国王暗殺
神官たちが瓦礫を片付けるのを横目で見ながら、俺は離宮に戻ることにした。
一応、淫魔将軍を教祖様のそばに残して、俺と吸血姫は歩いて離宮に向かった。夜になれば吸血姫も翼が使えて、一気に飛んでいけるが、陽光輝く昼間なので、のんびり、人間界の景色を楽しみながら歩いた。
緑豊かな土地だった。鳥が鳴き、空が鮮やかに青い。
「あの、魔王様、お聞きしてよろしいですか」
「なんだ?」
「魔王様は、お姉さまも将軍もお抱きになっていないようですが、それはなぜですか、お二人とも魔界でも指折りの美人になるかと」
「ああ、それか。魔王の後継争いってのは、兄弟同士の殺し合いになることがあるからな。俺も実の兄を殺して、こうして魔王を名乗っている。魔界で魔王を名乗るためには結構血みどろでつらい経験が必要でな、ま、その一つが、お前さんの父親の不死の王殺しさ。下手に子供なんか作ったら、子供同士で殺し合いになったり、異母同士の醜い争いに発展することが多い。いくら魔界でも、魔王だけの秘密にしたくなるような愛憎劇の歴史が刻まれる。下手にお前のお姉様と、将軍が同時に懐妊してみろ、どっちの子が次の魔王になるか張り合いだしたらと想像してみな」
「それは、確かに怖いですね」
「だろ? だからさ、正直、魔界が魔王なしで成り立つなら、俺は魔王をやめて、邪神様の教えに沿って自分の欲望のまま好き勝手に生きたいね」
吸血姫しかいないので、俺は、本音をぶちまけた。そうなのだ、邪神様の教えに従うなら、魔王に縛られる義務はない、本能の赴くままに行きたいところに行く、この人間界への物見遊山も、己の欲に従ったもので、魔王だからという理由だけではない。
「お前は、俺が、お前のお姉さまと子作りに励んで欲しいのか? それとも、お前の父が俺を倒して魔界の王になっていた方が良かったと思うか?」
「それは・・・分かりません」
「なんだ、話を振ってきたのはお前だろ」
「そうですね、申し訳ございません」
「いや、気になったから聞いたのだろ、おのれの欲求に従ったのなら、文句はない。ただ、俺自身も何が一番いいのか探りながら行動しているから、ズバッと答えられないところもあるからな、それは許せ。魔王なんて言ってもこんなものだ。幻滅したか?」
「いえ、失礼な質問をしたのはこの私で・・・」
「待て、魔王!」
俺たちの会話に割り込む様に声が聞こえた。
「なんだ、勇者か」
「教祖様が無害と言っても、私はお前を監視することに決めた。勝手に行くな」
勇者と一緒に賢者、魔導師、女戦士もついてきた。
「監視してどうするつもりだ」
「魔王様、いっそ、この勇者を妃に迎えては?」
「は?」
吸血姫の提案に俺と勇者は唖然としたが、彼女は真面目に言葉をつづけた。
「勇者の子供が、魔王を継ぐと聞けば、人間界の人々も魔界の見方が大きく変わるのでは」
「何の話ですか」
賢者が首を突っ込んでくる。
「いや、このマントのお嬢さんが、バカなことを言い出して」
「バカなこと?」
「勇者が魔王様の妃になり、その勇者の子が魔界を統治すると聞けば、人間界の人々の魔界への見方も変わるのではないかという世迷言を」
呆れるように勇者が賢者に説明する
「あ、ああ、なるほど、そうですね、それは面白い考えですね」
賢者もふむふむと吸血姫の考えに同意する。
「なんだ、お前ら結婚するか?」
「魔王の妃って、意外に大出世?」
女戦士と魔導師もからかうような反応をする。
「うるさい、ばか。誰が、魔王なんかと結婚するか!」
「あれ、でも、お前、結婚するなら自分より強い人とかいってなかったか?」
俺たちが、そんな馬鹿話をしているとき、王都の王宮では、高齢で病気で休んでいた国王の寝室に刃物を持った賊が侵入していた。王女の異母姉弟の王子が、短剣を手に思い詰めた表情をしていたのだ。
「父上、あなたが悪いんだ、魔王なんか人間界に呼び寄せて、あなたが無能で無策だから、あなたに代わって、僕がこれからこの国を良き方向に導くんだ」
実の父を殺して、この国を導くのが使命だという王子の思い込みは、実母の現王妃によって刷り込まれた思考だった。
刺される寸前、父親は目を覚ましていたが、この王子がこう育ったのは自分の不徳だと助けを呼ばず黙って刺された。