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食卓

 勇者一行が日本に来て一ヶ月後。

 GWという大型連休が始まり、どの場所を訪れても、人波から逃れられない時期。
 
 夕飯時の勇者の住まいにて。

 室内はモノクロで統一され余計な物など、置かれたこともない綺麗な住居だったはずだが。

 今は玄関からリビングにかけて、地元スーパーのロゴの入った段ボールが並べ積まれ、通路を阻害している。

 何とも生活感の溢れる状態だ。

 そんな状態でも、勇者トールは鼻歌交じえながら、対面式のキッチンで夕飯を作っていた。

 今日の献立はオムライス。
 バター香るチキンライスに、ふわとろ卵、トール特製の甘酸っぱい食欲を唆るトマトソースが掛けられた誰もが大好きな一品だ。
 
 右側のコンロでお玉片手にさまざま香味野菜を煮込み作ったトマトソースをかき混ぜる。

「ええ感じやな」

 お玉を動かす度、香ばしいバターの匂いとトマトケチャップの煮詰められた甘酸っぱい香りが周囲に漂う。

 一緒に帰宅したチィコはというと、家に着いてからすぐに洗面所に向かい、手洗いをしてから目にも留まらないスピードでキッチンの前に来ていた。

 その手にはふわとろの卵が乗ったチキンライスの盛られた器がある。
 まさに準備万端といった感じだ。

「トール、まーだ? ボクお腹ペコペコだよー!」

 鼻をヒクヒクと動かし、鍋を覗き込む。
 
「ちょいまち、もうできるから」

「うん、わかった! それにしても凄くいい匂いだよねー! 涎が出ちゃうよ~!」

「せやろ、せやろ? なんといっても僕特製のトマトソースやからなー! 人参、ナスに玉ねぎ、ズッキーニも入ってるからめちゃ美味しいで! ほれ、これがチィコの分や」

「わーい! ありがと! うわぁ……物凄く美味しそう~!」

 チィコは、オムライスを前にして目を輝かせている。
 涎のおまけつきだ。

「ふふっ、何を隠しましょう。私が調達してきたフレッシュ野菜が入っているのです」

 鼻高々といった感じのカルファが器に盛られたトマトソースが掛かっていないオムライスを片手に言う。

「これこれ、まるで自分が採ってきたみたいな言う方をするではない」

 ドンテツはそれを呆れたようなトーンで注意する。

 この二人もオムライスを待ち切れなったようで、キッチンの前に並んでいた。

 もちろん、その手にはチィコと同じソース待ちのチキンライスがある。

「いちいち煩いですよ! 私が買って来たんですから、一緒でしょう?」

「それを言うなら、儂だって貢献しただろう? 誰だったかのー……安いから野菜を買い過ぎました。助けて下さいとか言ってきおったのは……」

 カルファはトールから書店での仕事を終えた後、近くのスーパーでの買い物をお願いされていたのである。

 しかし、初めて耳にするタイムセールという魅惑の言葉。そしてそこに必死な形相で群がる人族に感化された。

 結果、当初頼まれていた材料の何倍もの量を購入してしまい、スーパーから動けずにいたのだ。

 そこで助け舟を求めたのが、ドンテツだった。

 ドンテツはカルファに対して小言が多くとも、いざという時は口は固く頼りになる。

 本当はトールに来てほしかったのだが、日中忙しいそうにしている為、そうも言ってられず諦めた。

「そ、それは……あれです! あのように買いたくなるような看板やポップを置いているスーパーが悪いのです! それに安い! 安すぎます! なんですか!? あのタイムセールとかいう祭り事は」

「ふぅ……呆れて何も言えん。仮にも本を売っている人間が言うことかの? いつもポップがどうのとか、配置がどうのとか言っているだろうに」

「確かに売ってはいますし、ポップの配置も考えてはいます! ですが、人間ではありません! 私はエルフです!」

「いや……引っ掛かるところがおかしいぞ。カルファよ」

「おかしいとは何ですか! そこは重要なところでしょう!」

「もうなんというか、めんどくさいの……」

「はぁ……まーた言い合いかいな、そんなん始めるんやったらご飯抜きにすんで?」

 言い争いを始めた二人の間に転移魔法で入り、二人からオムライスを取り上げた。

「トール様……それはあまりにも――」

「ぬう……儂は悪くないような……」

「喧嘩両成敗や。そもそも作ってもらったことに感謝せなあかん! その思いがあったら喧嘩なんかせえへんはずや」

 お玉片手にキッチンで怒る姿は、世界を救う勇者と言うより家庭の平和を守る母、いやオカンといった感じだ。

 その姿を目の当たりにしたカルファ、ドンテツの二人は耳打ちで会話する。

「なんでしょうか……こちらの世界に来てからトール様の母親感が増したような……」

「うむ……それは儂も感じておった」

「やはりですか……あの……ドンテツ、ここは一時休戦にしませんか?」

「うむ……そうだの。そうした方がいいの。このまま儂らが言い合っておったら、ここから出て行けまで言いそうだしの」

「ええ」

 利害が一致した二人は戦略的停戦を結び、頭を下げた。

「トール様」

「トールよ」

「すみませんでした」

「すまんかった」

 トールはそんな二人を見て、ご機嫌になりトマトソースのかかっていないオムライスを催促した。

「うん、わかったならおっけーや! ほれ器! ぎょーさん入れたる」

「は、はい。ありがとうございます」

「う、うむ。頂くとするかの」

「よし、皆の分、よそったしいただきますしよか!」

「うんうん! 早くしよ〜!」

「「「いただきます〜!」」」

 満面笑みの笑みを浮かべてオムライスを頬張るチィコに対し、バツの悪そうな態度で食べるカルファとドンテツであった。

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