第3話 幼女と野望を企てた
突如《とつじょ》上から降ってきた一糸まとわぬ長髪の幼女。
空色の艶やかな髪をなびかせながら、俺に抱きついてくる。
「ますたー! やっとあえたー!!」
「ち、ちょっと待て! そんな格好でくっつくな! てか、なんでお前は裸なんだよ!?」
「わーい! これでいっぱいお話できるね!」
「わーい、じゃなくてな!?」
「? ますたー、どうようしてる?」
「当たり前だろ!? とにかく、お前は服を着なさい!」
俺は混乱と雑念を押し止めながら、小さい女の子が着るような服をイメージする。
さっきは姿見を生み出すことができたんだ。
なら、幼女の服くらい出現させられるだろう。
いや、出せなければ困るッ!!
必死な俺に応えてくれた漆黒の歪みが正面から俺に抱きついている幼女の頭上に現れ、中からパサリと黒いワンピースが落ちてきた。
落下してきた洋服が、幼女の頭から背中、かすかに覗く白いお尻の上に覆い被さった。
「ん~? なにこれ?」
「俺が出した服だ! 話は後でいくらでも聞いてやるから、まずはこの服を着ろ!」
「え~」
「え~、じゃありません!」
半ば強引に幼女を引き剥がし、服を押し付けて俺は真後ろを向く。
幼女は渋々ながら服へ体を通し、着替え始めた。
◇ ◇ ◇
「で、ようやく本題なんだが」
「ほんだい!」
謎の幼女ダイブ事件から数分後。
俺と幼女はお互い地べたの床に座りながら、互いに向かい合っていた。
この王の間《ま》はだだっ広いだけで家具やインテリアの類いはほとんどない。
伽藍堂の巨大空間の真ん中で、俺は本題を切り出す。
「お前は何者なんだ? あの奥にあった謎の球体から生まれてきたよな?」
この空間の最奥に物々しいオーラを放っていた空色の球体。
荘厳な大理石の台座の上に浮かんで存在していたそれは、今は空っぽとなって消失している。
「なにもの? うーん……わかんない!」
「わかんないって……じゃあ、お前の名前は?」
「ない! だから、ますたーがお名前つけて!」
こりゃまたとんでもない無茶振りがきたもんだ。
出会って数分の幼女に命名しろと。
だが、【MWO】でもテイムした魔物なんかに名付けする機能はあった。
その要領で、この幼女の特徴をできるだけシンプルに表現できるものは――
「そうだなぁ。――ソラ、なんてどうだ?」
「~~っ! ソラ! ソラの名前は、ソラぁ!」
空色の髪をなびかせる幼女――ソラは、自分に名付けられた名前を気に入ったように何度も呼んだ。
無邪気で可愛らしい。
だが、今は幼女の愛くるしさに浸っていられる状況でもないので、話を進める。
「それで確認なんだが。ソラはダンジョンコアじゃないのか」
「? ソラはますたーの一部だよ」
「ますたー……って俺のことだよな?」
「うん! ソラはますたーの魔力から生まれたもん!」
「俺の魔力からって……あー、そういやそんな設定あったっけな」
【MWO】におけるダンジョンとは、たしかボスモンスターの心臓部と直結している魔力伝導機構……のような位置付けだった気がする。
そのダンジョンの核となるのがダンジョンコアであり、このコアを破壊されると、ダンジョンは消滅してしまうのだ。
その際にボスモンスターも絶命するのかまでは知らないが、まあ無事では済まないんじゃないかと思う。
「……状況から察するに、このダンジョンのボスは俺、だよな? だったら、今後ソラとは一心同体のような関係性になるってことだ。おいおい、マジかよ。こんな幼女とこれからずっと一緒にいるなんて――」
「うっ、ますたー。もしかしてソラといるのが……」
「――――最っっっ高じゃねぇか!!」
「ひゃわぁ!?」
勢いよく立ち上がり、力強く拳を握りしめる。
ソラと一緒に暮らせるなんて、俺の『癒しセンサー』が激しく点灯している。
おっと、ロリコンと断ずるなかれ。
なぜなら俺は幼女が好きなのではなく、いわば理想の癒し空間の構想……我が『スローライフ計画』において、幼女の仲間が必要なだけだッ!
「へっへっへ。ダンジョン? ラスボス? 人外の化け物? ハッ、全部ひっくるめてどうでもいいわ! もうこうなった以上、俺はどんな事件やイベントに巻き込まれようと絶対にこの野望を諦めない! 俺はこのダンジョンを――最高のほのぼのスローライフ空間へと作り変えてやる!!」
自分の存在が悪魔だろうがクリーチャーだろうが、そんなものは些末事。
今世こそ必ずのんびりまったりほのぼのスローライフ生活に身を委ねる。
その野望さえ達成できれば後のことは何だっていい!
「やろうぜソラ! この殺風景なダンジョンを、二人で最高の我が家へ建て直そう!!」
「――うんっ! ソラ、ますたーといっしょにサイコーのわがやにするー!!」
ソラははしゃぎながら俺に抱きついてくる。
俺の『スローライフ計画』に賛同してくれた初めての仲間だ。
たとえ俺に何かがあったとしても、絶対にこの子だけは守り抜こうと密かに決意する。
だが、そんな決意など知るよしもないソラは、俺のお腹に埋めていた顔を上げて真下から目を合わせた。
「だったら、今からこの『だいめいきゅー』を探検しよ! それで、ますたーのヤボーをけいかくするのっ!」
ソラの言葉に、俺は僅かに引っ掛かりを覚えた。
『だいめいきゅー』……だと?