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天使ライルー襲来

賢者たちと大賢者は急いで氷の彫像と化した兵士たちの蘇生を始めた。
「しかし、良かったのですか、魔王様。やりすぎたのではありませんか」
「あ?」
戦が終わったと駆け寄ってきたねこみみメイドが言う。
「これで、ますます、人間たちは魔王様を恐れ、魔界打つべしと盛り上がるんじゃないですか」
「おいおい、魔王は怖くないからとわざと負けてやればよかったと?」
「いえ、そうは言いませんが」
「あの大賢者と大魔導師とかいう人間界の重鎮らしき者たちに、魔王やべぇと思わせた。これで魔界に勇者を送り続ける恐ろしさを理解できただろう。理解できる御仁だと俺は見ているが、間違っていると思うか」
「いえ、あの者たちが正しく魔王様の怖さを理解して、魔界と事を構えるのは愚かだと人間界にふれまわってくれれば良いのですが」
淫魔将軍が、忙しなく兵士たちを蘇生させている大賢者たちを見る。
「とにかく、行くぞ」
「え、もう行かれるのですか?」
「戦は、終わった、我らがここに残っていても邪魔であろう」
行く手を遮るものがなくなった王都への街道を進んだが、倒木で道がふさがれていた。
「せこい障害だな」
これで道を塞いだ気になっているのなら情けない。大魔導師に劣らない火球で吹っ飛ばして先に進む。
何泊か野営してそこそこ歩くと壊れた橋の前で兵士と言い争う農民たちに出会った。
どうやら、王都に続く橋を壊され、近くの農民が困っているらしい。壊した張本人である光の神殿の兵士たちに農民が文句を言っているようだ。
「どうあっても、王都にすんなり通してくれる気はないようだな」
兵士たちは農民の文句を無視して、追い払おうとしていた。
「たく、しょうがない」
俺は橋の下に降り、バッと一瞬で川を凍らせた。その川の上を滑らないようにゆっくりと歩く。
「おい、お前たち、なにをやってる」
橋にいた兵士が、川が急に凍り付きその上を歩いている俺たちに気づいた。
「何って、川を渡ってるんだが」
「渡るな! 何人もこの川を渡ってはならん」
兵士は喚くが、その凍った川を俺たちを真似て渡る者が出て来た。この川は生活のために渡らないと困るのだろう。収穫した野菜を籠一杯にして、農民たちが、そろりそろりと氷の上を歩く。だが、注意していても滑る者が出て、皆の笑いを誘った。
「止まれ、止まれと言ってるのが聞こえんのか」
兵士の怒鳴り声を無視する者は多く、当然、俺たちも無視して川を渡った。が。
「まさか、川を凍らせて渡るとはね」
その声は天から聞こえた。
俺たちの頭上に白い翼を背中に付けた頭に輪を持つ天使が呆れるように浮かんでいた。
「困るんだよね、邪神の飼い犬に人間界で大きな顔されると」
その手には黄金の弓矢が握られていた。つがえた矢が俺を狙っていると気付き、すぐに邪神様の鎧を身にまとった。いくら魔王の俺でも、神の下僕である天使の矢を食らって無事な自信はない。だいたい、魔王と天使が戦った記録はなく、邪神様の鎧でも防げるかどうか。
一本目の矢は俺を直接狙わず、足元の氷を狙った。矢が刺さった瞬間、魔法が無効化されて。バシャンと川に投げ出された。幸い、だいぶ渡り切っていたので、落ちたのは浅瀬だった。天使の矢には、俺の魔力を打ち消す力があるようだ。と、すぐに第二矢が神速で放たれた。それは邪神様の強固な鎧を貫き、俺の左肩に刺さった。その瞬間、今まで味わったことのない衝撃を感じた。邪神を崇拝する俺の力と天使の力が体内で激突したのか、バタンと俺は川の中に仰向けに倒れた。
身体が動かない、意識が遠のく。
「魔王様!」
「陛下!」
「動くな、不浄の者ら」
俺に駆け寄ろうとした淫魔将軍やねこみみメイドの方にも天使が矢を向ける。
「この天使ライルーが神の代行者として裁きを下す」
トドメを確実にするため天使は地上に近づいた。
「たく、天使まで出て来るとは、子供のケンカに親が出るようなものよね、なら、私が出てきても文句はないわよね」
「誰だ!」
その不意の声に天使がうろたえる。
黒い霧のようなものが邪神様の鎧から立ち上り、慌てた天使が,その霧を打った。
矢は霧を素通りしたが、次第に人の形になると、天使は、その影の額に狙いをつけて放った。だが、人の形になったそれが矢を安々とつかんで受け止めた。俺は、すべてを見ていられなかった。無様に天使の矢の痛みで気を失っていた。
川の水の冷たさで気が付き、慌てて起き上がった時は、もう終わっていた。背中の白い羽を引きちぎられた天使が河原でうずくまるように泣いていた。そのそばにいるねこみみメイドと淫魔将軍が、可哀そうにという顔で見ていた。千切れた白い羽根と折れた黄金の弓が、天使の近くに落ちていた。
俺はずぶ濡れのまま川から上がり、泣きじゃくる天使に近づいた。肩に刺さっていた矢もその傷も消えていた。だが、負傷したというけだるさはあった。
「なんだ、なにがあった」
「何があったかじゃない! あの邪神、私の大切な羽と弓をこんなにして、もう天界に帰れないじゃないか! だから、地上なんかに来たくなかっんだ。お前が、人間界に来るから、おまえさえ、人間界に来なければ・・・」
泣きながら羽のない天使が俺に文句を言う。
なんとなく察したが、淫魔将軍に尋ねた。
「邪神様が,降臨されたのか?」
「はい、それで、天使の羽と弓を」
「そうか、俺は邪神様に助けられたのか」
俺はなんとなくもったいないと思い、地面の天使の羽と弓をすぅと別空間に収納した。そして、槍を手にした兵士たちが俺たちを囲んだ。
「貴様ら、何者だ。今、何をした!」
天使が、邪神に仕置きされたなどと、理解できたのは魔界の俺たちだけのようで、人間界の兵士は翼をなくした天使にも槍を向けていた。
「お前ら、魔王一味か。妙な幻術で我らをたぶらかすつもりか!」
「わ、私は、こいつらの仲間じゃない」
天使が否定するが、兵士たちは、俺たちをまとめて捕えようとした。体調が万全なら、他の手も考えたが、天使の矢の効果か、頭がふらつくので、逃走を選択した。
「逃げるぞ」
ねこみみメイドに淫魔将軍も、とりあえず、撤退という俺の意志に従った。
そして、羽のない天使も兵士に追い立てられ。俺たちと一緒に逃げた。
「私は、魔王の仲間じゃないのにぃぃぃ」
そう天使はぼやきながら俺たちと逃げた。

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