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壊れた姫様 ※コンラート=ガルグイユ視点

■コンラート=ガルグイユ視点

「ふう……やれやれ……」

 姫様とギル坊が謁見の間から出て行ったのを見届け、わしは深く息を吐いた。
 ギル坊のおかげで、ひとまず王国の竜は生き永らえることができる。

 その代わり、竜達は王国を追われることになったが。

「三日以内に我々に死ねだと!? ふざけるな!」
「あの小娘、なんの権利があってこのようなことを!」

 長老衆が騒ぎ立て、姫様への怒りを|露《あら》わにする。
 まったく……気に入らんのなら、どうしてそれを姫様に言わぬのだ。

 ……まあ、言った途端にその場で殺されたであろうがな。

「コ、コンラート殿、メルセデス陛下に執り成していただくわけにはまいらぬでしょうか……?」
「このままでは、我等は死ぬしかありませぬ……」

 文官達がこちらへと押しかけ、悲壮な表情で訴える。
 じゃが、どうすることもできぬ。わしはただ、静かにかぶりを振った。

「そ、そうじゃ! 貴様等はよいわ! 早々に陛下に取り入り、その地位と命を約束されたんじゃからな!」
「貴様もこの国の近衛兵長ならば、国民を守るべきじゃろう!」

 長老衆がここぞとばかりにわしを責め立てた。
 先々代の王から仕え、こうして他者を顧みずに自分の保身に走る姿には、虫唾が走る。

「知らぬ! クラウス=ドラッヘ=リンドヴルムが『王選』に勝利して早々あの者に忠誠を誓い、前王妃の苦しみ死ぬ様をただ眺め、そればかりか姫様が……メルセデス陛下が危機に|瀕《ひん》しても、素知らぬ顔で傍観しておったのはどこのどいつじゃ!」
「「「「「っ!?」」」」」

 わしが一喝すると、長老衆や文官達は慄き|後退《あとずさ》る。
 いくら『王選』に勝利した者に従うという掟があったからとはいえ、見捨てたのは他ならぬ竜達。この馬鹿どもは、今さら何を言っておるのか。

 姫様が与えてくださった|温情《・・》を……ギル坊が尽力して手に入れた生き残る機会に感謝し、早々にこの国から立ち去ることが、この者達にできるただ一つの忠節じゃというのに。

「コンラート様。これ以上この者達と話をしても無駄です。……所詮この者達は、長いものに巻かれ、自分にとって不都合となる者や自分達に迎合しない者を排除することが大好きな屑ですから」

 隣に来たエルザが、竜達に冷たい視線を向けて言い放つ。
 ……そうじゃった。この者もまた、王国で理不尽な目に遭い続けておったのじゃ。むしろ姫様の温情に不満を感じておってもおかしくはない。

「ふう……そうじゃな。この者達が自ら命を絶とうが、姫様に直々に殺されようが、わしは知らん。これからの三日間、わしもクラウス達との戦いで疲れた老骨を癒すとしようかの」
「おかしなことをおっしゃいます。そのお身体は全て、ギルベルト様が癒やしてくださったというのに」
「ほ、一本取られたわい」

 エルザと軽口を叩き合いながら、わしらもまた謁見の間を出る。
 ここまで言ったんじゃ。いくら馬鹿な彼奴等でも気づいたじゃろう。

 ――生き延びるためには、この三日間のうちに王国から逃げ出すしかないのじゃと。

 ◇

「姫様、ギル坊はよろしいのですかな?」

 深夜、ベランダで一人夜空を眺める姫様に声をかける。
 風が心地よく、姫様は静かになびく艶やかな黒髪を耳にかけた。

「ふふ。ギルくんったら、たくさんはしゃいで疲れてしまって、すぐに眠っちゃいました」
「はっは、でしょうな」

 姫様のおっしゃるとおり、夕食時のギル坊の喜びようは見ているこっちが楽しくなるくらいじゃった。
 ギル坊がこんな豪華な食事は初めてじゃと、料理を口に頬張っては幸せそうな表情を浮かべ、思わず胸を詰まらせてしまいそうになったわい。

