レティシアの気持ち
レティシアたちはマティアスのテントから外に出た。外にはザイン王国軍の兵士が全員待機していた。きっとリカオンが集合させたのだろう。マティアスはよく通る声で言った。
「ザイン王国軍の兵士たちよ。ここはゲイド軍に包囲されている。指示した通り必ず三人で行動するように。決して一人では行動するな。ゲイド軍の兵士を一人残らず仕留めるのだ!」
「ハッ!」
兵士たちは一斉に声をあげた。マティアスは一つうなずくと風魔法を身にまとい、フワリと空中に浮き上がった。飛行魔法だ。マティアスはどんどん高く空にのぼっていく。
レティシアはマティアスが心配になり、チップにお願いした。
「チップ。私も空までつれてって?」
『バカ王子が気になるの?心配しなくても大丈夫なのに。なんとかと煙は高いところにのぼりたがるって言うでしょ?』
「それでもお願い」
チップは仕方ないなぁ、と言って大きくなってくれた。レティシアはチップの背中に飛び乗ってマティアスを追った。
「王子殿下!空にいては矢の的になってしまいます!」
「何だ、来たのかレティシア。ここまで矢を飛ばすのは至難の業だ。たとえ、矢が飛んできたとしても俺に自分の居場所を教えるだけだ」
「・・・。王子殿下は、何故自らを危険な前線にさらすのですか?」
「ん?それはだな、俺が強いからだ!」
『やっぱりバカだなコイツ』
レティシアはチップの言葉を無視して言った。
「はい。王子殿下はとてもお強いです。ですが、もし致命傷を負えば死んでしまうかもしれないではないですか?」
「・・・。レティシア、王族と貴族の責務とは何か、わかるか?」
「?。はい、国を継続繁栄させていくべき存在と認識しております」
「そうだ。王族と貴族は王国の民を守るために存在するのだ。我が軍の歩兵隊はほとんどが平民だ。軍の訓練も満足に受けてはいない。俺は幼い頃からひたすら剣術と馬術を磨いた。貴族たちだとてそうだ。だから王族である俺が先頭、次に貴族たちだ!」
「・・・。では、もし王子殿下が死んでしまったら、ザイン王国軍は頭部を失ってしまったも同じ、」
「俺が死ねばリカオンが指揮をとる」
「・・・。もし、リカオンさまも、」
「案ずるなレティシア。リカオンが倒れれば、リカオンの腹心たちがきっと軍を率いてくれるだろう。だから、安心しろレティシア。お前の母親の墓はきっと守る」
マティアスは笑った。彼の笑顔を見ていたら、レティシアは悲しくなった。マティアスは自分が死んでしまう事をちっとも恐れてはいないようだ。
武人としては尊ぶべき事なのだろうが、レティシアはマティアスに死んでほしくなかった。生きたいと思ってほしかった。だがそれはレティシアの気持ちの押し付けに他ならなかった。
レティシアはマティアスを見つめた。無意識のうちに言葉が口からこぼれていた。
「私は、王子殿下に生きてほしいです」
マティアスはポカンと口を開いて固まった。レティシアはハッと、自分の過ちに気づいた。大きな志しを持つ一国の王子に対して、何と無責任な発言だろう。
レティシアがどうやってわびようかと焦っていると、マティアスが口を開いた。
「・・・。ありがとう」