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登校

「えーっと、ここの計算がわかる人ー?」

 今日の一限目の授業は算数だ。

 この学校という場所は色んなことを教えてくれる。

 日本という国の言葉や文化、料理の作り方やボクらの世界ではない科学の親戚? らしい理科に体を動かす体育、歌を歌ったりする音楽といったものまで。

 でも、算数はどの授業よりもボクが苦手としている科目の一つだ。

 とは言っても、5個あったりんごを2個食べたら、何個残っているのかみたいな簡単な問題が多い。

 だけど、そこに数字が絡んでくるとそれをややこしくさせる。

 1+1=2とか、2×2=4とか、6÷3=2とか変な記号を使うのだ。

 こんなものより、実際にりんごを並べた方がわかりやすいのに。

 そもそもガラムスではこんな記号を使わなくても、過ごせた。だから覚えなくたっていいはず。

 そう言ったのに、トールは聞き入れながらもやんわりと否定してきた。

 あれは今朝の出来事。

 全員で食卓を囲んでいる時にボクが本音を口にしたことで、トールが意味を教えてくれた。

『ええか、実際に使うとかよりも、考え方を知る。これが大切なんや』

『そうですよ。知識は全てを救います! 知らないことは罪ですからね! せっかくトール様に頂いた機会なんですから、しっかり身に付けてきて下さいね!』

『まぁ、気楽にだな。知識ばかり求めては、こんな面倒くさい年寄りになる場合もあるからの!』

『な、なんですか!? 髭モンジャラドワーフ! 貴方も少しは色んなことを学んでいかがですか? 自分の興味あること以外を!』

『ほらの……面倒くさい……』

『ぐぬぬぬ……なんですか! その態度は!』

『はいはい、朝からしょーもないことを言い合わんとって! チィコが遅刻するやろ? それにカルファ。自分も遅刻するで?』

『わわっ! 本当だ! 今日は朝から新刊のポップ張り出しがあるんですよー! 早く出ないと!』

『で、ドンテツも行くんやろ?』
 
『う、うむ……』

 いつものように慌ただしい朝は置いておいて、どうやらこの授業ってものは、記号を覚えるんじゃなくて考え方を身に付ける為らしい。


 
 ☆☆☆
 


 子供達の控え目な話し声が聞こえる教室の中。

「はい! わかります」

「では、穂乃花さん答えて下さい」
 
「64です!」

「はい、よくできました。正解です。ちゃんと予習が出来ている証拠ですね!」

「ありがとうございます!」

 先生からの問い掛けに対して前のめりに返事をするのは、おでこを出した髪型がトレードマークの人族、山梨穂乃花ちゃん十歳。

 ボクの右隣に座るこのクラスで纏め役をしている女の子だ。

 授業の意味はわかったけど、穂乃花ちゃんみたいに前のめりになる意味は全くわからない。

 体育の授業とか、音楽の授業ならわかる。

 体を動かすのは楽しいし、音楽も心が明るくなるから。

「穂乃花ちゃんってさ、真面目だよねー……ボクにはわかんないや……」

 ボクは本音をボソッと言う。

「わ、私はわかって欲しいなんて思ってないです!」

 穂乃花ちゃんは、ムスッと頬を膨らませ少し呆れたような顔で言う。

 決して仲が悪いわけじゃないけど、ボクが何か言うとこうやって言い返してくる。

 もしかして、嫌われているのかな……? ボク。

 不思議に思いながらも、今日も穂乃花ちゃんの隣で授業を受けていく。

 そして、お昼休み。
 この時間は給食と言って専属のご飯を作る人達が毎日違うメニューを作ってくれる。
 一体どこの貴族なんだって話なんだけど、これがこの世界の当たり前とのことだ。

 まだまだ知らないことだらけだけど、とにかくこの時間がボクにとって何よりの楽しみなのは間違いない。

「煮込まれた牛と炒められた野菜のいい匂いがするー! これはビーフシチューだね!」

 今日のメニューはビーフシチューとコッペパン、そこにブロッコリーの和え物と牛乳、そしてデザートが付いてくる。

 この世界の食べ物はどれも味がしっかりしていて、色んな工夫がある。

 食欲をそそるスパイスや、出汁と呼ばれる魚や海藻を使ったスープを入れて、匂いや味を複雑にするのだ。

 トールが言うには、日本という国は特にそういう傾向が強いらしい。

 美味しい物をより美味しくみたいな?

 ボクら獣人族には、そんな考えた方はないので、なんか凄く感心する。

「違う国から来た人達って、みんな鼻がいいよね!」

 クラスメイトの誰かが言う。

 それに被せるように施設で暮らしていた人族の子供達が続いた。

「「「うん、凄くいいよねー!」」」

 確かにみんなが言うように、ボクも含めて獣人族の嗅覚は鋭い。

 ニスや煙たいチョーク、木の香りがする教室から、隣の棟にある調理場から漂う匂いを嗅ぎつけることが出来るほどに。

 確か数字で表すと、人族の1000000倍とか。

 ボクが鼻を動かすと同じように、獣人族の子供達も鼻をヒクヒクと動かし始めた。
 
 隣のクラスに給食が運んでこられたのだろう。

 美味しそうな匂いがより一層強くなる。

 その匂いに人族の子供達も気付いたようで、少し騒がしい。

 でも、わかる。

 美味しい物を食べられることがわかると、どうしても気持ちが昂ぶってしまう。

 最初は、人族の子供と分かり合えるなんて思っていたけど、美味しいご飯を前にしたらみんな一緒だ。

 ちなみにこのクラスの人族には、ボクら獣人族が違う国からやってきたということになっている。

 言葉に関しては、トールのかけた魔法が作用していて難なく会話は出来るのだけど、意味合いなどを理解して話してなかったり、微妙なズレみたいなものがある。

 でも、それが功を奏して違う国から来たということに信憑性を持たせていた。

 「給食当番の人、無駄なお喋りはせず早く準備をして下さい! 当番というのはそれぞれに与えられたちゃんとした役目です! ちゃんと務めを果たして下さい!」

 白衣に着替えた、穂乃花ちゃんが腰に手を当てて言う。

 なんというか、ここまで仕切りたがりなのも珍しい。

 お家に帰ってから聞いた話だけど、トール曰く穂乃花ちゃんは施設でも、しっかり者といった感じで。

 自分より、年下の子供の世話を焼いているそうだ。

 そして年上には、ちゃんとケイゴっていう丁寧なカルファのような言葉遣いをしているらしい。

 確かに言葉遣いはどこか大人びている。

 でも、ここではただの口うるさいやつになっているけどね。

「はーい……今から行きまーす」

「なんですか?! その不貞腐れたような態度は! あなたはトールお兄様の友人なのでしょう? だったらちゃんとして下さい!」

 本当に何なんだろう。事あるごとに、トールのことを「お兄様」と呼び。
 「二言目にはちゃんとして下さい」ばかり。

 本当の兄妹でもないのに。

 ボクは言いたいことをグッと堪えて給食当番の仕事をこなした。

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