 |あの子《・・・》も、今日のギル坊と同じような笑顔で嬉しそうに話してくれたのう……。

「……言っておきますが、ギルくんは|私のもの《・・・・》ですからね」
「っ!? わ、分かっておりますとも!」

 闇夜に真紅の瞳を光らせ、姫様が鋭い牙を|覗《のぞ》かせる。
 赤ん坊の頃からお傍におったが、まさか姫様がここまで独占欲が強いとは思わんかったわい。

「それで……よろしいのですか?」
「何がかしら」
「あの者達です」

 そう言うと、わしは夜空を見上げる。
 そこには、死んでなるものかと王国から脱兎のごとく逃げ出す大勢の竜達の姿があった。

「さあ、知らないわ」
「左様ですか……ですが、まさか竜達に温情をお与えなさるとは、思いもよりませんでした」

 つまらなそうに答える姫様に、わしは冗談交じりに苦笑する。
 きっとこの時のわしは、どこか気が抜けておったんじゃろう。

「そんなもの、与えた覚えはないわよ。三日を過ぎてほんの少しでも視界に入ったら、その場で殺すけど」
「……あの者達も、姫様に出くわさぬことを祈るばかりですな」

 そう言って、わしはかぶりを振る。
 この国を出てどう生きていくのかは分からぬが、息災に暮らすこと……。

「ねえ、コンラート。逃げた竜達は、これからどうすると思いますか?」
「どうする……ですか?」
「ええ」

 質問の意図が分からず、わしは首を傾げる。
 どうするも何も、新たな土地を見つけ、そこでここと同じように過ごすのでは……。

「この世界の陸地のほとんどは、ニンゲンが支配しています。そんなところに竜が現れたら、ニンゲンはどう思うかしらね」
「それは……」
「しかもあのクラウスは、|傲慢《ごうまん》にも周辺にあるニンゲンの国々に従属を迫ったらしいじゃないですか。ならニンゲン達は、竜を脅威に感じるんじゃない?」

 確かに姫様の言うとおり、ニンゲンは竜のことをよく思わぬじゃろう。
 何せニンゲンの街を焼き払った挙句、我等に従えと|宣《のたま》ったわけじゃからな。

「とはいえ、所詮ニンゲンでは竜の相手にならないことは事実。それでも、果たして竜に安息の地なんてあるとは思えない」
「…………………………」
「あ、もちろんそれだけではありませんよ? 周辺の国へ逃げたということは、その中にハイリグス帝国も含まれる……これがどういう意味か、分かりますよね」

なるほど……姫様は逃げ出した竜を利用して、ギル坊を虐げてきた国を追い込もうというわけか。

「ですがそのようなことをせずとも、姫様自ら出向いた時点で、ハイリグス帝国など風前の灯だと思うのですが……」
「……私はギルくんに嫌われたくありませんので」

 姫様を慕っているとはいえ、同じ種族であるニンゲンに対して残虐な目に遭わせれば、いくらギル坊でもよく思わぬか。
 あの規格外の回復魔法を含め、つくづくギル坊の存在の大きさが際立つわい。

 もちろんそれは、このわしにとっても。

「それに、ギルくんが言ったんです。『人間がどんな人達なのか、それを見極めてからでも遅くない』と。その言葉を……ギルくんの思いを裏切るような真似は、断じてできませんから」
「そう、ですな……」

 やはり姫様にとって、この世界で唯一の存在はギル坊だけなのじゃ。
 わしも、エルザも姫様の配下として引き続き仕えることができるのは、ひとえにギル坊のおかげ。

 もしギル坊がおらなんだら、わし等も他の竜と同じように姫様に殺されるはずじゃった。
 いくら先の『王選』で武功を上げ、姫様の力になったとしても。

 そう……わしとエルザが生かされておるのは、ギル坊がわし等のことを大切に想ってくれておるからにすぎぬのだ。

「あはあ♪ 楽しみですね。ギルくんを苦しめた連中が、それ以上に苦しむ様が」

 姫様は恍惚の表情を浮かべ、逃げ惑う竜の大群を見つめる。
 その真紅の瞳から、姫様の心は既に壊れてしまっているのだと悟った。

 そう……わし等全ての竜のせいで。

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