血まみれの悲槍編 12
やっちまったぁ!
おいっ! どうしよ!
そんなつもりじゃなかったんだって!
「うーむ。まさかこんなことをするとは……タカーシ? さすがにやりすぎだぞ?」
責めるようなバーダー教官の言葉を聞きながら、俺は頭をかきむしった。
周りには真新しい屍が絨毯のように広がり、それらの体から流れる血の匂いも吐き気を催すほど強く漂っている。
俺の眼前を埋め尽くさんとばかりに並んでいた敵の重装歩兵部隊が、綺麗さっぱりと壊滅してしまっていた。
「ごごご、ごめんなさい! だって! だって加減が分からなかったから!」
ところどころに死体が焼けるときの炎と煙が立ち上り、これらはドルトム君の炎系魔法によるものだ。
同じくバーダー教官の剛腕によって鎧ごと切り裂かれた死体が数体、俺からちょっと離れた所に散らばっているが、それもほんの数体だけ。
それ以外は――あぁ、そうだよ。
これやったのは俺だよ。
ほんの数分前のことだ。
俺はバーダー教官とドルトム君の後ろに隠れるようにしながら歩き、他のメンバーとすでに激しい戦いを始めていた敵陣へと近付いた。
お互いの距離がおよそ200メートルぐらいになったところで、敵陣の後ろから遠距離攻撃魔法や矢の攻撃が俺たちを襲ってきた。
でもこれはもちろん想定内だ。
アルメさんたちが揃って敵陣の中に入っちまったんだから、こういう遠距離攻撃のターゲットが俺たちへと変更されるのは当然だろう。
アルメさんたちやヘルちゃんたちを狙ったら、その周りにいる味方まで攻撃することになっちまうからな。
んで俺はバーダー教官の背後にこそこそ隠れながらそれらの攻撃をやり過ごし、でもちょっと怖かったから体を守る魔力も多めに放出していたんだ。
バーダー教官は襲い来る攻撃の嵐を心地よさそうに受けていたし、ドルトム君も強めの魔力でしっかりと防いでいた。
それでいざ敵前線との戦闘に突入したかというところで事件は起きた。
俺の目の前にそびえる大きな背中が躍動し、そのさらに向こう側から悲鳴や血しぶきが広がり始める。
これはもちろんバーダー教官による虐殺パーティーの開催で、他方ドルトム君も両手から様々な種類の炎系魔法を発射し、敵の体は鎧ごと赤い炎に包まれた。
とここまでは順調な滑り出しだったんだけど、やっぱ俺はそういう風に慣れた感じで戦いに紛れ込むなんて出来なかったんだ。
そもそも新たな幻の内容を考えている途中だったからな。
うーん。
さっき考えていた通り、ドルトム君の火炎魔法はダメ。じゃあどうするか……
人間の……人間によく効きそうな内容の幻。
なんだろな。
人間……そう、人間の……特徴……習性……。
……
“裏切り”……かな……?
なんでそう思ったのかはわからんけど、人間に対して真っ先にそんなイメージが浮かんでしまったのは自分でも結構意外だったわ。
で、以前バレン将軍からこの戦いの裏の意味を聞いていたから、そんなこと考えてしまったんだろう。
口減らしのために派兵されたこの人間たち。南の国の上層部の身勝手な事情によってここに来たこの人間たちはある意味自国の政治家たちから裏切られているとも考えられる。
つーかついでにふと思ったんだけど、俺が人間を殺せない理由の1つにこの点も結構なウェイトを占めているような気がしてきたな。
ちょっと前までただの人間だった俺。ただでさえ人間を殺すことに拒否反応を示してきた俺だけど、その相手がこんな騙されるような形で戦場に来た人間ともなると、やっぱり殺すのは可哀そうだ。
なんてことを考えていたら、この気持ちがさらなる悲劇を生むことになってしまったんだ。
人間に対して、俺自ら手を下すのは嫌。
でもそれなりに頑張らないと、この作戦を考えたドルトム君をはじめとする味方全員に迷惑をかけてしまう。
じゃあさ。人間同士で殺し合ってくれればよくね?
