血まみれの悲槍編 13
思わぬ人物の登場に――いや、この人、前にもこういう登場したことがあったな。
バレン将軍って“突然現れる”という習性でも持ってんのかな……?
まぁいいや。そんなバレン将軍の登場に俺が口をあけてびっくりしていると、バレン将軍の魔力に気付いたアルメさんたちが新幹線のような速度で俺たちの元へと戻ってきた。
「これはこれは、バレン将軍。いかがなされたのですか?」
「いや、少し気になることがあってな。後で話そう」
2人がそんな会話をしている間にも、王子たちも一足遅れて俺たちの元に戻ってきた。
ヘルちゃんが俺に対して突き刺すような視線を送ってきたけどそれは置いといて――ここでバレン将軍が王子の前に跪いた。
「王子、勝手なことをされては困ります」
頭を下げつつも、王子の身勝手な行動に呆れたような言い方。
しかしながらバレン将軍はそれ以上ぐだぐだと説教をする感じでもなく、王子も短く「すまぬ」というだけ。
それだけか? おかしくねぇ?
バレン将軍はこの国に数人しかいない将軍級の魔族で、相手は子供のノリで戦場に混ざりこんだ馬鹿な王子だぞ?
たとえ相手が王子であってもバレン将軍ならもっと強く言えるだろうし、ここは1人の大人としても言うべきだろう。
だからせめてバレン将軍だけはしっかりと王子を叱っておこうよ。
その仔馬、国の未来を左右する大切な魔族なんだからさぁ。
「さて……この戦い、私も手伝いたく存じます。早速あちらの軍に突っ込みますか?」
しかし俺の期待をよそにバレン将軍の説教タイムは即座に終了し、跪いていたバレン将軍本人も挨拶を終えたかのようにすっと立ち上がる。
その後バレン将軍はフォルカーさんたちが今も激しい戦いを繰り広げている12万の兵を見つめながら、王子に提案した。
くっそ。
バレン将軍のあきらめ具合……やっぱマジで王子はこれぐらいの問題なら日常的に起こしているのかもな。
本当にさ。俺が言うのもなんだけど、本当に誰かちゃんとこのガキを躾けようよ。
危険がそこらじゅうに散らばっているこの世界、王子がいつもこんな感じでフラフラしているなんて、いつか本当に暗殺されんぞ。
あと、さっきドルトム君の見事な作戦構築能力を目の当たりにしたばっかりだからかな……?
無計画に敵軍に突っ込もうと提案するバレン将軍が相対的に稚拙な指揮官に見えてきた。
いや、この戦争は本来そういう戦い方でもいいんだろうけどな。
でも今回の敵の戦力は力任せじゃ危ない規模だし、何よりバーダー教官がそれに賛成しないだろう。
それはバレン将軍がこの部隊に加わったとしても同じだ。
「いえ、バレン将軍。ここは私の生徒に任せてもらいたい。今、その子の能力を見ているところなのです」
ほらな。やっぱりバーダー教官はこの戦いを利用してドルトム君の能力を測ってみたいらしい。
その意図はさっきの戦いで終わるわけでもなく、引き続きドルトム君を観察したいのだろう。
にやりと笑いながらそのことを示唆するバーダー教官の言葉に、今度はバレン将軍が不敵な笑みを浮かべた。
「ほう、貴様が言っていた“見てみたい子”とはそのことか? どの子供だ?」
「こちらのドモヴォーイ族の子供です。名はドルトム。以前訓練場でお見かけしたことがあるかと?」
そういいながら、バーダー教官はドルトム君の頭を軽く撫でる。
ドルトム君はその大きな手に怯えることもなく、バーダー教官の手が頭から離れるや否やバレン将軍に対してぺこりと頭を下げた。
対するバレン将軍も見定めるような眼でドルトム君を見返す。
「あぁ、覚えている。以前、訓練場で炎系魔法の上位技術を見せていた子だな?」
「はい。しかしこの子の価値はそこではありません。作戦参謀としてかなりよい素質を持っていましてな」
「ほう、この幼子が……?」
「えぇ」
うんうん。やっぱりドルトム君はすごかったんだ。
そうだよな。さっきの作戦、俺にとってはどれぐらい高度なのかは正確に理解できないけど、それでも幼いドルトム君の口から発せられるレベルの作戦じゃなかったことぐらいは分かる。
バレン将軍? どうだ?
