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忘れられないあの日

 忘れもしないあれはちょうど一年前。
 
 九つの時。

 ボクは掟に従い、来る日も来る日も戦い続けていた。

 自分の言うものなんだけど、ボクは元々、戦いのセンスがあったみたいで。

 同年代の子共達が相手だと戦いにすらならなくなり、本来だと成人である十四歳になるまで戦い続けるといった習わしも、もうする必要が無くなった。

 だけど、そこで伝統を重んじるお父様は、とんでもないことを考えた。

 身寄りのない孤児を集め、自らが鍛えてボクと戦わせるといったことを。

 こうしてまた、戦いの日々が始まり、ボクはその習わしを無心でこなしていた。

 今、思うと何を考えて拳を振り回していたのか、わからない。ただ、お父様とお母様、お兄様に喜んで欲しかっただけなのかも知れない。

 その辺の記憶はぼんやりとしか、覚えていない。

『……っおい! お前ら……子供に何させてんねん!』

 けれど、空気を切り裂くような怒号が響いたと思ったら、御伽話に描かれた勇者が立っていたのだ。

 白銀の鎧に輝く光の加護を刻まれたバスターソードを背負う勇者が。

 ボクは今もその背中を忘れない。

 おかしな慣習を鬼のような顔で真っ向から否定した姿に。

 飛び掛かってくるお父様やお母様、そしてお兄様など国中の強い獣人族をたった一人で魔法を使うこともなく倒し。
 命を奪うこともなく、動けなくなった者達に回復魔法を使用した姿を。

 そのおかげで、お父様やお母様、お兄様。ガラムスで幅を利かせていた大人は全員、トールの言うことを聞き入れ、ボクらを苦しめていた古い慣習は無くなった。

 もちろん、トールに遅れてガラムスを訪れたカルファとドンテツも優しく、ボクが見てきた大人とは違った。

 訓練用の道具として育てられていた子供達も救出してくれたのだ。

 その後、トールが安心出来る場所で幸せに暮らしているって言ってたけど。まさかこの世界に来ていたなんて。

「な? ここやったら、らしくいれるやろ?」

 優しい大きな手が頭を撫でる。

「ゔん……」

 本当は人族の子供のように遊んでみたかった。
 ドワーフの子供のように道具を作ってみたかった。
 エルフの子供のように森を自由に駆け回ってみたかった。
 本当は世界を救う為に戦うなんて、どうでもよくて。
 トールやカルファ、ドンテツと一緒に旅が出来ればなんでも良かったのだ。

 ボクがこの世界に来たのも、色んな理由を口にしたけど、一番はみんなと居たかっただけだった。

 それだけで充分。それだけ叶えばいいと思っていた。

 なのに、トールはその後のことも考えていてくれたのだ。

「ありがとう……トール。ボクなんかにいっつも優しくしてくれて」

「お礼なんか言わんでいい。子供は夢見て過ごせばええねん! な?」

「……学校。ボク、学校に通う……通いたい」

「そうか……まぁ、通って無理やなーとか思ったら、行くん止めてええからな! 学校は無理に来るところやなくて、自分の可能性を見つけるところやからな!」

「わかった!」

 ボクはこうして学校に通うことになった。



 ☆☆☆



 学校へ通う日々は、とても新鮮だった。

 朝、トールが作ったご飯をみんなで食べてから、学生服とかいう、少しボクらのいた世界の兵士が着るような服装に着替えて学校に向かう。

 本当なら各地域ごとに班といって、その地域に住まう子供達で集まり、一緒に登下校するらしい。

 だけど、ボクのいるクラスの全員がトールに育った施設出身の子なのでそれはなかった。

 事情を聞いた時は、少し残念な気もしたけど、今では寧ろ良かったと思っている。

 こんな感じで、トールに送ってもらえるのだから。

「もう出るでー! あ、そや、ちゃんとヘルメット被ったかー?」

 トールはマンションの出入り口から見て、右手にある駐輪場という、バランスの悪そうな二輪が付いた自転車と車と同じ動力源の付いたバイクという物が置かれた場所で、降りてきたボクを手招きする。

「うん! 被ってるよー!」

「ちょい見せてみ!」

 近くに来たボクの頭を確認する。

「よし、大丈夫やな。ちゃんと留め具も締めれてる」
 
「当然だよ! トールがこれを留めれないとダメだって言ってたんだから」

「そうかそうか、ちゃんと話し聞いてて偉いなー! チィコは。ほな、行くで!」

 トールがヘルメットを閉じると同時に、エンジンを鳴らす。正直、この小刻みに震える振動には慣れない。

 なんというか、ゾワゾワするし、ガソリンという燃料の臭いが気になる。

 でも、そんなことよりも、トールに掴まって風を感じられるのは凄く嬉しい。

「これってバイクって言うんだっけ? かなり速いよねー!」

 ボクはトールの後ろに座り、整備された道を通り抜けていく。自分で走るとはまた違った感じだ。

 ヘルメットから、覗いた景色はいつもよりも速く流れていき、場面を切り抜いたようにも見える。

 あっちでは、絵画って感じだけど、この世界で言うと写真みたい。

「なんか自分で走ってないのにさ! この道路って道を走っている感じがするねー!」

 そう、不思議な疾走感を感じるのだ。
 この世界に来て人族として暮らしてきたけど、魔法によって変えた毛並みを風が撫でる。

 この瞬間、自分が獣人族だったことを思い出す。

「せやなー! ここはまだ道狭い方やけど、田舎の方に行くと、車もバイクも少なくてもっと気持ちええでー!」

 この道は道路といい、バイクとか車とかいう変な音を鳴らす鉄の塊が通ることの出来る道らしい。

 緑、黄、赤色に光る機械? を見て進むのか、止まるのかを判断したり、他にも案内図みたいな物を参考にしたりなどをして行きたい場所に向かう。

 これがこの世界の当たり前らしく、歩くのに関しても色々なルールがあるみたいだ。

 ただ、難しいものじゃないから生活しながら覚えていけるとのこと。

「なんて言うか、馬に似ているかもー!」
 
「おお、そうや! 馬や! でも馬より小回りも聞くし、僕的には一番好きな乗り物かも――って、もう着くな」

 トールは学校の前に着くとバイクを停め、ボクを抱っこして降ろす。

 そして手を振り、バイクを唸らせると来た道に消えていった。

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