手っ取り早く同志討ちをしてもらうために、敵兵にとって“自分以外の人間全員が魔族に見える”という条件で幻惑魔法を発動しちゃえばいいんじゃね、と。
後は簡単だ。
目に魔力を集中し、頭の中で幻惑魔法の内容を考える。
それが終わったら少しジャンプして目の前に広がる人間たちの群れを見渡し、相手の脳に俺の想像を送るだけだ。
「うわぁーー!」
「なぜだ? なぜ化け物どもが突然こんなに!?」
「やめろ―! 来るなぁッ!」
人間たちが俺の幻惑魔法にかかり、周囲の味方に対して武器を振り回す。
ほんの数秒後には数千の人間同士が殺し合う悲惨な光景が広がり、それは数人の勝者に絞られるまで勝ち抜き戦のように続いた。
しかもその乱戦に生き残った強い人間たちもすぐに王子や妖精コンビの餌食となり、つーか俺の幻惑魔法にかかった敵兵は敵陣前方の重装歩兵の他に、その背後に陣を構える軽装歩兵。軽装歩兵の両脇に並ぶ騎獣兵。果ては最後尾にいる遠距離攻撃部隊の半分ぐらいまでに及んでしまった。
その結果がこの状況だ。
まだところどころからうめき声とか聞こえてくるけど、8000の軍がほぼ壊滅。
俺の幻惑魔法の有効範囲外にいた生き残りの兵の大半が退却を始め、しかしながらその頃には目的を達成していたアルメさんとフライブ君が即座に逃亡兵の掃討行為へと移行していた。
一方でヘルちゃんたちは200メートルぐらい離れた所から不満げに俺を睨み、その後ちんたらした足取りで敵軍右翼側に移動し始める。
俺のせいで彼女たちのターゲットが全員死傷したので、俺に手柄を横取りされたと思っているのだろう。
3人は20メートルほどの高さの砂丘の上まで移動し、そこで王子とガルト君が地べたに座る。
ヘルちゃんは敵遠距離攻撃部隊の生き残りのうち、今だ戦意を失わずにいる少数の部隊に向けて気だるそうに攻撃魔法を放っていた。
「み、みんなやる気無くしちゃったね……」
「はぁはぁ……ご、ごめん。僕も……やばいって思ったから幻惑魔法を解除しようとしたんだけど……その方法が分からなくて……」
「ん? タカ、タカーシ君……? だいじょ……大丈夫?」
「うん。魔力を使いすぎちゃったかも……もう少し残ってるけどね……はぁはぁ、げほっ!」
さすがのヴァンパイアもこんな大掛かりな幻惑魔法を使ってしまうと、魔力と体力に多大な影響が出てしまうな。
いや、ビビっていた俺が魔力を必要以上に浪費してしまったせいなんだけどさ。
はぁはぁ……息苦しい……けど、それ以上に日光が痛い。
これはちょっとヤバいかも。人間の奴隷たちから頂いた血を飲んでおかなきゃ。
俺の身を案じてみんなが集めてくれた血液。
本当はこれを飲むつもりなんてなかったんだけど、いきなり戦場で戦わされたんだ。
状況が状況だっただけに、ここは早速奴隷たちの好意に甘えておこう。
「ん? それ……な、何?」
「これ? これは僕の家の人間さんたちの血だよ。
魔力が減ったからかな。日光がやたらと痛くなってきたし、飲んでおかないと」
「そ、そだね。ヴァンパイアはおひ、お日様がに……苦手だからね……。
でも……それだったら、まわ、周りにいっぱ……い人間がいるよ?
ど、どうせ死ぬんだ……し、この人たちの……血を飲め、飲めば?」
そいつらの血を吸いたくねぇんだよ。
こんな大虐殺をしておいて変な話なんだけど、その点は俺が元人間であるという唯一のこだわり、そして誇りなんだ。
まぁ、今後の状況によっては死体から血を吸わなきゃいけないこともあるだろうけどそれはいざというときの手段だとして、今のところそれはしたくねぇんだよ。
「いや、これは人間さんたちが僕のために集めてくれたものだから。その気持ちを無駄にはしたくないじゃん?」
「ふーん」
適当に考えた俺の言い訳に対しドルトム君が少し納得していない感じだけど、俺はそんなドルトム君の態度をスルーし、小瓶のキャップを開ける。
この頃になると呼吸もいくらか楽になってって来たので、俺は「ふーう」と深呼吸し、小瓶を口に近づけた。
ごくごくごくごく……。
うーん。不味いな。
この血液、時間の経過と砂漠の気候によって固まらないようにと、四本腕使用人のバイエルさんが血液凝固阻害剤のようなものを入れてくれたんだ。
その薬のせいなのか、または新鮮さを失った血は基本こういう味になってしまうのかは分からないけど、とりあえず不味い。
「お、おいしい?」
「え? あ、うん」
血液を補充する俺をドルトム君が物珍しそうに見つめ、ついでに質問してきたので、俺は嘘をつくことにした。
さて、アルメさんたちは敵の追撃を終えたようだし、ヘルちゃんたちも敵をすべて倒したようだ。
ここでひとまず休憩し、あっちにいる12万の大軍と戦う作戦をドルトム君に考えてもらわなくっちゃ。
でもあれだな。
人間の奴隷たちからもらった血を飲み干したのに、魔力はちょっと増えただけで、全快まではほど遠いんだけど。
量が少なすぎたか? それとも魔力量が多いとされる俺の体は他のヴァンパイア以上に多量の血液を飲まないといけないのか?
おかげさまで日光による皮膚のヒリヒリ感は和らいだけど、これ、この後の戦いも考慮するとちょっとヤバくね?