ちょっと悲しい気もするけど、俺よりドルトム君の方が欲しくなってきただろう?
「でも、この子こそバレン軍に譲る気はありませんから」
その時、俺の気持ちを読んだかのように、バーダー教官もバレン将軍の隠れた悪意を感じ取り、そこに牽制を入れた。
さっきバーダー教官の父親であるラハト将軍とバレン将軍が似たような理由で喧嘩を始めたのを見たばかりだったため、俺は一瞬ひやっとしたが、バーダー教官は意外と父親よりも交渉上手で……あと意外と簡単に俺を切り捨てやがった。
「最悪タカーシだけで我慢してください」
おい! 俺を取り引きに使うな。
いや、取り引きしてるってわけじゃないけど!
バーダー教官、いきなり俺を見捨てんなよ!
あと俺たちの班を切り裂こうとするな!
軍のシステムはよくわからないんだけど、日々一緒に訓練している俺たちを前にいきなりそんなこと言うか!?
こちとらまだ子供だぞ? 将来なんてわからないけど、今は俺たちの指導者として「お前たちはいつまでも一緒だ。戦友としてお互い仲間を大切にするんだぞ」ぐらいの指導方針を持っておけよ!
「むう。その件は追々……貴様の親父ともいずれ話をつけねばなるまい」
「その時はぜひとも穏便に。せめてエールディから離れた土地で殺り合ってくだされば、私としてもその戦いを楽しめるものかと……」
あとさ。やっぱバレン将軍さっきの話を根に持ってんのな!
俺が両軍を行き来するって話で収まったじゃんよ! いい大人が諦め悪過ぎんだろ!
ちょっと誰か何とか言ってや……あっ、そうだ! アルメさんがこっち戻ってきてたんだっけ!
アルメさん!? この2人になんか言ってや……あれ? アルメさんがいな……。
「はぁはぁはぁはぁ……タカーシ様? 先程はなんとまぁ残酷な幻惑魔法を……はぁはぁはぁはぁ。
でも素晴らしかったですよ! あのにっくき人間どもが愚かな争いで死にゆく様を、それも数え切れないほどの殺戮を一瞬で!
はぁはぁはぁはぁ…… このアルメ、父上が人間たちに殺されたあの日以来、こんなにも心の癒される光景を目にしたことはありません!
あぁ、もう! タカーシ様!? あんな残酷な幻惑を用意していたのならなぜ教えてくれなかったのです!?
まったくもーぅ! タカーシ様は意地悪なんですからぁ! でも可愛いです!」
アルメさんが消えたと思っていたら、変態のように息荒く興奮している悪魔が現れた。
いや、どっちもアルメさんなんだけどさ。そう錯覚するぐらいのいやらしい声色だ。
今日は変態さんにやたらと会う気がするな。
んで、それはいいとしてさっきはガルト君に背後を取られたけど、今度はアルメさんがいつの間にか俺の後ろに回り、そんな悪魔の囁きをしやがったんだ。
しかも、アルメさん本人は今まさに血のシャワーを浴びたといわんばかりにびっしょびしょの返り血まみれで、尻尾をブランブラン振り回しながらその体をくねんくねんして俺にこすりつけてきやがるし、さらには興奮のあまり俺の首根っこを咥えて犬のおもちゃみたいにぶんぶん振り始めやがった。
ちょっと待て! 気持ち悪い! 酔うってば!
