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掟なんて、なくしてしまえばいいんだ

「結局あやつは、何しに来たんじゃ……」

 小さくなる青い竜達の背中を見つめ、コンラートさんが呆れ顔で呟く。

「多分あの男が言ったとおり、クラウスの命令でメルさんの様子を見に来たんだと思います。ただし」
「ただし?」
「メルさんが毒に|冒《おか》されて弱ったままだったら、容赦なく攻撃してきたでしょうね。メルさん以外……つまりコンラートさんとエルザさんを」

 『王選』の掟によって挑戦者であるメルさんに危害を加えることはできないけど、それ以外の者については特に制限はない。
 つまりあの竜達は、コンラートさんやエルザさんを排除することができるわけだ。

 おそらくは最初からそのつもりで、大勢の竜を引き連れてきたんだろうし。

「だからあの竜達にとっても、今回の威力偵察は有意義だったと思います」

 特にメルさんが健在だということを知ったのは、向こうとしては脅威ではあるものの最悪の事態への対策を練ることができるから。
 青い竜の最後の笑みは、そういったことを踏まえてのものだと思う。

「つまりなんじゃ……わしはある意味乗せられたということかの……」
「ち、違います! この場合、あえて乗ったというのが正しいですから!」
「ふふ、物は言いようですね」

 肩を落とすコンラートさんをなだめると、メルさんがくすくすと笑った。

「で、でも、本当にそうなんです。こちらとしても向こうがそれだけメルさんを警戒していることや、『王選』の場で何かを仕組もうとしていることも分かりましたから。ただ……|わざと《・・・》|煽《あお》ってはみましたけど、残念ながら上手くはぐらかされてしまいました……」

 青い竜はまるで挑発に乗ったかのようなふりをしたけど、それはあくまでもこちらの情報を……メルさんの状態を知るため。
 きっと彼女に殺気を向けられた時に、把握したに違いない。

 だから青い竜は、すぐに捨て|台詞《ゼリフ》だけを吐いて飛び去ったんだ。

「でしたら、私達も心してかからねばなりませんね」
「はい」

 大丈夫。メルさんが万全の状態だと向こうが知ってしまうことも想定済み。
 それを踏まえた上で、僕達は対策を練ったんだから。

「むしろ気になるのは、前国王の娘であるメルさんが『王選』に挑むというのに、コンラートさんとエルザさんを除く全ての竜がクラウスに付き従っているということです」

 つまりは多くの竜が前体制……ファーヴニル一族による統治を望んでいないということ。
 仮に『王選』によってクラウスを倒して女王の座に就いたとしても、果たして竜達はメルさんに従うのかな……。

「……ギルベルト様のご懸念については、『王選』に正々堂々と挑み、勝利すれば問題ないと思われます。竜族は最も強い竜に忠誠を誓う……これだけは、不変ですから」
「エルザさん……」

 ならどうして、竜達はクラウスに付き従っているのか。
 クラウスが最も強いから? ううん、違うと思う。

 コンラートさんとエルザさんの話では、クラウスはハイリグス帝国をはじめ周辺にある人間の国に宣戦布告したとのこと。
 メルさんはともかく、これまで出会った竜達はみんな人間のことを見下していた。

 つまり竜からすれば、人間の国のほうが広大な領土を持っていることに、我慢ならなくなったとしても不思議じゃない。
 そんな竜達の積もりに積もった|鬱憤《うっぷん》に上手くつけ込み、クラウスは支持を得たんだ。

「ギルくん、大丈夫です。そもそも私は、全ての竜を許すつもりはありませんから」
「「っ!?」」

 メルさんの何気ない一言に、コンラートさんとエルザさんは目を見開く。
 だって彼女が口にした『全ての竜』には、二人も含まれているのだから。

「その……メルさん」
「なんですか?」

 おずおずと声をかけると、メルさんは嬉しそうに返事をした。
 竜達に裏切られた彼女は、きっと僕以外の者に、この笑顔を向けることは永遠にないんだろうな……。

 だけど。

「その、あなたが『王選』に挑んだことを知りながらも誰一人として馳せ参じることのない竜達と違い、コンラートさんとエルザさんはこうして駆けつけてくださいました」
「……そうですね。あくまでも掟を破らない範囲で」

 僕が二人を|庇《かば》おうとしていることに気づき、メルさんは眉根を寄せて顔を逸らしてしまった。
 でも、クラウスと戦うために、この二人の力は絶対に必要になる。

 『王選』に勝利して、メルさんが竜達の女王となったその後も。

「掟が二人を縛り、メルさんを助けることができなかったのなら、メルさんが女王になって掟を変えてしまえばいいと思うんです。そもそも、掟なんてものがあるから、クラウスは毒を盛るなんて卑怯な真似をして、あなたを苦しめたんですし」

 彼女の悲劇の原因は、もちろんクラウスにある。
 だけどそれと同じくらい、竜族の掟がこんな事態を招いたともいえるんだ。

 掟がなければ、クラウスは王になれず、他の竜達の支持を得ることもなかった。
 掟がなければ、コンラートさんやエルザさんはメルさんの力になれた。

 全ては、掟のせい。

「だからメルさん。あなたを苦しめた掟なんて、この世界からなくしてしまいましょう。それにメルさんは、竜族を見限ったんでしょ? だったら、あなたが縛られる必要はないと思います」
「そう、ですね……」

 少し寂しそうな表情を浮かべつつも、メルさんは頷く。
 彼女にとっても掟の存在は、これまでの人生の一部だったんだと思う。

 コンラートさんも、エルザさんも何か言いたそうにしているけど、あえて黙っていてくれた。
 二人だって本当は助けたかったのに、掟のせいで何もできなくて、悔しい思いをしたから。

 そんな三人を見て、僕は改めて思う。
 大切な|女性《ひと》を苦しめる掟なんて、なくなってしまえ、と……って!?

「わわわ!?」

 いきなり抱きしめられ、僕は思わず声を上げた。

「ふふ、ギルくんに教えられちゃいました。でも、君の言うとおりです。これほど竜を憎いと思っていながら、私自身が掟に……竜であることに縛られていました」
「メルさん……」
「約束します。『王選』に勝利して私が女王になったら、全ての掟を廃止します。そして、|ギルくん《・・・・》|だけが《・・・》幸せになれる“新しい掟”を作りましょう」
「そ、それはそれでどうかと思うんですけど……」

 ちらり、とコンラートさんやエルザさんに助け舟を出してもらおうと見るけど、二人は目を逸らしてしまった。
 というか、二人のために提案したのに酷いよ……。

「はあ……」

 メルさんに抱きしめられながら、僕は少し溜息を吐いた。

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