女神と愛し子 ※???視点
■???視点
「あらあら、負けちゃいましたか」
部下の報告を受け、豪奢な椅子に腰かける妖艶な雰囲気を醸し出す金色の髪に同じく金色の瞳を持つ彼女は、眉根を寄せて肩を落とす。
だが、それも仕方ない。何せこの世界において、最も存在してはならない者が生き残ってしまったのだから。
「やっぱり竜は竜。低能なトカゲにすぎませんでしたね」
「…………………………」
彼女の言葉に、|跪《ひざまず》く部下は無言で頷く。
竜族はなまじ優れた頭脳と肉体、それに魔力を持っているが故に、|傲慢《ごうまん》で、尊大で、自分達と違う存在を|蔑《さげす》み、決して受け入れようとしない。
竜とはこの世界に存在してはならない、忌むべき存在なのだ。
「百年前に出会った時は、少しはましかと思ったんですが」
およそ百年前、あの白い竜は彼女との出会いを果たした。
白い竜は全ての竜族の頂点に立つ黒い竜に憎悪し、倒す術を求め世界中を旅していた。その時、この地を訪れたのだ。
実際、あの男は他の竜とは違い、竜の住まう国……ドラグロア王国において古くから伝えられている掟に常々疑問を持ちつつも、己の野心のためにそれを利用しようと考えた。
そういった狡猾さと、竜に似つかわしくない|搦《から》め手を好む陰湿な性格を、彼女は気に入ったのだ。
そうして彼女は、白い竜に黒い竜を倒すための|術《すべ》を与えた。
かつて神を|屠《ほふ》ったとされる猛毒『カンタレラ』。
神が使ったとされる弓『シェキナー』。
天界を襲ったとされる覆滅の光『メギド』。
多くの神を閉じ込め、死に至らしめた箱『アルク』。
これらはいずれも、本来なら竜が持つなどおこがましいにも程がある代物ばかり。
それでも彼女は、白い竜にこれを託すほかなかった。
何故ならあの黒い竜は、これらを用いなければならないほど、強大な力を持っているのだから。
「本当に、どうしてあんな黒トカゲにそんな力が与えられてしまったのかしら。それこそ|神の摂理《・・・・》に反していると思いませんか?」
「…………………………」
女性に同意を求められるも、部下はただ押し黙る。
彼女の言うとおり、どうして黒い竜にそれほどまでに強大な力が与えられたのか、神と呼ばれる存在ですら知る由もない。
ただ。
「これじゃ|計画《・・》が台無しです。国王とその妻を殺害したところまではよかったですが、肝心の|あの女《・・・》が生きていては意味がないんですよ」
|あの女《・・・》だけは、きちんと始末するべきだった。
そうしなければ。
「私の可愛い可愛い、大切な|愛し子《・・・》たちが傷ついちゃうかもしれないじゃないですか」
金色の瞳の女性は、この世界の運命を|捻《ね》じ曲げ、誰よりも愛すべき|愛し子《・・・》たちを創った。
この世界で為すべき役割を与えるために。
「はあ……悲しい、悲しいですね……。私の|愛し子《・・・》たちが|あの女《・・・》と出会ってしまったら、きっと食べられてしまいますわ。そう、こんなふうに」
そう言うと、椅子の傍にあるテーブルに載っていたお菓子を一つまみし、桜色のなまめかしい唇でついばみ、口に含む。
その仕草は、この場に人間の男がいたならば、間違いなく心を奪われ、虜になってしまっただろう。
それほどこの女性は|蠱惑《こわく》的であり、危険な香りを|醸《かも》していた。
「そ・れ・よ・り・も」
どこかふざけた様子から、女性は表情を一変させる。
金色の髪を逆立て射殺すような視線を所構わず向けるその姿は、まるで神話に登場する怪物を想起させた。
「どうして私の可愛い可愛い|愛し子《・・・》が、黒い竜の|傍《そば》にいるのですか!」
女性は勢いよく立ち上がり、それまで座っていた椅子のひじ掛けを握りしめると。思いきり放り投げた。
椅子は壁に激突し、粉々に砕け散る。
「あああああ! 腹立たしい! いらいらいらいらする! |私だけの《・・・・》|愛し子《・・・》に、汚らわしい身の分際でべたべたべたべたと触れて!」
「…………………………」
「それもこれも、あの掃き溜めのゴミに過ぎないニンゲンが、私の断りもなく勝手に森なんかに捨てるからよ! せっかくあんなにも手塩にかけて、少しずつ|壊しながら《・・・・・》育てていったのに!」
そう……この女性は、小さな小さな男の子に|試練《・・》という名の愛情を与え続けた。
誰からも愛されず、身も心も傷つけられ、無為に日々を過ごすように。
父親に愛されているのだと|勘違い《・・・》させ、真実を見せて絶望させるために。
男の子に対し、この女性はどうしてそんなことをしたのか。
全ては自分だけを従順に、盲目的に愛するようにし、その能力を開花させるため。
そして男の子は花を咲かせた。
ただ一人の女性に愛され、救われ、必要とされたことによって。
ただし……その相手がこの女性ではなく、黒い竜の女だっただけ。
「ああああああああ! ニンゲンなんて滅んでしまえ! 全員ぐちゃぐちゃになって、魔物に食われて、海に溺れて、雷に打たれて、谷底に落ちて、溶岩で燃え尽きて、この世の全てに絶望して死ねばいいッッッ!」
誰よりも愛し、誰よりも大切に育ててきた|愛し子《・・・》が奪われたのだから、女性の怒りは計り知れない。
このままでは、世界の全てを破壊してしまいかねないほどに。
「心配には及びませんよ、|お母様《・・・》。|僕《・》を含め、まだ六人もいるのですから」
「……えへ、そうでしたね。ちょっと恥ずかしいところを見せちゃいました」
綺麗な金色の髪を掻きむしる女性……|お母様《・・・》の手を取り抱き寄せると、僕は耳元で優しく諭す。
お母様は僕達のことを愛し過ぎて、僕達|愛し子《・・・》のことになると冷静でいられなくなるから仕方ないんだけど。
「とにかく、あなたは引き続き私の可愛い|愛し子《・・・》の見守りと、引き続きあの女の監視をお願いしますね」
「…………………………」
|跪《ひざまず》く部下は、無言のままこの場から立ち去る。
相変わらず陰湿な感じだけど、優秀だし綺麗だから本当は|おもちゃ《・・・・》に欲しいんだよね。
だけど|お母様《・・・》のお気に入りの部下だし、しょうがないから我慢するけど。
「うふふ♪ あなたは私だけを愛してくださいね? 可愛い可愛い、私の“ジークフリート”」
「もちろんです、|お母様《・・・》」
優しく頭を撫でてくれる|お母様《・・・》の胸に思いきり顔をうずめ、僕は存分に甘えた。