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平和の不具合編 5


「うおっ!」

 俺は驚きの声とともに窓に駆け寄る。
 慣れない手つきで窓の鍵を開け、ガラス戸を大きく開けると、外にいたユニコーンが幼い笑みを向けてきた。

「こんにちは。ユニコーンさん……でいいのかな?」

 確認するまでもないんだけどな。
 真っ白な体毛に、灰色の毛並みがまだら模様に散っていて、見た感じはどことなく高貴な馬。
 とはいえ見るからに幼くて体高は1.2メートルほど。体長も子供サイズの俺が両腕を広げたぐらいのポニーサイズだ。
 だけどそれは頭部から鋭く生えた角を除いた大きさで、50センチにもなろうかという角の先端は幼い体には不釣り合いなほどの攻撃性を秘めている。
 そんな鋭い角を額から伸ばしている馬。一目でユニコーンだとわかる外見だ。
 特に角が白と灰の体毛から浮き出るように鮮やかな青を発色し、これまで会ったことのあるどの魔族よりも神秘的な雰囲気を醸し出している。

 だけどさ。神秘的とか高貴とか、そういうのはどうでもいい。
 これは俺の悪い癖でもあるんだけど、柴犬を彷彿とさせる短めで硬め、そしてふさふさの体毛に包まれた動物が俺の目の前に現われたんだ。
 相手も馬特有の優しい瞳を細め、満面の笑みでこちらを見ているし、こんなん我慢できるわけがない。

「そうじゃ……おぬしは……ヴァンパイアじゃな?」

 言葉遣いがなんかムカついたけど、そのユニコーンが返事を返してくるのも待たずに、俺は窓枠から身を乗り出し手を伸ばす。
 とりあえず相手の頬のあたりをゆっくりと撫でてみた。

「ふぅん。はぁはぁ。そ、そうだよ……可愛いユニコーンさんだね……はぁはぁはぁ」

 おっと。興奮しすぎて呼吸が乱れてきた。気をつけよう。
 でも相手も俺に撫でてくれと言わんばかりに顔を近づけてきたし、これはもっと撫でてもいいということだろう。
 んじゃその態度に甘えて。

「おぬし……名はなんというのじゃ?」
「ん? 僕はタカーシ・ヨールって名前だよ」
「そうか。余はウェファ。ウェファ5世という。よろしくな」
「うん。こちらこそよろしくね」

 さて、今さらだけど、この仔ユニコーン。話し方がすっげぇ偉そうだな。
 名前にも“5世”とか付いちゃってるし、いいところの坊ちゃんなんだろうか……?
 あれ? もしそうだとすると、こんなフレンドリーに接してて大丈夫なのか?
 この国は身分制度があるし、もしこのウェファとやらがうちの親父よりも偉い家のせがれだったら、それ相応の態度で接した方がいいんじゃね?

「ふっ……っんく……ふわっふ……もう少し……もう少し強めに撫でるがよい」

 でもだ。俺が不安に思ってユニコーンを撫でる手つきを緩めたら、向こうの方から首を近づけて、挙句もっと強めの“撫で撫で”を要求してきやがった。
 ならばそれに従ってやろうじゃないか。可愛い馬だな、この野郎!

「綺麗な毛並みだねぇ。灰色がまばらな感じもかっこいい……」

「ふっ、なかなかわかっておるではないか。そうじゃろうそうじゃろう。
 この毛並みは父上譲りでな。ユニコーン族の中でも珍しいと評判じゃ」

「へぇ。ウェファ君のお父さんもおんなじ毛並みなの?
 じゃ、あれだね。お父さんはウェファ君より体がおっきいんでしょ?
 そうだとすると、凄くかっこいいユニコーンなんだろうね」

「ふっ。父上の世辞を言っても、何もやらんぞ。
 それよりおぬし、こんなところで何をしておる? ヴァンパイアの小僧どもは今、3番訓練場で訓練をしておるはずじゃろう?
 サボっておるのか?」

「いや、違うよ。僕は8番訓練場の生徒だから、今日の訓練は午前中に終わってるんだ。
 レバー大臣さんに会いに来たんだけど、御前会議ってやつがまだ終わっていないからこの部屋で待ってろって言われたの」

「ふーん。そうなのか。8番訓練場とは……変わった奴じゃ」

 そう言って、しかしながら今まで以上に俺に体を預けてくるユニコーンの子供。
 もちろん俺もそんな相手の好意に“ばっちこい”状態なので、窓枠から落ちるんじゃないかというぐらいに身を乗り出し、両腕でウェファ君の首を抱きしめた。
 欲望の許すまま、ウェファ君の首から背中、そして脇腹のあたりをわさわさする。

「くっ……そこを触るのはやめよ。くすぐった……い……きゃはは!」

 おっと。またやってしまった。
 初対面時のフライブ君同様、ウェファ君も身悶え始めたのでここは自重しておこう。
 俺は慌てて手を引っ込め、身を乗り出していた窓枠からも少し体を引っ込めた。
 そして多少の距離を取ってウェファ君の顔を正面から見つめる。

