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月乃屋商店

「これが商店街で……あそこが月乃屋商店か」

 頭上にはアーチ状の屋根と橙色で土地名と商店街と書かれた看板が。

 視線の先には、屋台や小さな商店、問屋などさまざまな店の建ち並ぶ通りがある。

 この場所を利用する者たちは、買い物や思い思いの交流を楽しんでいるようだ。
 
 初めて商店街を目にしたが、なかなかに活気に溢れているいい通りに感じる。

 そこで一際目立つ月乃屋という看板と、髪留めの細工と同じ月の紋様の描かれた建物があった。

「もう迷うことはないな。ナビより、完璧な案内だったの」

 儂がここにたどり着けたのは、雪子というおなごのおかげ。

 電話を切る前に商店街への道のりをわかりやすく、説明してくれたのだ。

「賑やかだな」

 ここなら、カルファもチィコが来ても楽しめるだろう。
 またみなで訪れてもいいかもしれんな。

 トールは大変だとは思うが。

 儂は物珍しさに目移りさせながら歩みを進めていった。

「あ、こちらですー!」

 店の近くまで来ると、巫女のような格好した雪子さんが立っていた。

「お嬢さん。その本日、お日柄もよく……お招き頂きまして……」

「あっははー! 何ですか?! その変な挨拶は」

「いや、なんというかだな……来たのはいいが、どう声を掛けていいかわからんくての」

「そんなの気にしなくていいですよー! 落とし物を拾ってくれた恩人なんですからって、あ、そうでした! お名前を伺っても?」

「あ、ああ……名か。名はドンテツと言う」

「ドンテツ? 凄く珍しい名前ですね! もしかして海外の方とか? それにしては日本語が上手ですよね……」

「そ、そう。儂は海外出身だ。だが、この日本という国が好きでの。昔から言葉を勉強しておった」

「それで流暢に話されるんですね。納得しました」

 どうやら、疑いは晴れたようだ。

 儂らはトールの魔法により、特徴的な見た目は変わり人族にしか見えない。それにこの国特有の言葉を読み書きできる。だが日本人とはまた違うように見えるらしい。

 カルファならわかるが、まさか儂も違う国出身に見えるとは……。

 この世界に真に溶け込むのは難しいようだ。

「ドンテツさん、怖い顔をされてどうかしましたか?」

「あ、いや、少し考え事をの」

「考え事……そうですか。何か気になることでも?」

 気になることでもと聞かれてもトール達のことを口にするわけにはいかず、愛想笑いで誤魔化した。

 こういう時は、トールのような口の上手さが必要だの。
 
「それでは早速お店の中を案内しますね」


 
 ☆☆☆



 儂は店内に入ると早速、雪子さんに案内してもらっていた。

「うちで取り扱っているのは、こんな感じですね! 最近ですと、金と銀の合金で作った鈴が人気商品ですね!」

「うむ、鈴もそうだが、包丁も見事だ」

 この店は、全てに拘りを感じる。
 派手な装飾などはなく、透明なガラスケースの中に綺麗に商品が並べられている。
 刃物や工芸品が主役で、店はそれを伝える為の箱といった感じだろう。

「はい! うちはどの商品も低温鍛造に拘っていてですね、鞘も朴の木使用しています! 朴の木って水捌けもよくて適度に油分があってですね、錆びにくいんですよ! あ、もちろん全て手作りです!」

「低温鍛造とな……それに鞘まで手作りか」

 まさか低温鍛造をする職人がおるとはの。

 魔法のない、この世界では温度を均一に保つなど手間しか掛からんだろうに。

 鞘も見る限り、全ての刃物に合うように調整されておるな。

 ここまでの物を異世界で目にするとは。

 いや、これが職人というものか。

「よぉーし! 儂はここで働くぞ!」

「えっ? は、働く? どういうことでしょうか?」

「ガハハハッ、すまんの! 伝えておらんかったが、儂がこの店に訪れたのは、働く場所を探しておったからだ」

「いや、それはいきなり言われても、その……」

「わかっておる、無理なことを言うておるのもだ。だがの、儂はこの店が気に入った。だから、譲れん」

 儂と雪子さんが話をしていると、筋骨隆々のツナギ姿に皮製のエプロン、皮手袋を身につけた男が現れた。

「おい、お前……恩人だって聞いていたから、黙っていたがよぉ。うちで働きたいだと? 舐めてんのかぁ?! 鍛冶師の仕事をよぉ!」

 こやつが、いやこの人が店主であり雪子さんの父親か。

 佇まいからして、間違いない。一流の鍛冶職人だ。

「舐めておらん、やるからには命かけて鉄を打つ! 店主よ、いや師匠よ! 宜しく頼む!」

 儂は近付きその手を握る。

「俺が師匠……師匠……」

「うむ、教えを請う存在だからの。師匠だ」

「そうか…………ふふっ」

 師匠はニマニマとしたまま、返事をしない。

 しかし、この手の分厚さ皮手袋越しでもわかる。
 儂の見立ては間違っていなかった。

「ちょ、ちょっと離してくれねぇか……手が痛えわ」

「あ、すまんぬ。師匠」

「いや、もうどっからツッコんでいいかわからねぇ……」

「良かったね! お父さん、弟子が出来て!」

「はぁぁ……――なんでお前が乗り気なんだ……」

「それはだって鍛冶職人って孤独だし、仲間は多い方がいいし、だけどお父さん厳しくて、お弟子さんなんて無理だし?」

「あー、わかったわかった。しばらくは見習いとして面倒見てやる」

「本当か、師匠!」

「ああ、けどな。一度でも音を上げたら出て行ってもらう。それでいいな?」

「うむ! 問題ない!」

「はぁ……――まずは言葉遣いからだな」

 こうして、儂は見習いとして月乃屋商店にお世話になることとなった。

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