バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

最終話 ハッピーエンドの未来の先へ

「ここが、スタート地点――」

「そう、僕と白雪さんの『物語』はここから始まったんだよ」

「でも、私はずっと、あのファミレスがスタート地点だと思っていました。私と響さんが初めて出会った、あの場所が」

「うん、僕も白雪さんに会いに行くまで、そうだと考えてた。でも、ちょっと違うなって。たぶん、あれはプロローグに過ぎないんじゃないかって。それに、僕の中で気持ちの変化を感じたキッカケになったのもここなんだ。きっと、白雪さんにとってもね」

 つい最近のことだったのに、やけに久し振りに感じる。ここは、僕と白雪さんが初めてデートをした場所。そう、あの公園だ。

 あの日、僕と白雪さんはたくさんのものを共有した。この公園で。だから、ここがスタート地点なんだ。少なくとも、僕にとっては。

「――そうかもしれません。それにしても、あの時と比べると景色が全然違いますね。当たり前ですよね。あの時は秋でしたから」

「そうだね。あの時はイチョウでいっぱいだったから。今は枯れすすきに変わった。でも、これはこれで綺麗だよね。黄金色で彩られた景色が」

 白雪さんは改めて景色を見渡す。そして、嬉しそうに目を細めた。やっと笑顔を見せてくれたね、白雪さん。やっぱり君には笑顔が一番似合っているよ。

「明るい昼間に見たかったです。もっともっと綺麗なんだろうなぁ」

 確かにそうだなと思った。結構大きな公園なのだから、ライトアップでもすればいいのに。だけれど、あちらこちらの街灯に照れされて、目に映る黄金色。それはそれで、とても綺麗で美しい。僕達は、またひとつ景色を共有できたんだ。

 正直、諦めていた。

 このような時間を一緒に過ごすことができる日は、もう来ないのだと。

 だけど、今は違う。僕は諦めない。絶対に白雪さんとの日常を取り戻す。そう決意して、ここまでやって来たのだから。

「じゃあ、あのベンチに座ろうか。色々と話したいこともあるし」

「はい、もちろんです! でもこうして、また響さんと一緒にお喋りできるだなんて思いませんでした。私のことなんか、すぐに忘れちゃうんだろうなって」

「忘れるわけがないじゃないか」

 ベンチに向かって歩きだす。その後ろを、白雪さんがとことこついてくる。そして、二人で腰を下ろした。肩を並べて。

「手紙、読んだよ」

 一言。そのたった一言で、白雪さんは顔を紅潮させた。

「あ、あ、いえ、あの……」

 白雪さんの動揺が伝わってきた。様々なものが入り交じる感情も。無理もない。悲しい別れの手紙ではあったけれど、あれは僕への告白だったのだから。

 だからこそ、僕は伝えなければならないんだ。

「て、手紙のことは、す、すみませんでした……」

「なんで謝るのさ。謝らなきゃいけないのは僕の方だよ。気付いてあげられなかった。ずっと悩んでいたことに。抱え込んでいた苦悩に。そして、僕に対する好意に。辛かったよね。本当に、ごめんね」

 白雪さんは頭《かぶり》を振った。

「響さんこそ、謝る必要なんてないです。私が弱かっただけです」

 それは違うよ、白雪さん。君は弱くなんかない。弱かったら、こうして話すこともできなかったはずだ。また逃げ出していたはずだ。

 強いんだよ、白雪さんは。

「あの手紙を読んで、初めて気付かされたんだ。僕が抱いていた、白雪さんへの感情に」

「響さんの抱いていた、私への感情……」

「そう。考えたら馬鹿みたいな話だよ。自分のことなのに、自分で気付けないなんてさ。いや、ちょっと違うか。自分の感情を理解出来なかった。それが正しいかな」

「あ、あの! 教えてください! 響さんが気付いた気持ちを! 抱いていた感情を! 傷付いてもいい。それでも、私は知りたいんです!」

「ありがとう、白雪さん」

 確かに、白雪さんは逃げ出した。現実から、逃避した。それでも、今はこうして、傷付くことを覚悟して、僕の気持ちを知ろうとしてくれている。

 それが、僕は嬉しかった。

「年の差なんて、僕は気にしない。いくら離れていようが、関係ないんだ。恋愛なんてしたことがない僕だけど、それだけはハッキリと言える」

 その言葉に、彼女はハッとする。僕は続けて言葉を紡いだ。

「別にいいじゃん、いくら年が離れていようが。そんなこと、些末な問題だよ。それよりも、自分の気持に嘘をついて、苦しんだり悲しんだりする方が問題だ」

 だからさ――

「だから、僕を好きでいてほしい。ずっと好きでいてほしい。白雪さんのいない毎日なんて、僕には耐えられないよ」

 言葉の力はやっぱりすごい。一瞬にして、白雪さんの目に光が差し込んだ。

「ほ、本当に、本当にいいんですか!? 響さんのこと、私、好きでいていいんですか!? 許してくれるんですか!? ずっと一緒にいていいんですか!?」

 愚問だよ。あまりにも。

「当たり前じゃん。だから僕はこれから白雪さんに伝えるよ。僕が白雪さんに抱いていた、感情も。気持も」

 これからその気持を伝えようとしているのに、何故だか全く緊張していない。だけれど、伝えるべきことの順序を頭の中で整理しようとしているのだけれど、これがなかなか。さすが恋愛未経験の二十七才だ。