「おぇ。おぇ! だ・れ・か……助け……アルメさ……ん、やめ……やめて」
しかし、余程嬉しかったんだろうな。
アルメさんがなかなか俺を放してくれようとしないんだ。
しかも俺とアルメさんがそんな感じでじゃれ合っている間にもバーダー教官がドルトム君に作戦立案を指示、そしてドルトム君のもう1つの人格が再び姿を現した。
「ドルトム? お前の考えは?」
「うーん。ここに到着した時は、あっちのおっきな岩山とその向こうに見える低い山。それとその2つの間を繋げる丘を後続の友軍本隊用の拠点に用意しつつ、そこを守りながら戦おうと思っていたんだけど、敵の数が予想以上に多いから、拠点を守るような戦いをするよりもこちらから出ていこうと思うんだ。
バレン将軍も来たしね。
だらだら防衛戦をやっていると、その戦いに勝っても敵陣後方の残存兵が逃げやすくなっちゃうし、そういう逃亡兵が敵本隊に合流したらさらに面倒なことになりそうだからやっぱり作戦変更。
拠点予定地のことなんか考えずに、むしろみんなで攻めに出よう。
で、この小隊とあっちの先遣隊を合わせて、前線部隊、後衛部隊、そして休憩をとる部隊の3つの班に分けて、みんなで一緒に進むんだ。
前線部隊は好き放題に暴れる部隊。
後衛部隊はその前線部隊を後ろから支えつつ、不慮の出来事に対応する役目。あと、最後尾にいる休憩部隊を守る役目も受け持って。
それで休憩部隊は体力の回復を優先に行う。
見て。こんなに広い砂漠なのに、敵は衝軛(こうやく)の陣を敷いている。兵士の消耗戦をするつもりだ。
じゃあこっちはそういう部隊編成で斜線陣と鋒矢(ほうし)の陣を組み合わせて、1大隊ずつしっかりつぶしていかなきゃ。
3つの部隊に均等に戦力を分けて、戦場のど真ん中に休憩所を造りつつ、状況を細かく読み取ってそれぞれの小隊の役割を素早く交代する作戦だ。
僕がそれぞれの部隊の交代の機会を見定めるね」
待て待て待て待て!
何を言ってんのかわかんねーよ!
なになに? コーヤク? ホーシ?
ずいぶんとまぁよく喋るお子さんだこと!
さっきは冗談で言ったつもりだけど、マジでドルトムくんの中には別人格いるんじゃねーの?
あとさぁ!
ドルトム君ってここに来るまでずっと王子とねちねち言い合っていたからバーダー教官から何も聞いてないはずだよな!
だから俺がバレン軍の本陣車両で聞いた味方の拠点候補を知らないはずだ。
なのに今ドルトム君が言った場所って多分俺が本陣車両でちら見した地図の場所とおんなじ地点だよなぁ!?
なんの情報もなしに、バレン軍の幹部が予定していた拠点と同じ地点を目論みやがったってことかぁ!
それも凄過ぎるだろ!
「おぇ……げぇぇ……アル、アルメさん……ほ、本当にやめて……そろそろ吐き……吐く……」
「もう! このこのこのこのっ! タカーシ様ったら! 凄いんだから! 可愛いんだから! 食べちゃいたいぐらい可愛いですぅ!」
でも戦いの興奮と、よくわからないけど俺のおかげで心の奥に眠っていた闇が少しだけ晴れたっぽいアルメさんのテンションがぶっ壊れたままなので、俺はドルトム君たちの会話に入ることができない。
魔力による伝達機能でかろうじて脳にドルトム君の言葉をインプットできるけど、そっから先、難しいドルトム君の専門用語を理解、または質問を割り込ませるかどうかを吟味することができなくなっていた。
というかそろそろ本当に吐きそうだ。
ヘルちゃんが“ざまぁみろ”みたいな視線と小さな笑みでこっちをちらりと見たのでそれもどうにかしたかったけど、やはりそんな俺とアルメさんをおいてけぼりにするように、ドルトム君の瞳がさらに鋭く光った。
「1、2、3……7……敵は7つの大隊編成だね。12万の兵を7つに分けるとすると……ヘルちゃん? 1大隊あたりどれぐらい?」
「1万7140弱ですわ」
「そう、じゃああれだね。12万と戦うというよりは、1万7千の軍と7連戦をするという気持ちでいけばいいと思う。よしそれでいこう。
きょ……教官? こ、これでい……いい?」
バレン将軍ではなく、ここで教官に許可を仰ぐのがドルトム君の幼さ。
バレン将軍が登場したことで、この部隊の最高決定権がバレン将軍に変わったことが分からないんだ。
そこら辺の立場の事情は逆に俺でも理解できるけど、そもそもさっきまでのドルトム君の発言内容はやっぱり俺には理解できねぇし、幼くもねぇ。もちろん可愛くもねぇ。
最後の最後にいつものドルトム君に戻ってくれたけど、やっぱりそれじゃ俺の畏怖の念はぬぐえないし、それどころかぺらぺらと作戦を練り上げるドルトム君の知能が怖いぐらいだ。
「善く戦う者は勝ち易きに勝つ者なり。ということか?
