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平和の不具合編 4


「うーん……」

 エールディの城に向かう途中、周囲を貴族の屋敷に挟まれた道を、俺は唸りながら歩いていた。

「そんな険しい顔をして……どうしました? まだわからないことが……?」
「いえ。別に……」

 アルメさんが心配そうに声をかけてきたけど、それに甘える気にもならない。
 俺の持つ“緑”の魔力。名付けて“自然同化魔法”。
 訓練場から出た後フライブ君たちもつれて近くの飲食店に入り、みずみずしい果物を堪能しながらアルメさんの説明を聞いた。
 城に行く前に昼食もとっておく必要があったので、ついでにその隣の店で“のこぎり刃魚”なる魚介類の肉を食べたけど、その後フライブ君たちと別れ、今こうして城に向かっている間も俺の頭はもやもやしたままだ。

 緑の魔力。
 体を“ぐっ”として、魔力を全力で放出するとそれが魔法となって発動し、俺の気配は消失する。
 それは味方にも作用し、フライブ君たちも俺のことが見えなくなるらしい。
 いや、見えなくなるというか、それだけじゃなく俺の魔力や匂い、その他もろもろの“存在感”を認識できなくなるということだ。

 でもその効果は種族ごとに差があり、“精霊”と生物学的に近しい種族である“妖精”には効果が薄い。
 俺自身、精霊と妖精の定義の違いはよくわからんし、そもそも“精霊”を“生物”学的に考えること自体ちょっと前の俺には考えられないことだった。
 まぁ、さっきまで妖精2体と一緒に飯を食っていたんだから、その存在を否定のしようもないけどさ。
 “精霊”も実際に存在しているんだろうし、そのうち逢うかもしれん。

 あっ、妖精は2体じゃなくて、3体だったな。
 見た目妖怪っぽいドルトム君も実は妖精に分類されるんだって。
 でも見た目の通りドルトム君はどちらかというと魔族の王道と言えるような姿だし、妖精の中でも比較的魔族に近い種族だから俺の自然同化魔法に引っかかっていた。
 ここら辺は今後の俺の訓練次第で、対象生物がなんであれ魔法効果を上げることが出来る可能性があるとのこと。

 そしてあの時バーダー教官がいきなり訓練を辞めた理由。
 気配の無くなった俺が乱戦に混ざると、俺が味方の攻撃の巻き添えをくらう可能性があったから、それを考慮しての判断とのことだ。
 でも俺はそもそもこの国の上位に位置するヴァンパイアだし、アルメさんを力で抑え込んだり人間離れした跳躍とかできるぐらいの強さを持ってはいる。
 だから戦闘モードのアルメさんならまだしも、子供の魔族の攻撃程度で怪我をする可能性は低い。
 まぁ、俺の身を過剰に心配したバーダー教官の配慮ってことだな。

 あと“アルメさんを力任せに抑え込む”ことができると言っても、それはアルメさんが手加減をしてくれているだけで、またはアルメさん自身が眠気に襲われている状況だったりするだけで、もちろん俺はアルメさんより強いとは微塵も思っていない。
 バーダー教官に匹敵する強さ。
 そんなアルメさんと敵対するようなことがあったら、俺は即座に殺される。
 それは間違いない。

 んで俺の能力を外部に漏らさないようにとアルメさんがフライブ君たちに丁寧に教えていたし、冷静にアルメさんの話を聞くことで俺もここまでの話は十分理解できた。
 だけど魔法の効果について理解が進むと同時に、それと反比例するようにとある疑問が俺の頭の中で膨れ上がった。


 なぜ俺の体に“緑”の魔力が宿っているのか?


