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カルファが病院を訪ねて三日後の早朝。
勇者トールの住まいにて。
室内には炊きたてのご飯の香り、落ち着くお味噌汁の匂いが漂っていた。
ダイニングテーブルには、醤油、みりん、うま味調味料で味付けされたフワフワの玉子焼き。
だし昆布を入れて炊いた白米。
毎日、仕込んでいる昆布出汁を使ったわかめと豆腐のお味噌汁。
きゅうりのぬか漬けが並べられている。
そして、この全てがトールの手作りだ。
傍から見ると何故、勇者であるトールが? となってしまう。
しかし、これが世界を救った勇者一行の日常なのであり、オカン属性強めなトールの本質なのである。
炊事洗濯掃除などはもちろん、裁縫までもこなす。
「ほうほう。それでこうなったと――」
「は、はい。大まかな流れはそんな感じですね。でも、一体、何が契約書に触れたのでしょうか? 私は必要だと思って魔法使ったのですが――」
リビングで下半身が異空間に飛ばされ、上半身が宙に浮いているように見える状態のカルファと、対面式のキッチンで頭を抱えるエプロン姿のトールが会話をしていた。
内容はカルファが起こしたとある問題についてだ。
「それは知らん。けど、まぁ良い事やと思う。困ってる友達を助けるのは大事なことやからね」
「えへへー……褒めて頂けて嬉しいです!」
「って、褒めてないわ! なんで目立つような場所で魔法使ってんねん!」
「はい……ですが、やはり気になります。契約書の規約に触れないようにしていたので……」
「わかったわかった! 教える! ヒロおじとの契約書やなくて、僕と交わした方に触れてるんや!」
「あー、なるほど! 理解しました! それなら仕方ないですね」
「仕方ないって……人の気も知らんと! 僕言うたやん! 目立たんようにって…」
叱るオカン系勇者VS親の心子知らずなエルフ王女の一進一退の攻防を見せる中。
一方、リビングではチィコが窓際で猫のように体を伸び縮みさせて日向ぼっこをしていた。
その傍らには、好物のビーフジャーキー、そして同様にすっかりハマまってしまった封を開けていないあたりめがある。
ドンテツに至ってはその奥、ベランダでワンカップ酒を片手に景色を眺めている。
もはや、とけ込み過ぎて休日のおじさんと言っても遜色ない。
「ねーねー」
チィコが仰向けのまま言う。
「なんだ? チィコ」
「なんで、またカルファ怒られてるの?」
「そうだな……儂らが交わした誓約書はわかるな?」
「うん、トールとの約束だよね?」
「ああ、そうだ。端的に言うとそれをカルファは破ったわけだの」
「あー! だから、半分転移しているのかー!」
「うむ。そういうことだな。まぁ……それだけではないがの」
ドンテツが視界を向ける先には、リビングテーブルの上で通知が止まないトールのスマホがあった。
メッセージの送り主は市長の宏斗だ。
振動により、スマホが並べられた食器に触れ、より一層煩くなる。
「これどうすんねん! ヒロおじから鬼のように苦情のメッセージ来るんやけど! 「俺はお前を信じていたのに――」とか「こんな子に育つなんて信じられない」とかもうめんどくさいったらない! 挙句の果ては防衛省に「一緒に来い」やで?!」
「す、すみません……ですが、私は自分に誇れる行動を取れたと自負しております!」
「そうか、そうか。ほんならそのままでもええよね? 齢二百五十を越えるエルフのお姫様が言うんやし」
「そ、それは……困ります」
「困るん? 自分の行動を恥じてないのに?」
「それとこれとはですね……」
「別やって言うん? なんか勘違いしてるみたいやけど、君らがここにおれるんは、僕と交わした契約書があって、それを守ることを誓ったからやで?」
トールは、今にも強制送還されそうなカルファへと冷たい視線を向ける。
「は……い。ですが――」
「あー、どうせ友達が困ってたから助けたって言うんやろ?」
「……はい、その通りです。グズッ」
カルファは、敬愛するトールにもっとなこと言われてしまい、その目を潤ませ今にも泣き出しそうになっている。
「いや、なんで泣きそうになってんねん。泣きたいのはこっちや!」
「ずびばぜん……ズズッ……いづもがんがえなじで……グズッ、ケホケホッ!」
「はぁー……もうええよ。けど、魔法使うんやったら、せめて相談してくれる? この世界で不用意に使うとこんな風になるから」
トールはおもむろに、テーブルにあったリモコンでテレビを付けた。
「次のニュースです。とある家族に奇跡が起きたようです!」
丁寧な口調に落ち着いた雰囲気が、売りのアナウンサーが興奮冷めやらぬ声色でニュースを読み上げている。
その内容は数年間、事故により意識不明だった中年女性と少年が突如眩い光に包まれ目を覚ましたというニュースだった。
「中継の平岡さーん! 現地はどういった状況なのでしょうか?」
「はい、お見舞いに来られた方々によりますと「体を揺すり話し掛けた瞬間、突然光始めた」とのことです。これを受けてこの後、医院長と担当医による会見が開かれるようです」
名前こそ伏せられているが、内容に魔法を使ったことでしか説明できない現象。
映像と病院関係者の反応に釘付けとなる勇者一行。
同時にトールのスマホの通知が一瞬止まる。
「な? こういうことになるから」
「はい……」
「ふぅー……ということで、わかればよしや!」
「えっ!? いいんですか?」
「ええよ。誰でも間違うことの一回や二回あるし。次せんことが大事やからね。それにお友達は喜んでるんやろ?」
「はい! 二人とも涙を流して喜んでおりました!」
「なら、おっけーや! 後始末は、僕に任せとき」
「うぅぅ……ありがどうございまずぅ……」
「また泣くんかい……もうしゃーないな。と、そうやったそうやった。この魔法も解除しとくわ
トールは指をパチン! と鳴らすと強制送還の魔法が解除する。
カルファはその場で膝を着き鼻水や涙、嗚咽など。
感情が爆発してしまい、とんでもないことになっている。
対するトールはすっかり困り果ててしまい、泣き喚く子供をあやすオカンのような状況となっていた。
「なーんか、いっつも思うけどさ。どっちが年上かわかんないよね! トールの方がお母さんみたい」
チィコはクルンと回転し上体を起こし、傍らにあったあたりめの袋を開けた。
とはいえ、トールの用意してくれた朝食がある為、その匂いだけをめいっぱい味わうだけだ。
食べることが好きなチィコでも、ビーフジャーキーとあたりめを食べてからの、食事は厳しい。
「むう……そうだな。カルファは引きこもりをしてた分、歳に似合わず幼い部分があるからの。トールに甘えておるんだろ。儂なら願い下げだが」
ドンテツは頷き残りのワンカップ酒を飲み干し、網戸を開け家の中に戻る。
朝食の前にお酒を飲む、ましてやそれを飲み干すなんてことは、この日本、いや世界で滅多にないが。
酒は血液と考えるドワーフ族にとって当たり前なのである。
こんな風に、彼らは日本のコンビニにドハマりし、トールからお駄賃を貰っては買うを繰り返していたのだ。
もちろん、それには条件がある。
一回の買い物で使うことを許された金額は五百円。
コンビニに訪れて良い回数は一日一回。
大人組に関しては仕事を見つけるまでというものだ。
「そっかー! じゃあさ! 案外ボクの方が大人っぽかったりするのかな?」
「ガハハハッ! 案外そうかも知れんな! お主の方がを色んな経験をしておるからの」
「ふふーん! ボクってば大人〜!」
大人と言われ、鼻高々になるチィコであった。