプラスされる。
個人的には、忙しい朝にかきこめるのも、評価が高い。
脂っこい物を好かん、カルファはともかく、肉が大好きなチィコに限っては間違いなく喜ぶだろう。
「ほら、ドンテツちゃんもおいで!」
「は、はい! 今伺います」
「はぁ……なんで師匠の俺より、ママに丁寧な言葉遣いをするんだ? 意味がわかんねぇ」
「はいはい、そういうのはいいから、つっちゃんも来るの!」
「で、弟子の前でつっちゃんとか言うんじゃねぇ!」
「あっそ、じゃあご飯抜きね」
「ちょ、ちょっと待て。それとこれとは関係ないだろうがよぉ!」
「関係あります! 結婚してからも愛称で呼ぶって約束したでしょ?」
「あ、ああ……したな」
「でしょ? じゃあ、返事!」
「は、はい。ゆーちゃん……つっちゃんも行きます……」
「うふふ、宜しい!」
師匠はいつものように根負けして、肩を落とし顔赤らめながら儂らのあとに付いてくる。
何というか、これも一つの幸せだの。
儂はそう思った。いや、思うことにした。