トール様のように
しばらくして。
私は、舞香さんと一緒に当初の目的であった幼馴染の家の前にいた。
着いてすぐに呼び鈴を鳴らしたけれど、反応はない。
いや、それどころか気配すら感じない。
「誰もいないのでしょうか?」
「カルファさん、その……拓斗。もしかしたら今日はバイトかも知れません……」
舞香さん曰く、拓斗と呼ばれている男性は、バイトという契約条件が緩い労働に出ているらしい。
私達の世界で例えると繁忙期に募集が掛かるギルドの受付職員などがバイトにあたるようだ。
「ということは、もしかして……タイミングが悪かったのですか?」
「いや、寧ろタイミングは良かったかもです!」
どうやらバイトがある日は、大体お昼過ぎに昼食を取りに戻るとのこと。
このタイミングで会えなければ、どれだけ呼び鈴を鳴らそうともスマホなる物で連絡をしようとも、反応がないようだ。
「では、良いタイミングで訪ねることができたということですね!」
「はい! あ――っ」
舞香さんの視線の先には、中肉中背の耳元にピアスを付けた目つきの鋭い男性がいた。
「あっ、舞香! ごめんねー! 忙しくてさ全然連絡取れなかったんだよー……」
異臭などはしないけれど、服装は見られたものではない。
明らかにオーバーサイズ、そして所々に穴が空いている。
そして印象的なのは目だ。
舞香さんに近づき、好印象を与える為に大袈裟な反応を見せている。
でも目は全く笑っていない。
閉鎖的な国で育ってきた私にはわかる。
あれは誰も信用していない。
孤独な者の目つきだ。
「なるほど……」
けれど、道中での話、反応から推測するに、拓斗さんは舞香さんにとってかけがえのない存在なようだ。
だからこそ、尚の事と許せませんよね。
麗しき乙女の純情を弄び、お金を貢がせ、返さないなんて。
どんな背景があろうとも、愛は無償で与えられていいものではない。
紳士の風上にも置けない。
「では、早速!
私はトール様に手解きして頂いた自分のオリジナル魔法を拓斗なる人物にぶつけた。
ぶつかった風の渦は、男性を宙に浮かせ、高速回転させる。それにより、みるみるうちに顔色を悪くさせていく。
瞬く間に所々、破れていたオーバーサイズの服も回転と風魔法により、細切れ切り裂かれた。
魔法が収まった時は、拓斗本人は一糸まとわぬ姿となっていた。
「えっ、な、なんで?! 僕が裸に? というかこれはなに? 意味がわからないからないって! 誰か、誰か助けてくれぇぇーー!」
突然、全裸になったことで、拓斗はその場で狼狽え。
舞香さんも顔を赤らめ、直視できずにいる。
「どんなに叫んでも無駄です。
「は、はぁ?! 風の障壁? 意味わかんねぇ! 何でもいいから、助けてくれ!」
「カ、カルファさん! ちょ、ちょっとなんなんですか?! これじゃ拓斗があまりにも可哀想ですよ!」
「いいえ、これくらいされて当然です! この方は舞香さんの優しさにつけ込んだどうしようもないクズなのですから!」
私は拓斗という男性をクズと言い切り、侮蔑の視線を向ける。けれど、視線を合わせようともしない。
本当のクズならば、ここで言い返してくるはずなのに。
私はそんな彼を見て、魔法を止めた。
「た、拓斗、とりあえずさ! こ、これ! 着て!」
何かの糸が切れたように、動かなくなった拓斗に自分の羽織っていたカーディガンを掛ける。
――その瞬間。
拓斗の目から涙が零れ落ちた。
「こんな情けないやつでごめん……」
初めは、舞香さんを騙すつもりはなかったのだろう。
泣きながら語った話は、人生に絶望しながらも足掻く者のそれだった。
父親はおらず、母親のみで。
下には、十も年の離れた弟が一人いた。
元々、人の良かったこの拓斗という男性は、高校を卒業してから家庭を支える為、すぐに働き出た。
人当たりの良さ、真面目さが評価され、会社に馴染み可愛がられ、収入も安定し。
家庭を支えていた母親にお金を渡すこともできた。
年の離れた弟もすくすくと育ち、順風満帆かに思えた。
けれど、悲劇が起きた。
家族を連れ、鉄の塊である車を操作していた時。
事故に巻き込まれてしまったのである。
とはいえ彼本人は、かすり傷程度で済んだ。
しかし、隣と後ろに座っていた二人は声を掛けようとも返事はなく、座席には血だまりができていた。
そこから数年の時が流れたけれど、傷が治ろうとも意識は戻ることなく、二人は今も病院という回復施設にいるようだ。
「……そうだったの? 私には、海外で凄い先生がいて向こうで元気で暮らしているって言ってたよね? 学校とかお仕事もあるから、なかなか戻って来られないんだって――」
「ごめん……嘘なんだ」
「なんで……っ」
「ごめん」
私はこの拓斗という人族、人間を知らない。
けれど、思い悩み足掻いてきた者の悩みはわかる。
現実は非常に残酷で、幸せな日常は当たり前ではない。
それを私はトール様との冒険の日々で実際に見聞きしてきたのだから。
「拓斗と言いましたね? クズは撤回致します。ですが、もっとうまく立ち回るべきです。目の前にいる、貴方を理屈抜きで信じてくれる人が居るのですから」
「うぅ……」
拓斗なる男性は地面でうずくまり泣いている。
やはり、ただいっぱいいっぱいになっていただけ。
「拓斗……」
そんな彼を見て舞香さんも心配そうにしている。
舞香さんがいてくれて良かったですね。
「では、まず記憶生成!」
魔法で拓斗さんの服を元通りにした。
「ふ、服が元通りに?!」
「驚くのはまだ早いですよ!」
「「えっ?!」」
「ふふっ、なんですか? 二人して」
「それってどういう意味ですか?」
「どういう意味って、舞香さんは私の力を見ていたでしょう? 魔法ですよ! 魔法! トール様ほどではありませんが、私も回復魔法を使えるのです」
「回復……魔法……?」
「とにかく、いきますよ! 時間は有限ですから」
「えっ?! あ、はい?」
「まずは拓斗……いえ、拓斗さんですね!
「うわわぁぁぁーー浮いたぁぁぁーー!」
拓斗さんは宙に浮いたことがよっぽど、怖かったようで、顔を引きつらせてどうにかバランスを取ろうと足掻いている。
「ふふっ、大袈裟ですって! トール様なんて、全然驚いていませんでしたよ?」
「貴方の想い人である舞香さんだって!」
「えっ、いやちょっと何言っているんですか!? って、早く降ろして下さい」
私の指摘が図星だったようで、拓斗さんは宙に浮きながらも顔を赤らめ、その言葉を受けた舞香さんもしどろもどろしている。
やはり、舞香さんもまんざらではないようです。
「わ、私が拓斗の想い人……」
「い、いや! 違うから! そんなんじゃないからな! お前はただの幼馴染だから」
「正直になるべきですよ? カッコつけても得なんかありませんと、トール様も仰っていましたから! あ、舞香さんに行きましょう!
私もトール様のように、目の前の人を救ってきます。
そんな気持ちを抱き、拓斗さんのご両親のいる病院へと向かった。