よかろう。バレン将軍もこれでいいですな?」
「ふっふっふ。面白い子ではないか」
しかしドルトム君の問いにバーダー教官が納得したように答え、ついでにアルメさんのスイングが収まってきたので、俺が必死に首を捻ってバレン将軍の顔を見てみると、テーブルの上に運ばれた美味しい食べ物を見つめるような眼でドルトム君を見てやがる。
うーん。まぁいいや。俺だって一応大人だ。
友人の才能が上司に認められたからといって、それに嫉妬するようなガキじゃない。
じゃあ……作戦も決まったし、アルメさんも気が済んだようだし。
そろそろあっちの戦いに参戦かな?
「おぇ……おえぇ……」
再出撃の雰囲気が俺たちの周りに広がり、それを察知したアルメさんが俺を解放してくれたので、俺は地面に膝をつき小さな声で唸る。
作戦については後でドルトム君から個別に教えてもらうとして、俺が胃の反逆に必死に抵抗していると、バーダー教官が再度おぞましい魔力を放ちながら、小さな声でバレン将軍に話しかけた。
「ところで出撃の前に1つお聞きしたいことが。バレン将軍はなぜここに?」
「なに。ちょっと気になることがあってな」
ん? そういえば、なんでバレン将軍がここに来たんだろうな。
気になることって何だ?
「それははるか後方、森の中からこちらを観察しているあなたの“闇羽(やみばね)”たちと関係が?」
「あぁ。バーダー? このドモヴォーイ族の子供。エールディに住んでいる“交渉役”の子だろう?」
「えぇ、エールディに残っているドモヴォーイ族上層部との交渉役の夫婦の子供です」
「ほう。ではやはりあの忌みなる一族の末裔が、しかも交渉役の家系の子が王子と行動をともにしているということか?」
「はい。しかし勘違いはなさらぬように。この子はまだ子供ですし、両親も含めて不穏な動きなど見せておりません。
むしろこの子こそ将来はドモヴォーイの里のやつらとのよき交渉役になってくれるかと。
なるほど。ではそのために?」
「??」
今度は俺の他にもフライブ君やヘルちゃんたちが揃って不思議そうな顔をしたが、2人の会話を聞き、ドルトム君は何かを決意しているかのような目つきでこくりとうなづく。
「あぁ。まさかこんな光景を目にする日がこようとはな。うっすらと予想はできるが、誰だ? 王子とこの子を仲介したのは?」
「それは……もう……」
ここでバーダー教官がちらりと俺を見る。
その視線の動きを察知したバレン将軍が面倒そうに頭を抱えた。
「あぁ。やっぱり……」
おい、バレン将軍! やっぱりってなんだよ!
あとその態度なんだよ!
俺がしたこと、そんなにヤバいの? ねぇ、ヤバいの!?
謝るからちゃんと教えて! ほんとマジで!
バレン将軍までそんな反応されると俺戦うどころの心境じゃ……。
「さて、作戦も決まったようじゃし、そろそろあちらと合流しようぞ」
しかし、意図的か偶然かはわからないけどここで王子が会話を切るようにみんなを促し、俺たちは12万の大軍に向けて走り出すことになった。
んで、その後は早かったわ。
いや、早かったというか、特にこれといった事件も起こらず戦いが進められたから、次の日の夜明けまで続いた戦いが短く感じられただけかもしれないな。
けどバレン将軍、フォルカー隊長、バーダー教官、アルメさん。あといろんな種族から派遣されたエース級の魔族たちによる戦い。
これだけのメンバーがそろえば、こちらが負けるわけがないんだ。
俺たち子供班は3つの隊の指揮をとるドルトム君を護衛する役目になったけど、フライブ君、妖精コンビ、そして王子がドルトム君の周りを固めつつも適度に暴れながらみんな揃って各部隊を行き来し、俺も相手が死なない程度に戦った。
「はぁはぁ……ド、ドルトム君? これで終わり……かな?」
「うん。そ、そだね……。意外とな……長かったけど、いろい、いろいろと敵の情報も得られ、たし……きょ、教官?」
「むう。任務完了だ。お前たち、よく頑張ったな」
東の空が明るくなり始めたところで、とてつもない数の死体の海に立つ魔族が二十数体。
こちら側も戦闘不能になるぐらいの負傷者が数名出たけど、俺を含め子供たちには重傷者なし。
これは大人たちが気を使ってくれたこともある。
なにはともあれ12万の敵を相手に戦死者ゼロという奇跡的な戦果とともに――あと、いろいろとすっきりしないこともあったけど、これで俺の初陣は終わった。