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邪神の悲恋

しつこい兵士たちをねこみみメイドが引っかいたりしながらけん制して俺たちは逃げ延びた。ようやく、森の中に落ち着いて、一休みすると、俺たちに付いてきてしまった天使がまたシクシクと泣き始めた。
「おいおい、神の代行とか言って俺をノリノリで始末しようとしてたくせに、逆にお仕置きされたらメソメソ泣くってのは、どうなんだ」
「本当は地上になんか来たくなかったし、こんな仕事したくなかったんです!」
「だったら、嫌だって断れば良かっただろ」
「神の命令は絶対なんです。逆らえません」
「たとえ嫌々でも、俺を本気で殺そうとしたことには変わりはない。そうだよな」
「え、はい、そうです・・・」
「いま、逆にここで俺に殺されても文句は言えないよな」
「え? こ、殺す?? 天使の私を」
「だから、殺そうとしたのはそっちが先だよな。だから、当然、俺にはお前を殺す権利があるよな」
「ひっ!」
「あの矢、痛かったぜ」
天使は怯えて思わず、近くにいたマント姿の吸血姫の後ろに隠れた。
「天使を殺したら、神罰が下りますからね」
「あの、マント引っ張らないでください」
吸血姫がフードの下から天使を冷淡に睨む。ねこみみメイドと淫魔将軍は睨みはしないが味方でもない。天使を助ける義理のある者は、ここにはいない。
「あ、あなたたち、天使を殺したら、どのような罪になるか分かってるんですか」
「悪いな、俺たちの神は邪神様だ、天使を殺しても罰せられるどころか、大喜びしてくれるんじゃないか?」
「ひっ、あ、あの、まさか本気で私を邪神の捧げものに?」
「うむ、これ以上にないくらいの捧げものになるかな」
「で、ですから、神の命で仕方なく・・・」
淫魔将軍が我慢できずに笑い出した。
「陛下、それぐらいで許してあげては。邪神様が、もしこの天使の命をご所望ならば、翼と一緒に奪ったはず。それをしなかったということは、わざと生かしておいて、天に帰れず地上を無様に這いずり回る様を見たかったからかと、それは陛下もお気づきのはず」
「お前もそう思うか」
「はい、陛下。ここで天使を殺しては邪神様のお楽しみを奪うことになるのではないかと」
「だよな、もし天使の魂が欲しいのならその翼と一緒にその身も引き裂くよな」
「ひ、引き裂く・・・」
「だから、それをしなかったということは、お前を殺したら、俺たちが邪神様にお仕置きされるということだ」
「では、本当にあなたたちは私には手を出さないんですね」
「ああ、今、天使を殺してどうなる? 下手をしたら、事態が余計にややこしくなるだけかもしれん。それよりも、生かしておいて、人間界の交渉のカードにするというのもアリだな」
天使の身柄を確保し、光の神殿のやつらに渡す代わりに勇者派遣をやめてもらうという交渉材料に使えるかもしれない。魔界の者にとって天使は崇拝の対象ではないが、人間どもには違うだろう。
「お前を人間たちに引き渡す代わりに魔界に勇者を送るのをやめてもらうよう申し出てみるか」
「勇者、何の話です?」
「人間界の人間が勇者を送り込んできて魔界が迷惑してるんだが、知らないのか?」
「それは、地上の人間が勝手にやっていることで・・・」
「お前ら聖剣とか与えてるだろ?」
「あれは助力を請われて、人間に手を貸しているだけで・・・」
「俺を殺しに天使のお前を派遣したのは?」
「地上の人間では手に余りそうなので、人間の助力に・・・」
「それだけ関与してれば、充分関係者じゃね?」
「で、ですから、私は、神に命令されただけで・・・」
「勇者のことなんて知らないって言うのか?」
「は、はい、申し訳ありませんが」
「だが、人間は、天使を崇めてるんだろ、生かしておいたら何かの役に立つよな」
「て、天使の私に何をさせるつもりですか?」
「エロいことなんてしないさ、ただ、人間相手の交渉のカードにはなってもらおうかなとは思ってる。それぐらいしか羽のない天使には価値がないだろ?」