いや。これ、絶対魔力が足りなくなるよな。
そう思ったら、なんか周りの死体がおいしそうに見えてきたぞ。
あと、さっき嫌な印象を抱いていたはずの血の匂いが食欲をそそる素敵な匂いに思えてきた。
ヤバい。中途半端に血を飲んだから、ヴァンパイアの本能が活発に……す、吸うか? いや、我慢……でき……ない……。
と俺がにわかに襲い来るヴァンパイアの吸血衝動と戦っていると、突如目の前が暗くなり、生温かくてぐにゃぐにゃした感触の物体が俺の顔面を覆った。
「そんなこと言わずに。
あの世に旅立った人間の戦士たちの勇敢な戦いっぷりに称賛と敬意を表すという意味で、ここはしっかり人間たちの血を飲んであげてください。
それともそれもお断りするつもりですか? 人間たちにあんな残酷な死に様を強制しといて?
あの人間たちには家族もいたでしょう。強い戦士になって、我々魔族を滅ぼすという夢を抱いていた者もいるでしょう。
タカーシ様はそんな人間どもにあのような醜態をさらさせたのですよ?
戦場で味方同士の殺し合い。私めが人間でございましたら、死んでも死にきれません!」
くっそ! ガルト君だ!
ついさっきまで数百メートル離れたところで、ヘルちゃんと敵遠距離攻撃部隊の魔法攻撃合戦を観戦していたはずなのに、その戦いが終わるや否やいつの間にか俺の背後にまわり、しかもそこらへんに落ちていたであろう人間の死体から頭部を切り取って、俺の顔に首の断面を押し付けてるぅ!
「げほっ! ちょ……やめ……」
「いいえ! やめません! タカーシ様のせいで我々の活躍の場がなくなったのですからね!
これはヘルタ様のご命令でもあります! “なんかむかつくからタカーシに嫌がらせしてきなさいな”というヘルタ様の厳命です!
ですからやめません!
それにタカーシ様? 明らかに魔力が弱っております!
さぁ、この生き血を存分にすすりなさいませ! このままだと魔力が尽きて火傷で死にますよ!
子供のような我がままを言わずに! さぁさぁ!」
俺は子供だ! いや、子供じゃない!
――じゃなくて、子供の我がままってわけじゃねぇんだよ!
俺のこだわり――いや、それもこの際どうでもよくて、わかったから! わかったから生首押し付けんなって!
気持ち悪すぎるわ!
ぺろぺろ……ごくごく……
くっそ。誘惑に負けちまった。
あぁ、でもすっげぇ美味い。
ちくしょう。やっぱ俺はヴァンパイア。
それは否定のしようがない事実なのか。
「くっくっく。やはり美味しいですか?
そうでしょうね。人間の血はヴァンパイア様にとってこの上ない美味。逆らえないでしょう?」
あとさ。この殺し屋野郎、俺が人間の体から直接血を吸うのを嫌がっているということに気付いているよな。
それを知っているのはバレン将軍とヨール家の一部の魔族だけなのに。
いつ気付いた? 妖精コンビと一緒に地下の部屋に行った時か?
いや、あの時の俺はそんなことを匂わす発言はしていないはず。
したような気もするけど。
いかんせんあの日以来、この妖精コンビも事あるごとに俺んちに来ていたし、人間に対する俺の接し方で気付いていたという可能性も大いにあり得る。
このクソガキコンビ、勘もいいからな。
「わかりましたか? これがヴァンパイアの本能。それをちゃんと心に覚えておいてください。
人間たちと戯れるのもいいですが、戦場ではそんな甘えたことを言っていられないのですよ」
しかもだ。このクッソガキ! 俺に対してめっちゃ正論なこと言ってきやがった!
わ、わかってるわ! わかってるから、そういう心にぐさりと来るような説教すんなよ!
こっちだっていろいろあるんじゃッ!
「ごくごく……う、うん」
くっそ。こんなガキに好き放題言われて泣きそうだわ。
でも……いや、だからといってガルト君の忠告は無視できるもんでもないけどさ。
……
まぁいいや。
おかげで魔力は全快だ。
さぁ、次はあっちでフォルカーさんたちが戦っている12万の敵。
ドルトム君? 次はどうする?
「バ、バーダーきょ……教官?」
「ん?」
「次の……さ、作戦なんだけど……」
「うむ。お前が決めていいぞ、ドルトム」
「そ、そう。でも、ちょっと作戦を変更しようと思うんだ。
タカーシ君が大量殺戮戦力としてかなり使い勝手がいいってわかったから、ね?」
言い方な! ドルトム君!? 言い方気をつけてな!
「よし。じゃあとりあえずアルメ殿たちのところに行くぞ。
タカーシ? ガルト? 用意はいいか?」
「もちろんにございます!」
「あっ……はい……」
休む間もなく俺たちは次の戦いへ。
その苛酷なスケジュールにぐったりしながらもかろうじて返事を返すと、ここで思わぬ気配が俺の背後に突如現れた。
「これぞ戦! 皆、存分に戦っているか!」
今度はバレン将軍だ。
若干機嫌よさそうだけど、なんであんたがここにいるの?
もうさ。いろいろありすぎて、俺、家に帰りたくなってきたんだけど……。