 それを考え始めると、結局“なぜ一度死んだはずの俺がこんなファンタジーな世界にいるのか?”という根本的な疑問に辿り着いてしまうので、簡単に解決できる疑問ではないことも同時に理解できちゃうけど、でもやっぱ気になるよなぁ。

 あともう1つ。ほんっとーうにどうでもいいことなんだけど、ドルトム君の口調についてもやっぱ気になるんだよなぁ。
 妖精コンビと同じように興奮したという理由でキャラが変わったわけじゃなさそうだし、あの時はたどたどしい言葉遣いと、流暢な口調がころころと切り替わっていた。
 その切り替わり条件……いや、この件はいいか。

「ほら、あれが城の正門ですよ」

 アルメさんの声にふと顔を上げてみれば、魔族の国という響きにまったくもってふさわしくない、真っ白な城壁と城門が見えた。
 城壁の高さはおよそ30メートル。そして城門も重厚な石造りの両開き。そんな扉が見上げるような大きさで構えている。
 この国は大小様々な魔族がいるから、扉も最大規模の体格を持つ魔族に合わせたサイズなのだろう。
 その扉が大きく開き、しかしながらその入口は屈強な魔族が衛兵っぽく立ち並んでいるので、出入りは少ない。
 まさに堅固な要塞という感じだ。

 でもだ。この世界の魔族は基本的に身体能力が高く、“高速道路”を利用するぐらい遠くまで跳躍できる種族も多数いる。
 だからこの高い城壁と重厚な門は城の守りに役立てるためのものではない。
 かくゆう俺もこれぐらいの城壁なら軽く飛び越えられる。

 それに――この国は基本的に力が支配する弱肉強食の国だ。
 この門の中にいる魔族――そしてその魔族の頂点に君臨する国王などは、はっきり言って城門に守られるようなレベルの強さではない。
 城の中にはバレン将軍クラスの魔族がうようよしている。と表現すればわかりやすいだろう。この場所はそういう場所であり、大きな門や高い城壁などただの飾りだ。
 国王の権威を示すただの飾り。

 そして、衛兵っぽい魔族たちも城壁の高さは頼りにしておらず、魔力による感知能力や視覚によって城への侵入者を阻み――また俺たちのような正式な訪問者に対応するという職務に努めるだけだ。
 ほら、俺達の存在に気付くや否や衛兵の1体が門の守りを無視してこっちに跳んできた。

「これはこれはアルメ様。お久しぶりでございます」

 あっ、こいつもアルメさんの知り合いか?
 見た感じ4本腕のバイエルさんと同じ種族っぽいけど、すっごい笑顔で話しかけてきた。
 まぁアルメさんも俺が生まれる前は軍に勤めていたらしいし、知り合いがいてもおかしくはないか。

「えぇ、久しぶりね。我が主人エスパニ様の命により、その御子息タカーシ・ヨール様をお連れしてレバー・クーゼン大臣に面会しに来たのだけど」
「えぇ。お話は聞いております。部下に案内させましょう」
「そう。助かるわ」
「しかし今日は御前会議が長引いているとのこと。タカーシ様におかれましては前室でしばしお待ちいただくことになろうかと」
「あら、それは仕方ないわね」
「ご容赦を」

 こんな感じでアルメさんたちのやり取りが終わり、いざ城への侵入開始。俺たちは大きな門をくぐり、緑豊かな城の庭園へと進む。
 庭園は中世ヨーロッパ風で、様々な色の花が綺麗に咲き乱れる素敵な空間だ。
 もうさ。“魔族”ってなんなんだろうな。
 こう、よくわからない生物の骨が散らばっていたり、変な色のどろどろした液体がそこらじゅうに溜まってたり。
 それと、城に入るなり柄の悪い魔族が廊下の両サイドを埋めていて、中央を歩く俺を睨みつけたり、または舐め回すような視線で見てきたり。
 そういうおどろおどろしい雰囲気であるべきだと思うんだ。
 今さらだけど俺の持っていた“魔族”の概念がさらに崩れていくわ。

「くんくん……やはり手入れが行き届いてますね。タカーシ様? 綺麗な庭でしょう?」

 まぁ、花の香りかぐわしいこの空間は鼻の効くオオカミ族にとってなかなか楽しいエンターティメントのようだ。
 案内役の魔族がすたすたと足を進めているのに、アルメさんはそれを無視して立ち止まり、庭の木々に鼻を向けている。
 それに気づいた案内役が20メートルほど先で立ち止まり、面倒そうに俺たちを待っていた。

