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『王選』開始

『メルセデス=ドレイク=ファーヴニルは、我が父マンフレート=ドレイク=ファーヴニルと、我が母“エデルガルト=ドレイク=ファーヴニル”を卑劣な手で殺害した大罪人、クラウス=ドラッヘ=リンドヴルムに『王選』を挑みます! 場所はここ、時は今!』

 メルさんはデュフルスヴァイゼ山に……暗黒の森の隅々まで聞こえるほどの声で、高らかに名乗りを上げた。
 殺気のこもったその叫びに、その迫力に、威圧感に、竜達は一斉に震えあがる。

『はっは! 雑兵どもめ、姫様に恐れをなして逃げ出さぬだけでも褒めてやるとするかの!』

 周囲を見回し、コンラートさんは愉快そうに笑う一方で、僕は眉根を寄せた。
 だって、恐がっていてもこの場に踏み止まっているのは、それ以上の|何か《・・》が竜達にあるから。

 それが報酬なのか、地位なのか、名誉なのか……いずれにしても、竜達の心はメルさんから離れてしまっている。

(……やっぱり、悪い結果にしかならないのかな)

 もちろんメルさんが敗れるなんてことは考えていないし、僕も全力で守ってみせる。そのための対策だって練ったんだ。
 だけど……メルさんが勝利しても、竜の国はもう|終わり《・・・》かもしれない。

 メルさんは腕組みをして、眼下の城を見据える。
 食事に毒を盛るなんていう卑劣な手段を使って両親を殺し、自分を死の淵まで追い込んだ裏切者のクラウスを待ちわびて。

 すると。

『クラウス陛下の出陣だ!』
『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!』』』』』

 昨夜森へとやって来た青い竜に先導され、さらに一回りも大きな白い竜が姿を現した。

「あれが……クラウス=ドラッヘ=リンドヴルム……」

 メルさんを殺そうとした、世界で最も許せない存在。

 確かに他の竜とはたたずまいも、雰囲気もまるで違う。
 きっと今のドラグロア王国の中では、あの男が最強なんだろう。

 でも……メルさんほどじゃないと思う。

『クラウス陛下、万歳!』
『大罪人メルセデスに……我々を騙し続けたファーヴニルの一族に、竜の鉄槌を!』

 竜達は歓声を上げ、クラウスを|讃《たた》えた。
 その姿を見て、僕は静かにかぶりを振る。

 ついさっき頭をよぎった悪い結末が、現実のものになると確信して。

『メルセデス、待っていたぞ』
『フン。わざわざ私から出向いてあげたんですから、感謝して這いつくばったらどう?』

 余裕の表情を浮かべるクラウスに対し、メルさんは眉根を寄せて鼻を鳴らす。

『これはおかしなことを。同族を騙し続け、誇り高き竜を|貶《おとし》めたのは他ならぬファーヴニルの一族。それも、卑劣な手を使い王の座に君臨し続けたのだから、一族郎党万死に値する』
『っ! ふざけるな! 毒を盛るなどという卑怯な真似をして、どの口が言っているッッッ!』

 雄弁に語るクラウスに対し、怒りのあまり牙を剥き出しにするメルさん。
 ただ、やはり宿敵を前にしているということもあってか、気負い過ぎているように感じた。

 でも、平常心でいられないのも当然だよね。

 それはコンラートさんも同じようで、わなわなと震えている。
 メルさんから真実を聞かされ、あの男が許せないのは同じだろうから。

 だからこそ。

「コンラートさん。僕をメルさんのところまで連れて行ってくれませんか」
『む……それは構わんが……』

 首を傾げつつも、コンラートさんはメルさんの隣に移動する。
 取り囲む竜達は警戒するものの、太刀打ちできないと感じたのか、手出しをする者はいなかった。

「メルさん」
『ギルくん……?』

 声をかけると、メルさんは振り向いて不思議そうな表情を浮かべる。
 よかった。まだ完全に冷静さを失っているわけじゃない。

「あの男、余裕な態度を見せて好き放題言ってますけど、これから楽しみですね」
『え?』
「だって、あの男はこれからメルさんに無様に敗北して、全てを失うんですから」

 そう……どれだけ竜達の指示を集めても、自分を正当化しても、負ければ全てが台無しになるんだ。

 きっとクラウスは、メルさんに勝つためにどんな卑怯な手でも使うと思う。
 さすがに毒を盛るなんてことはできないにしても、掟破りのことを平気で仕掛けてくるだろうね。

 だけど……たとえ何を仕掛けてきても、僕達は絶対に負けるもんか。
 そのためにできること、やるべきことは決まっている。

 この僕が、メルさんのためにするべきことも。

「その……『王選』は一対一の勝負だから、|僕達からは《・・・・・》参加できません。それでも、一緒に戦って、勝利して、僕はメルさんとこの世界にあるたくさんの景色を一緒に見るんです」
『あ……ふふ、そうですね。私と君でそう約束しましたもの』

 そう言うと、メルさんは|蕩《とろ》けるような微笑みを浮かべた。
 宿敵である、クラウスを前にして。

『そうと決まれば、『王選』なんてくだらないものはさっさと終わらせてしまいましょう』

 すごくやる気になったメルさんが正面へと向き直り、クラウスを見据え笑顔で言い放つ。
 うん、もう大丈夫。これで彼女があの男に負けることは、きっとあり得ないよ。

 それが面白くないのか、クラウスが軽く舌打ちをした。
 ひょっとしたら……ううん、きっと冷静さを欠いたメルさんに、罠を仕掛けるつもりだったんだろう。

「あはは、残念だったね」

 僕はクラウスを見て、思いっきり笑ってやった。
 するとどうだろう。あの男は忌々しげに僕を睨んだよ。

 人間に過ぎない、ちっぽけな僕を。

『さあ、『王選』を始めるとしましょう。私にはこの後、メルくんと一緒にしたいことがたくさんあり過ぎて忙しいんですから』
『ほざけ』

 もはや『王選』など片手間だとばかりに告げるメルさんに向け、クラウスが口を大きく開け魔法陣が浮かび上がると。

 ――白い光のブレスが、メルさんに向けて放たれた。

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