「誰のせいで、こうなったと」
「恨むなら、地上にお前を送った神様だろ?」
「・・・・・・」
「とりあえず、魔王様。もう少し、あの川から離れましょう」
追手が来ないか聞き耳を立てているねこみみメイドが言う。
「ああ、そうだな、すこしおちついたところでメシにしよう」
矢の影響か、身体がまだだるい。ゆっくり休める場所を探すように俺たちは森の奥へと進んだ。
その遺跡は魔界の邪神様の神殿によく似ていた。魔界のあれも放置されていたが、割りと奇麗だった。しかし、こちらは何千年も誰も来なかったように風化して蔦が這っていた。だが、こちらは中の邪神像が健在だった。
「ひっ」
神殿の中を探索した時、その邪神像を見て天使が怯えた。
「そっくり・・・」
「やはりあれは、間違いなく邪神様だったようね」
ねこみみメイドと淫魔将軍が、その邪神像を見上げて確信していた。
邪神像はエロさを強調するように巨乳で、その衣装も、肩や胸元など肌の露出が多く、しかも美人だった。
「本当に、これにそっくりだったのか」
「はい、陛下」
「おれも、実物をしっかり見たかったな」
気絶してしまった自分が恨めしい。だが、俺が気絶するほど追い詰められなければ降臨されなかっただろうから、仕方ない。それにしても、羽をちぎられたのがよほどのトラウマになったのか天使の怯えようが尋常ではなかった。
「おい、おちつけ、これは、ただの銅像だぞ。天界の天使ってのは、そんな臆病者でも務まるのか」
「邪神とはいえ、元は天界の三大女神の一人だった方ですよ。この銅像を通して私たちを見ていたら、どうするんです・・・」
「三大女神、それは初耳だな。元は天界の女神のひとりで、他の女神に嫉妬され、異形の魔物や魔族とともに魔界に追放されたとは伝え聞いているが、三大女神と呼ばれていたなんて知らんな」
「それもそのはず、天界でも、邪神の追放については天界の醜聞として誰も触れたがりませんから」
「だから、三大女神だったことを隠すように邪神呼ばわりか?」
「それだけではありません、追放された本当の理由をご存知ですか?」
「俺たちが伝え聞いているのは、邪神様の美しさに嫉妬した他の女神により天界を追い出されたと。ま、確かに神が嫉妬で他の女神を追放したなんて十分醜聞だよな」
「いえ、正確には、邪神が主神の光の神に好意を抱き、光の神と邪神がともに惹かれ合い、すべての神の中心である光の神を独占するような邪神の行いを快く思わなかった他の女神が、醜い魔物や魔族を魔界に落す際に邪神も一緒に魔界に落したのです」
「まさか、人間界と魔界を分断したのは、邪神様を天界から追放するために」
「さぁ、人間界と魔界の分断が邪神追放のためだったのか、それを利用しただけなのかは神の下僕にすぎぬ天使の身では分かりません。ですが、これは天使である私が知っている事実です」
「なるほど、それが事実なら、どっちが邪神だよって話だな」
「ですが、邪神様は自分を追放した女神たちを恨んではいないのでしょうね」
「なぜ?」
淫魔将軍の言葉に俺は首を傾げた。そこまで分かるような話はしていないと思ったからだ。
「もし恨んでいるのなら、魔界で他人への嫉妬は禁忌となっていたはずです。邪神様は、どのような異形の者でも愛すお方、故に嫉妬に狂った他の女神もその嫉妬心を含めて今でも愛しているのでは」
「ふむ、ま、とりあえず、邪神様の過去についての詮索は置いといて、問題はこれから先の話だ。どうすれば、勇者派遣をやめてもらえるか,メシでも食いながら考えないか」
矢の痛みは残っていないが、疲労はあったので、俺はねこみみメイドに食事の用意をさせた。遺跡のように廃れているとはいえ、人間界で邪神様の神殿で食事できるとは、思わなかった。邪神の神殿ではなく、三大女神だった頃に彼女を崇拝する者が建て、邪神に落ちてから、邪神様の神殿に相応しいように改築したものかもしれないが、魔界の俺たちには落ち着く場所だった。

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