「アルメさん? わかったから、早くいきましょう。案内役の方が待っていますよ」
「くーん……そうですね」

 少し悔しそうな鳴き声を呟き、でもアルメさんは俺のいうことを聞いてくれた。
 2人で足を速め、案内役の魔族に追いついたところでアルメさんがその魔族に話しかけた。

「御前会議はバレン将軍も出席しているの?」
「いえ。今日の会議はラハト将軍が出席しておいでです。バレン将軍でしたら、軍の詰め所におられるかと」

 ラハト将軍?
 確かバーダー教官の親父さんだったような。
 将軍ってことはあのバーダー教官よりも強いってことだろうし、ミノタウロスのあの外見でバレン将軍級の強さとなると。
 うん。想像しただけで怖ぇよ。
 百歩譲ってバレン将軍は絶世の美女系だから見た目は怖くないけど、バーダー教官によく似た外見って時点で迫力満点だろ。
 でもさ。絶対に戦いたくはないけど、怖いもの見たさ程度の好奇心で一度バトルモードのラハト将軍と対面してみたい気もする。
 俺、ビビって腰が抜けたりすんのかな。

 と俺が頭の中でラハト将軍の外見を想像していると、ここで唐突にアルメさんが裏切りやがった。
 いや、裏切ったという言葉は間違いかもしれないけど、この時の俺にとっては間違いなく裏切り行為だ。

「じゃあ、私は先にバレン将軍のところに行ってこようかしら。タカーシ様? レバー大臣の執務室の前室まで、この魔族に連れて行ってもらってください。私も後で行きますから」

 おいおいおいおい!
 この城で俺を独りにするってか!?
 ちょっと待てよ!
 城に来るまで考え事してたから、城のマナーについてもなんにも聞いていないし、それをこれから聞こうとしてたんだって!
 俺がどっかのお偉いさんに無礼を働いたらどうすんだ? ヤバいって!
 それ以前にめっちゃ心細いからそういうのホントやめて! 俺を独りにしないで!

「え? アルメさ……!」

 しかしながら、俺が慌ててアルメさんに話しかけようとするわずかな間にも、アルメさんは案内役の魔族が頷くのを確認して「ふっ」って消えやがった。

「ではタカーシ様? 迷子にならないようにちゃんと付いてきて下さいね」
「え? あ? え? あ……はい」

 いや、俺一応心は大人だからこれぐらいじゃ泣かないけどさ。
 案内役の魔族も俺に優しく話しかけてくれたし、それはいいんだけど……。

「ではこちらでお待ち下さい。しばらくしたらレバー大臣が来られるでしょう」

 数分後、結局俺は1人のまま城内のとある部屋に案内され、その部屋の中心に置いてあった椅子に促された。
 もういいや。べ、別に怖くないし……。

「……」

 案内役の魔族が部屋を去り、俺は部屋を観察する。
 広さはおよそテニスコートぐらい。
 この城自体が例によって石造りなんだけど、この部屋はここに来るまで通ってきた城の廊下とは段違いのセレブさだ。
 石製の壁は綺麗な純白で統一され、窓から入る太陽の光を見事に反射させている。
 床も大理石なんじゃないかってぐらいぴっかぴかだし、俺が座っている椅子もふわふわもこもこで、この軽い体が深く沈み込んでしまうほどだ。
 あと壁には大小様々な絵が飾られており、その芸術品たちも高貴な雰囲気に輪をかけている。
 よし、座って待っているのもなんだから、絵画など眺めてみよう。

「よっこいしょ」

 俺はおっさんのような台詞とともに立ち上がり、壁に向かって歩き出した。
 その時、窓のガラスがコツコツと音を立てていることに気づく。

「ん?」

 音の発生源に顔を向けると、そこには仔馬のような魔族が窓の外からこちら側を覗いていた。
 いや、仔馬のような魔族というか……あれ、ユニコーンじゃね?

しおり