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大神殿崩壊

どうやら、勇者が身に付けている見慣れない鎧は、光の神の力を無尽蔵にため込んでいるのか、光の刃を放っても、聖剣は輝き続けた。勇者の聖剣は本来その鎧と対で、空間魔法を知らなかったから、重い鎧とは別にして、今まで聖剣だけ持ち歩いていたのだろう。
「ひ、ひえっ・・・」
俺たちを案内していた上級神官が、聖剣の威力に淫魔の酔いが冷めたのか、腰を抜かしながら逃げて行った。だが、教祖様とやらがいる部屋は、勇者の真後ろの扉の部屋のようだ。
教祖様を守る最後の砦が、勇者ということらしい。命を狙われたのに守るとは、勇者として、よほど俺を倒したいらしい。
「そこをどいて、ちょっと教祖様と話をさせてくれないか、あの伯爵家が襲われているらしいんでね。お前、知らないのか」
「魔王の言うことなど聞けるか!」
勇者は、即断った。
「おいおい、伯爵家の人々を見殺しにするのか」
「お前さえ、いなくなれば済む話だ!」
再び、聖剣を振り上げて、光の刃を飛ばす。当たれば魔王の俺でさえただでは済まないだろうが、あの女戦士の斬撃に比べたら、ぬるい。逆に神殿が、また大きく壊される。
「問答無用か、仕方ない」
俺も、魔剣と邪神様の鎧で武装する。邪神の力と光の神の力の激突が始まった。
俺の魔剣もその斬撃で突風を起こし、壁を吹っ飛ばし、光の刃も天井や床をえぐった。試しに勇者の足元をえぐって穴をつくってみたが、やっぱりというか、光の神の力か、勇者は、穴の上に浮いていた。なにがあっても、着用者の身を守る加護があるらしい。濁流に流されても、高い崖から落ちても、死なないのだろう。ということはやりすぎても死ぬことはないだろうと俺は全力を出すことにした。いくら攻撃が効かないとはいっても、目の前に落雷すれば目を閉じたりして隙ができる。つまり、どんどん魔法をぶつけて、驚かせれば、精神的に疲れてくるはずである。遠慮なしに魔法をぶっ放せるのもいい。ここは人間界である、いくら地形を変えても、魔界の迷惑にはならない。どんどん大神殿の中で遠慮なく、雷に火球に吹雪に濁流に、俺の知るあらゆる属性の攻撃魔法を放った。
俺が楽しそうにのびのびと戦っているので、吸血姫も淫魔将軍も黙って観戦していた。それに余計な手出しをしたら大怪我しそうな派手な立ち回りだった。
当然、大神殿が、どんどん崩れていくのもお構いなしである。光の神を崇める由緒
ある神殿がいくら壊れても、俺の心は痛まない。むしろ、魔界では、やりすぎるということで制限される魔力を全開にできて気持ちがよかった。
対する勇者も、俺に釣られて、光の刃を調子に乗って放ち続けた。
「やめぬか、バカ者!」
大神殿が廃墟に近くなった時、その老人の声は響いた。かなり派手な威厳ある神官服に身を包んだ老人で、その一喝には、魔王である俺でさえ静止させる迫力があった。
「教祖様・・・」
勇者が慌てて、戦いの最中だというのに、その老人に跪く。
「愚か者、神殿を守るべき者が神殿を壊してどうする!」
勇者の背後の部屋にいたが、神殿が崩壊しだしたので、慌てて出てきて勇者を止めた様だ。無理もない。俺たちの周りの壁や天井が消えて、満天の星空が見えるほど神殿を俺たちは壊していた。
「おいおい、せっかく面白く戦っていたのに、止めるなよ」
興ざめというやつだ。だが、俺は内心でニヤリと笑っていた。
「ああ、教祖様、こわかったぁぁ・・・」
と甘えるような声で、今まで勇者と俺の戦いをおとなしく観戦していた淫魔将軍がわざとらしく、その教祖様にしがみついた。
「誰だ、君は」
「何やらすごい物音が聞こえたので、様子を見に来たら、勇者と魔王が暴れてて、こわかったんですぅ・・・」
教祖様は、魔王の一味である淫魔将軍には会ったことがなかったので、その色気にあっさりと落ちた。
「うむ、儂のそばにおれば安心じゃ」
「それとお願いが」
「願い?」
「はい、うちの近くで暴れている人たちがいるのです、その人たちを、教祖様のお言葉で止めて下さると助かるんですが」
「あ、ああ、それな、うむ、分かった」
勇者は、目の前で教祖様が淫魔将軍の言いなりになるのをポカンと見つめ、俺は勝ったなと確信して魔剣と鎧を別空間に戻した。
「・・・・・・」
勇者は淫魔が男を堕とすのをはじめてみるようだ。
それに勇者の前では聖職者としていつも毅然に振舞っていたのだろう。鼻の下を伸ばす教祖様に唖然となるのも当然だ。
勇者は、もう気力切れなのか、鼻の下を伸ばす教祖様を見て、力が抜けたように座り込んだ。
「どうした? もう動けんのか?」
「もうやめだ、やめだ、これ以上続けたら、この神殿がなくなる」
「ああ、そうだな、少しやり過ぎたか?」
周りの瓦礫を見渡して苦笑し、勇者が吐き捨てる。
「やり過ぎたかじゃねえぞ、ほとんど廃墟じゃねえか。だから、やめだと言っている。この勇者の首が欲しいなら、くれてやる好きにしな」
勇者は大の字に寝転がった。殺すなら殺せということだろう。
「俺は、自分の臣民と馳走になった伯爵家を救いたかっただけだ、勇者の首なんて、美味いのか?」
「は、なにを言ってる? 勇者の首だぞ、魔王なら欲しがるものじゃないのか?」
「俺は欲しがった覚えはないし、魔王が勇者の首を取らないといけない掟なんて魔界にはない」
そして、ようやく空が白み始めるころ、遅くなった賢者たちがやってきて神殿の惨状を見て愕然とした。開口一番、賢者は勇者を叱った。どうもこの神殿には賢者の部屋があり、大切にしていた貴重な魔導書などが置いてあったらしい。
そして、淫魔将軍に骨抜きにされた教祖様が、
「魔王に、害はない。ただの物見遊山で人間界にきただけだそうだ。勇者よ、もう戦わなくてよいぞ」
と瓦礫と化した神殿で宣言した。
淫魔将軍がふと俺のそばに来て耳打ちした。
「いまなら、あの男を操ってこの国を狙えますが」
「俺が、そういう国盗りが好きなように見えるか?」
「いえ、陛下なら、堂々と真正面からの国盗りが」
「そういうことだ、とりあえず、伯爵家は救った。これで良しとしよう」
そうして、夜が完全に明ける前に、俺は目的を果たした。

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