苦手なもの
「うわ……グリンピースだ」
ビーフシチューは好きだし、中に入っている野菜も甘くて好き。
だけど、上に少しだけ乗せられているグリンピースっていうボソボソする豆は嫌いだ。
食感も独特の青臭さも耐えられない。
だから、ボクはスプーンで掬い、空になった別の器に入れる。
「あー! またグリンピース残してる! 好き嫌いとかしてたら大きくなれないよ?」
他にも残している子はいるのに、何故かボクだけに注意する。
正直、少し鬱陶しい。
嫌いな物は嫌いだし食べたくない。
それで飢えるなら、ボクという生物が弱いだけ。
それだけだ。
「っさーい! うるさーいよ! ボクはボクの好きなように生きるの! 自分の正義から外れるからってごちゃごちゃ言わないでくれるかなー! トールのことをお兄様とかも意味わかんないし」
「私……私はっ」
ボクが自分の思いを口にしたら、穂乃花ちゃんは目に涙を浮かべて教室を出て行った。
☆☆☆
数日後。
放課後の教室。
「――そんで僕が呼ばれたってわけですか……」
「はい……私も何があったのか知りたいだけなのですが、なかなか教えてくれなくて――」
「なにさ、なにさ……ボクは悪くないもん……」
「はぁ……この一点張りですね」
「わかりました。ちょっと僕と二人きりで話させてもらっていいですか?」
「はい、すみません……至らず」
「あ、いやいや、気にせんとって下さい」
ボクはトールと担任の先生の三人で話をしていた。
内容は、穂乃花ちゃんについてだ。
あの後、結局穂乃花ちゃんは戻ってくることなく、そのまま施設に帰ってしまい、自分の部屋に入って出てこず、もう学校にも行かないとか言っているらしい。
ボク的には、行きたくないならそうすればいいと思う。
誰かに強制されているわけでもないんだし。
というか、自分は人に指示してた癖にちょっと言い返されただけでこれだ。
そんな子はどうせ戻ってきても、また理由を付けてわがままを通すに決まってるし、そんなのが続いたら迷惑だ。
なのに。
「チィコ、ええか? 今回は誰かが悪いとかやないねん」
トールは、先生の呼び出しに応じて学校を訪れていた。
しかも、何度もしつこくつかかっていた穂乃花ちゃんのことを庇っている。
「そんなこと言うけどさ、トールはどう見たって穂乃花ちゃんの味方だよね? 今だってボクだけに注意してくるし、あんなに一緒に旅をしたのにさ! あー……わかった。勇者だから弱い者の味方をしないといけないんだ! 大変だねー! 勇者様は!」
「あのな……チィコ」
「――もういいよ! どうせまた、説教でしょ! ボク帰るから! ボクが来なくなれば穂乃花ちゃんも来るようになるでしょ?」
「ちゃう! ちゃんと聞き」
トールがボクの顔を持って、目を真っ直ぐ見つめてくる。
「……じゃあ、なに?」
「ふぅー……やっと聞く耳持ったな。僕は子供が好きやし、穂乃花のことももちろん、家族やと思ってる。けどな、背中合わせて自分の命を預けられるのは、チィコ、カルファ、ドンテツだけや。他にはおらへん。世界中探してもな」
「それがなに? そんなの今、関係ないじゃん!」
ボクはトールの手を振り払う。
「関係ある。ここに連れてきたのは、別にチィコのことだけを考えてやない。施設で育ってきた僕の家族のことも考えてのことや」
それでもトールは怒鳴ることなく、落ち着いたトーンでなんでここに連れて来ようと思ったのかを説明してくれた。
その話によると、施設で育った子供達は、全員がとてもいい子らしく、大人の言うことや規律、ルールなど決められたことを口酸っぱく言わなくても守るそうだ。
トールからすると、そのことが心配らしい。
確かに十歳という年齢。もちろん個性はあるとは思う。
だけど、ボクのように納得いかないことはいかないって、言う子が一人くらい居てもおかしくないのに。
穂乃花ちゃんも含めてそんな子は一人もいなかった。
何だったら抑圧されたり、強制的に戦わされた獣人族の子達の方がイキイキしているくらいだ。
「だから、ボクをここに連れてきたの?」
「せやな。まだまだちっこいし年下やけど、僕の頼れる仲間やからね。まぁ……こんな言うんは情けない話やけど、頼らせてもらったってことや」
「仲間……仲間かー……えへへ!」
まさか、ボクがトールに頼られるなんて嬉しい。
ずっと一方的に頼ってばかりだと思っていたから。
「じゃあ、仕方ないね! ボクが解決してあげる!」
具体的に何をしていくのか、わからないけど、トールの期待に応えることにした。
☆☆☆
二日後。
穂乃花ちゃんは、ボクの隣で授業を受けていた。
でも、いつものような覇気はなく、算数の授業でも手を挙げることもしない。
それどころか、ボクが音を立てて食べようとも、嫌いな物を残そうとも何も言わない。何だか別人みたいだ。
「穂乃花ちゃんの事を教えて!」
「……突然、何ですか?」
「いや、ほらだってさ! ボクと穂乃花ちゃんってお互いのこと知らないでしょ?」
「別に私は知りたくないです!」
「はいはい! それはもういいよ! お話しようよ」
「ちょ、ちょっと!」
「あ、そうだった。この前はひどい言い方をしてごめんね! 何も知らないのに、ちょっと言い過ぎた……でも、ボクも嫌な思いをしたんだよ?」
放課後、クラスメイトが帰っていく中。
とりあえず、相手のことを知る作戦を決行していた。
お家に戻り、トールにどうすればいい? といくら聞いても「チィコらしくおればええよ」しか言わないからだ。
もちろん、カルファやドンテツにも聞いた。
だけど、みんな口を揃えて「自分で考えて行動した方がいい」と言うのだ。
だから、ボクは考えた。
でも、よくよく考えてみるとボクに友達と呼べる存在はいない。
冒険の日々で知り合った人、優しくしてくれた人はたくさん居たけど、何か友達かと聞かれるとちょっと違う。
参考になるような経験はなかったので、自分の得意なことで考えてみることにした。
結果、戦いに置き換えてみたのだ。
相手のことを知らないと攻め方も、その上倒し方なんてわかりもしない。
きっとそれは、仲良くするということにも通じるはずだ。
「過ぎたことはいいです……私も、その……言い過ぎたわけですし。でも、なぜ、急に話がしたいと言うのです? 私のことは鬱陶しかったんですよね? なのに、今になって――」
「なぜって……うーん、何でだろう?」
トールの役に立ちたい。これは絶対そう。
でも、穂乃花ちゃんに固執する必要もない。
このクラスには、同じような境遇の子供達がたくさんいる。
だけど――。
「なんかわかんないけど、放っておけないから?」
そう、なんかわかんないけど、放っておけないのだ。
昔のボクに重なったから。
確かに身寄りはないといっても、トールが運営した施設で温かな食事、綺麗な衣服、武器を持って斬り合うなんてこともしない。
でも、似ている。
話をすればトールのことばかりで、よくよく聞いてみるとボクに食ってかかったのも、トールの評判を落としたくなかったかららしい。
だから、放っておけない。
「は、はぁ……」
ボクは時々、頭を抱えながらため息を吐く穂乃花ちゃんと一緒に帰った。