「ん? どうしたのじゃ?」

 俺の腕による拘束から突如解き放たれ、ウェファ君が首をかしげながら――それでいて少し残念そうな表情で聞いてきたが、俺はしばし無言を貫く。
 そう。体毛をわさわさ堪能するのは今やった。
 あとは――この鋭い角。是非とも触ってみたい。

「あのさ。ウェファ君?」
「だからなんじゃ? いきなり真剣な顔になって、どうしたのじゃ?」
「うん。この立派な角。触ってみていい?」

 ちなみに俺はバカではない。
 オオカミの獣人族が肉球を触られることを恥とみなし、それを求めた俺がアルメさんから暴力を受けたあの事件。
 もちろん忘れるはずはない。

 そして今の俺はあの経験によって生みだされた原因不明の恐怖感を感じている。
 ユニコーンの角。
 見るからに立派で、なんだったらほとばしるほど強力な魔力を感じるこの部分は、ユニコーンという種族にとって間違いなく“誇り”や“象徴”と言えるものだろう。
 それを気安く触らせてくれというのは間違いなく無礼に値するだろうし、アルメさんクラスの暴力を返されても文句は言えない。
 俺の勘がそこまで明確に危険を示唆している。

 まぁ、それを感じているのに、あえて触ろうとする俺はやっぱりバカなんだろうけどな。
 でも目の前にユニコーンがいて、鋭い角を見せびらかしているんだぞ!
 触りたいに決まってるじゃん!

「ほう。なかなか肝の据わったヴァンパイアじゃな」

 しかし対するウェファ君はにやりと笑い、青白く輝く角を俺の眼前に向けてきた。
 あれ? 意外とオッケーっぽいな。
 それならお言葉に甘えて。

「余の角は切れ味鋭いゆえ、気をつけよ」
「あ、うん」

 ウェファ君からの忠告を耳に入れつつ、俺はゆっくりと指を近づける。
 よくよく見てみれば、角といってもウェファ君のそれは単純な円錐状の形ではなく、ネジのようにらせん状の突起が先端まで鋭く続いている。
 その模様の1本1本が刃物のようになっており、触り方を間違えば本当に指を切ってしまいそうな形だ。
 もちろん角の先端も針のように鋭く尖っているし、はっきり言って立派な武器だ。
 武器というか、そんじょそこらの剣よりも切れ味の良い極上の武器――なんだったらバレン将軍の持っている剣ぐらいよく斬れそうだし、よく貫きそうな……そういうレベルの極上品だ。

 あとさ。
 今さら何だけど、この角からこぼれている魔力の強さがはんぱねぇんだわ。
 なんで角だけこんなにも魔力が込められているのかわかんないけど、触った瞬間に俺の体中に鳥肌が立ったわ。

 うーん。ウェファ君。ポニーサイズのくせに、もしかするとめっちゃ強いんじゃね?
 それに言葉遣いも普通じゃないし……あれ? 俺、もしかして身分の高い貴族の子に無礼な態度で接しちゃった?

「す、凄くよく切れそう……ですね?」
「急に委縮した言葉遣いをしてからに。一体どうしたのじゃ?」

 しかし慌てて態度を変えた俺の思惑は、即座に察知された。
 今もまだウェファ君……じゃなくてウェファ様の角を触っているけど……や、ヤバいかな。

「い、いえ。別に……」

 ど、どうしよ? ここは一旦窓の外に出てひざまずき、ウェファ君の立場を確認しておいた方がいいような……。
 うん、万が一ということもあるし、そ、そうしよう。

「……ん? ちっ、ばれたか」

 しかし俺が窓枠に足をかけようとした瞬間、ウェファ様は何かに気づき、遠くを見ながら不機嫌そうに呟いた。

「え? 何が……?」

 俺があたふたとしていると、ここで小さな事件が起きた。
 いや、小さな事件じゃないかも。
 ある意味、ヨール家の命運がかかった大きな事件だ。

「余は今、世話役の監視をかいくぐって城の中を探検しておったのじゃ。
 しかし世話役の魔力がわしに探知の目を向け、見つかってしまった。
 タカーシとやら? 御前会議を早く終わらせるよう父上に頼んでみるから、レバーとの話し合いが終わったら一緒に遊ぼうぞ。
 余はしばし姿をくらましてくる。じゃあな!」

 おい!
 御前会議を終わらせることが出来る親父って……お前、それ国王じゃね!?
 しかも大臣であるレバー・クーゼンを呼び捨てにするとか!
 じゃあなにか!? お前、王子なんじゃねーの!?
 そういうことはちゃんと言えよ!
 俺、一国の王子にめっちゃフレンドリーな態度とっちゃったじゃん!!

「え? あっ、待ってくだ……」

 しかしながら、俺が慌てて引きとめようとするのも聞かず、ウェファと名乗るユニコーンは風と共に消えた。


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