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一冊の本

 メルさんが全ての竜に死ぬことを強要した日から、三日目の朝。
 ドラグロア王国から竜はいなくなり、残っているのはメルさんと僕、それにコンラートさんとエルザさんの四人だけになった。

「邪魔者が全ていなくなって、快適になりましたね」
「あ、あはは……」

 お城のバルコニーで朝日を浴び笑顔を見せるメルさんに、僕は苦笑いを浮かべる。
 別にメルさんを見捨てた竜なんか、いなくなってむしろ清々するけど、それでも、これから王国はどうするのかな……。

「ギルくん、今日は何をしますか? どこかお出かけをしてもいいですし、一日中ベッドで惰眠を貪るというのも悪くないと思いますが」
「そうですね……」

 昨日は二人で街を散策したんだけど、色々と珍しい建物なんかがあったりして楽しかった。
 ……まだ居残っていた一部の竜が、僕達を見るなり怯えながら逃げて行った時は、何ともいえない気分になったけど。

 でも。

「そのー……今日は一日読書をしてもいいですか?」
「読書、ですか?」
「はい」

 実は昨日、お城の中で書庫を発見したんだ。
 軽く手に取ってみたけど、記されている文字はこれまで見たことのないもので、一から解読しないといけないから大変そうだけど、すごく興味が惹かれた。

 何より。

「この国の本を読めば、竜のことが……メルさんのことがもっともっと分かるようになると思いますし、文字を覚えたらお手紙を交換したりすることもできます。それに、メルさんを今よりも支えることだって」

 僕はまだ子供だしできないこともたくさんあるから、全然役に立たないことを理解している。
 乳母のポルケ夫人や使用人達が僕のことを|役立たず《・・・・》と呼んでいたけど、本当は正しい。

 もちろん『|役立たず《・・・・》じゃない』とメルさんが言ってくれて、僕もそうだって思えるようになったけど、それでも、できることとできないことがあるから。

 だからこそ、僕は色々なことができるようになりたい。
 少しでもいいから、大好きなメルさんのために頑張りたいんだ……って!?

「わわわわわ!?」
「もう! もう! ギルくんは反則です! 可愛すぎます!」

 感極まったメルさんに、思いきり抱き締められてしまった。
 もちろんすっごく嬉しいけど、いつもいきなりだから、ちょっと驚いちゃうよ。

「そういうことでしたら、早速書庫へまいりましょう! ふふ、この私が、手取り足取りギルくんに教えてあげますね」
「えへへ、よろしくお願いします」

 ということで、僕とメルさんは書庫へやって来たんだけど。

「うわあああ……!」

 改めて見ると、本がたくさんあって目移りしちゃう。
 ただ、文字が読めないからどれがどんな本なのか、背表紙のタイトルを見てもよく分からないや。

「こちらの棚にあるものが、王国の歴史や天候などを記録したもの。あちらが叙事詩や物語をまとめたもの、そしてこちらが……」

 メルさんが棚を指差しながら、僕に説明してくれた。
 きっと僕が分からなくて迷っていることに、すぐに気づいてくれたんだ。

 本当に、メルさんはすごく優しい……って。

「メルさん、あの背表紙に魔法陣が描かれている本は何ですか?」
「ああ、あれは|竜魔法《・・・》をまとめた本ですね」
「|竜魔法《・・・》?」
「ええ」

 メルさんの説明によると、竜は巨大な牙や鋭い爪、それにブレスのほかにも、固有の魔法を持っているらしい。

「私ですと主に闇属性の魔法が中心ですが、結構強力なんですよ? 少なくとも、ニンゲンの魔法なんかとは比べ物に……あ、もちろん、ギルくんの回復魔法は別格ですからね!」

 自慢げに語っていたメルさんだったけど、人間と比較したところで慌てて補足した。
 あはは、そんなに気を遣わなくたって、メルさんがそんなつもりで言ったわけじゃないことくらい分かってるのに。

「本当に、メルさんは優しいな」
「ふふ、ありがとうございます。でも、ギルくんだけですからね」
「はい! それも含めて、とっても嬉しいです!」
「ギルくん……ああもう駄目です。ここにある本を説明しないといけないのに、今すぐ部屋にお持ち帰りして思いっきり愛でたい……」

 どこか顔を上気させ、息が荒くなるメルさん。
 ちょ、ちょっとだけ恐い。

「はっ!? ……こほん。そういうわけで、ここにある本に記されている魔法をギルくんが使うことはできないかもしれませんが、きっと何かの参考にはなるかもしれません。それに、ひょっとしたら君の回復魔法についても何か分かるかもです」

 僕の様子を見て我に返ったメルさんが、咳払いをしてからそう告げた。
 メルさん達曰く、ちっぽけだと思っていた僕の回復魔法は特殊らしいから、これを機に調べておいたほうがいいかもしれない。

 クラウスを倒したとはいえ、多くの竜がこの国から脱出して、今後メルさんの命を狙う者が現れないとも限らない。
 それに、死ぬ間際にクラウスがメルさんに語ったという、『女神』の存在と『愛し子』と呼ばれる者達。

 これからのことを考えたら、できることは全部やっておかないと。

「メルさん。この本のこと、たくさん教えてくださいね」
「もちろんです。一緒に勉強しましょう」

 竜魔法の本を抱え、僕はメルさんと手を繋いで部屋に戻った。

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