学校
ボクはチィコ。
そして勇者パーティの戦闘の要だ。
そんなボクはトールの故郷である日本に来ている。
ここは食べ物も美味しくて、過ごしている人族も優しい。でも、空気はそこまで美味しくない。
だけど、居心地は最高だ。
だって、大好きなトールに、カルファ、ドンテツがいるからね。
そして今日でちょうど二週間。
カルファは、コンビニで知り合った舞香っていう人族と商業施設とかいうでっかい建物で働いている。コーヒーっていう苦い飲み物と大好きな本をたくさん見ることが出来るからとか、なんとか言っていた。
ドンテツは「世話になりっぱなしは申し訳ない」とかの理由で、自分に合った仕事をあちこち歩いて探しているみたいだ。
これがカルファなら心配だけど、しっかりしたドンテツなので大丈夫だと思う。
カルファには内緒だけど、トールってばドンテツにスマホを渡していたしね。
もし何かあれば、連絡が来るとはず。
ボクはというと、朝からトールに話があると言われて、子供の声が煩い四角形の大きな建物に連れられていた。
「チィコ。ええか、今日からこの学校っていう勉強する所に通ってもらう」
「勉強……? ボクが?」
意味がわからない。ボクにとって勉強なんて意味なさないって、トールが一番知っているはずなのに。
「平和になったら、戦うだけでは生きづらくなるからな。勉強もしとって損はない」
「でも……ボクはここにいる誰よりも早く動けるし強いんだよ? それにさ本気を出せば、世界を救ったトールにだって傷を付けることもできるんだよ? それでも勉強しないとだめなの?」
「……ああ、そうや」
「ふーん……」
「わかってくれたか?」
「嫌だ!」
「ちょいまち!」
ボクはトールの手をすり抜け、建物の中に入る。
そこには色んな靴のしまわれた箱がたくさんあった。
「なにここ? 何でこんなに靴があるの?」
「チィコ、追いついたで!」
見たことない光景に足を止めていると、血相を変えたトールが追いつき捕まえようとする。
でも、ボクはそれをしゃがんで躱し、バランスを失ったことで空いたスペースを駆け抜ける。
やっぱりボクの速さには、あのトールだって追いつけない。
そのまま風を切りながら、白くツルツルした通路を走っていく。
右側には部屋があって、そこから子供達の声が聞こえる。何かしているらしい。
気になったので、後ろにトールが来ていないことを確認し、念の為気配を消してから窓から覗く。
「なんか囚人みたい……」
整えられた机に、行儀よく座った子供達。
その正面には、何かを話す大人がいた。
「この世界でも大人が幅を利かせているんだ……」
ボクら獣人族は、掟があった。
それは大人が決めたこと。
子供では変えることの出来ない昔からの慣習。
強い者が正義で。
弱い者は悪だ。
お父様もお母様も、そしてお兄様もみんな。
みーんな口を揃えてそう言った。
だから、ボクは戦った。
毎日、連れて来られる同世代の子供達に、自分より一回りも年上の人と。
嫌でも痛くても苦しくても。
傷だらけになろうともひたすら。
望まれるがままに。
「この世界にも自由はないんだ……期待したのになー……」
強制的に訪れる戦いの日々と、目の前に広がる光景が重なって見えた。
ボクが落ち込んでいると、突然、真上に気配を感じた。
「チィコ……追いかけっこはもう終わりや」
「あー転移魔法だね。トールもお父様やお母様とおんなじつまんない大人なんだね……がっかりだよ」
きっとボクらの世界にいた時は、勇者としての立場とかそういうのもあって、ボクを縛らなかったのだろう。
でも、今は子供から自由を奪う嫌いな大人達と同じだ。
「チィコ……自分なんか勘違いしてるやろ?」
「勘違い? 勘違いなんかしてないよ……? ただ、諦めただけだよ。トールもボクから自由を奪うんだと思って」
「ちょっと来てみい!」
トールがボクの腕を掴む。いつもと違う。
とても強い力、振り解けない。
「離してっ!」
「離さん、ええか? チィコ。君が勉強する教室はここや」
「何? ここ……」
トールに案内された教室という場所は、不思議な部屋だった。
一見どの教室と変わらず、通路側に窓が何個もあって、両端に引き戸の出入り口がある。
でも、部屋の中にいる子達は間違いなく人間なのに、何故か獣人の匂いがする。
「この子達って――」
「気付いたか?」
「もしかして……獣人族?」
「そうや。ここは僕が出資して作った獣人族の子供達も学べる小さい学校や。って言うても、この教室だけやけどね。名前は星屑組や」
「あー、トール育った施設の名前だね! じゃあさ、他の教室は?」
「ああ、それね。他も同じ学校にはなるんやけど、まぁ……そのへんはややこしいからなー」
「なになに? ややこしいって難しいってことだよね? 難しくてもいいからさ。説明してほしいよ! ここまで言われたら気になるもん!」
「そうか? そんなに気になるか……そうやな、簡単に言うと土地代が掛かるからやな。だから校長っていう偉いさんに言うて間借りさせてもらって。この一室を運営してるって感じや」
トールの話によると、
とは言っても、ただ保護するだけでは何の解決にもならないので、読み書きを教える為に学校を開いたみたいだ。
あと、獣人族特有の尻尾や耳は、ボクらと同じように、トールの魔法で見た目を変えている。
「そうなんだ……でも、全員が獣人族ってわけじゃないよね?」
「ああ、そうや。さすがチィコやな、よう気付く。その通りや。ここには獣人族の子供だけやない。僕の育った星屑の里の子供達もおる。まぁ、あれや異文化コミュニケーションって感じや!」
そこにはトールが育った施設の子供達もいるらしい。
だけど、どの子にも親はおらず親族も不明とのこと。
やっぱりトールは他の大人と違った。
思えばボクとの出会いも似たようなものだった。