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宣戦布告

「さあ、行きましょう」

 一夜明け、僕達は頷き合う。
 青い竜が偵察に来て情報を持ち帰ったのなら、猶予はない。

 向こうの準備が整う前に、こちらから仕掛けることにしたんだ。

「“ギル坊”。お主はここに残ったほうがよいのではないか?」
「コンラートさんは僕に魔物の餌になれっていうんですか。……というか、“ギル坊”ってなんですか?」
「はっは! 細かいことは気にするな!」

 じと、とした視線を送りながら尋ねると、コンラートさんは豪快に笑うばかりで答えてくれない。

 でも、ますます距離が縮まったような感じがする。
 別にこれといって何かあったわけじゃないし、ちょっと理由が分からないけど……まあいいや。

な んだかんだ言って、コンラートさんは悪い人じゃない……ううん、皇宮の人達とは比べ物にならないくらいいい人だと思う。

「ではギルくんは、私の背に乗ってくださいね」
「あ……そ、その、僕はコンラートさんに乗せてもらいます」
「え……?」

 メルさんはこの世の終わりみたいな表情を浮かべる。
 ちょっと申し訳ないけど、彼女は『王選』に挑むから、さすがに一緒にいるわけにはいかないから。

「お任せくだされ! ギル坊は、このわしが必ずや守り抜いてみせますぞ!」
「当たり前です! もしギルくんがかすり傷一つでも負ったら……その時は貴様を八つ裂きにするから」
「っ!?」

 口の端を吊り上げ、鋭い牙を見せながらメルさんが告げる。
 コンラートさんの顔から一気に血の気が引き、赤い竜のはずなのに真っ青だよ。

「お、『王選』が終わったらその時は、メルさんの背中にも乗せてください! その……メルさんと、この世界を一緒に見たいから」
「ギルくん……」

 そう言うと、メルさんは真紅の瞳を潤ませ、僕の手を握った。
 僕にとって大切なのは彼女だけ。だから初めて見る景色は、メルさんと一緒がいい。

「俄然やる気が出ました。クラウスなんてすぐに倒してしまって、私はギルくんと世界一周の旅に出ます」
「あはは、すごく楽しみです」

 本当に、そうなればいいな。
 メルさんと一緒なら、きっとどこに行っても楽しいと思うから。

「ギルベルト様……その、私は本当にいいのでしょうか……?」
「はい」

 彼女は僕達と一緒に『王選』の場に行かない。
 何故なら、エルザさんにはしてもらいたいことがあるから。

「この『王選』、エルザさんが|鍵《・》です。だから、よろしくお願いします」

 逡巡する彼女に、僕は深々とお辞儀をした。
 本当はエルザさんも、メルさんの|傍《そば》にいたいだろうけど、こればかりは仕方がない。

「……分かりました。メルセデス殿下のこと、どうかよろしくお願いします」

 胸に手を当て、エルザさんも深々とお辞儀をする。
 僕を見つめるその藤色の瞳は、初対面の時と違い怒りの感情は見受けられない。

 コンラートさんといいエルザさんといい、僅かな間にどんな心境の変化があったのか分からないけど、それでも、僕のことを認めてくれたみたいだからとりあえずはよしとしよう。

「早く行きますよ!」
「は、はい!」

 何故か少し不機嫌になったメルさんに促され、三人は竜の姿になった。
 地面にしゃがんでくれたコンラートさんによじ登り、僕はその大きな背中に乗る。

『ギル坊、決して手を放すでないぞ』
「も、もちろんです」

 振り落とされて落っこちたら、それこそ死んじゃうよ。
 もしそんなことになれば、メルさんの邪魔をしてしまうから。

 だから僕は、この手を放したりするもんか。

 まずメルさんがゆっくりと空へ浮き上がり、コンラートさんとエルザさんが続く。
 エルザさんは僕達に頷いた後、一足先に飛び去った。

『メルくん、コンラート、私達も』
『はっ!』
「うん!」

 僕達は『王選』の舞台として選んだ、デュフルスヴァイゼ山へと向かった。

 ◇

「うわあ……あっという間だったね……」

 暗黒の森を飛び立って数分もしないうちに、僕達はデュフルスヴァイゼ山の上空まで来た。
 まさかこんなに早く到着するとは思っておらず、僕は驚くばかりだ。

『はっは! どうじゃギル坊、速いじゃろう?』
「はい! 本当に竜ってすごいですね!」
『そうじゃろうそうじゃろう!』

 僕が手放しで褒めると、コンラートさんは嬉しそうに笑う。
 その一方で、メルさんが冷ややかな視線をこちらに向けていた。

『……言っておきますが、竜族で一番速いのは私ですから』
「あ、あはは……」

 今度メルさんに乗せてもらった時は、たくさん褒めるようにしよう。

「それにしても、ドラグロア王国って、人間の街と同じなんですね」
『そうですね。元々、先々代の王……お爺様がニンゲンの街を参考にしたみたいですから』

 デュフルスヴァイゼ山の中腹には石でできたった獲物が立ち並んでいて、その一番奥にはお城があった。
 ただ、建物の数がそれほど多くないことから、竜族の数は小さな街程度の人口とそう変わらないのかもしれない。

 すると。

『大罪人メルセデス=ドレイク=ファーヴニル及びコンラート=ガルグイユが現れました! 至急応援を!』
『早くしろ! 俺達じゃ持ちこたえられん!』

 街からわらわらと竜達が浮上し、僕達を取り囲む。
 だけど、その顔には明らかに恐怖の色が浮かんでいた。

「メルさん」
『ええ』

 メルさんは頷くと周囲の竜を一切無視し、街の奥にあるお城を見据える。

 そして。

『メルセデス=ドレイク=ファーヴニルは、我が父マンフレート=ドレイク=ファーヴニルと、我が母“エデルガルト=ドレイク=ファーヴニル”を卑劣な手で殺害した大罪人、クラウス=ドラッヘ=リンドヴルムに『王選』を挑みます! 場所はここ、時は今!』

 メルさんはデュフルスヴァイゼ山に……暗黒の森の隅々まで聞こえるほどの声で、高らかに名乗りを上げた。

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