 うん、難しく考えるのはやめよう。そのまま伝えればいい。

 僕が白雪さんに抱いていた、全てを。

「伝えます。僕、響正宗は、白雪麗という一人の女性に恋をしていました」

 ただでさえ大きな目を、彼女はより大きくした。

 そして、僕は続ける。言葉を紡ぎ続ける。

「白雪さんのことが好きです。大好きです。白雪さんの笑顔、優しさ、頑張り屋さんなところ、いつも一生懸命なところ。もう、それこそ全部。僕はそんな白雪さんに恋をしました。好きになってしまいました。白雪さんのことが好きで好きで、たまらなくなりました。今だから分かるし、今だから言える。僕達は両想いだったんだ」

「私のことが、好き……」

 独り言のように、小さくそう呟いた。そして、涙が溢れ、零れていく。街灯が、その涙を輝かせた。僕にはそれが、幻想的に、神秘的に映った。

「う、嬉しい……」

 口元を押さえながら、大粒の涙を流しながら、白雪さんは今の気持ちを伝えてくれた。一言。たった一言の短い言葉だけれど、僕にはしっかりと伝わった。

 白雪さんが大切にしまっておいた、僕に対する全てが。

「ふう。初めて女の子に告白したよ。難しいね。伝わったかな? 僕の気持ち」

 涙を拭うこともせず、言葉にすることもせず、何度も何度も頷いてくれた。

 一度離れた、僕と白雪さんの心。それが今、また繋がろうとしている。いや、最初から離れてはいなかったんだ。ただ、ちょっとだけ距離が遠くなっただけ。

 僕達はずっと繋がっていたんだ。

 僕はもう、二度と離さない。白雪さんの心を。

「そっか。白雪さん、本当にありがとうね」

 僕は着ていたダウンジャケットを脱いだ。そしてそれを、白雪さんの肩にそっと掛ける。僕の体温が残っているであろう、それを。

「え? な、なんで?」

「うん。きっと寒いんじゃないかと思ってさ」

「だ、駄目ですよ! そしたら響さんが風邪引いちゃうじゃないですか!」

「それは気にしないでいいよ、僕って意外と体が頑丈でさ。あんまり風邪とか引かないんだよね。それに、大好きな白雪さんが風邪を引いちゃうのが、一番悲しい」

 格好をつけているわけではない。もう何年も風邪なんか引いたことがないし、白雪さんが風邪を引いたら一番悲しいというのも、全てが事実だ。

「――ありがとうございます。じゃあせめて、半分こにしましょうよ」

「半分こ?」

 言って、白雪さんは僕の体にピッタリとくっつき、ダウンジャケットの半分を僕の肩に被せた。ひとつのダウンジャケットの中に、僕と白雪さんが一緒に入る。すごく、温かい。白雪さんの体温が。そして、優しさが。

「えへへ。これで二人共、寒くないですね」

 そして白雪さんは僕の胸に頭を埋め、手を回してギュッと抱き締めてくれた。だから僕も同じように、彼女を優しく抱き締め返す。

「響さんとこうするの、久し振りですね。デートした時以来かな。あの時私、すっごく嬉しくて、すっごく幸せだったんですよ?」

「あれ? デートじゃなくて、漫画の取材だったんじゃなかったんじゃありませんでしたっけ? 風花先生?」

「もーう、意地悪だなぁ。もう私の気持ちを知ってるくせに。取材なんてただの口実ですよ。私は単に、響さんとデートがしたかっただけです」

 良かった。彼女の言葉にいつもの元気が戻ってきた。元気で、優しくて、よく笑う。そんな白雪さんに、僕は恋をしたのだ。

「ねえ白雪さん。手紙では伝えてくれたけど、言葉にしてくれないかな? 僕に抱いてくれた『好き』って気持ちをさ」

 僕のお願い事を聞いて、温かで優しい微笑みを僕に贈ってくれた。

 今日はクリスマスイブ。白雪さんからもらった、最高のプレゼントだ。

「いいですよ、言ってあげます。何度でも。それにしても、響さんも結構わがままですね。女の子に対して、『それ』を言葉にしてくれだなんて」

「何言ってるんだ。わがまま姫程じゃないよ」

「いいえ、わがままですよ。でも、私も言葉にしたかったからちょうどいいです。だから言います。好きです! 大好きです!! 私は響さんのことがすーっごく、すーっごく大好きです!! 優しくて、真面目で、ちょっとエッチで変態の響さんに恋してます! これからも、ずっと、ずっと!!」

「あ、あのー、白雪さん? せっかく僕に対する気持ちを言ってもらったのに悪いんだけど、変態って。初めて言われたんだけど」

「えへ。意地悪したお返しです。ロリコンでおっぱい星人の変態さんです」

「ロリコンではないってば! 全力で否定するぞ!」

「あはは、おっぱい星人なのは否定しないんですね」

「う……それはもう忘れてよ」

 笑顔のままで、上目遣いで、白雪さんが僕を見る。いつ見ても可愛い笑顔だ。これからも毎日、僕は彼女を笑顔にする。絶対に!

「ねえ響さん。私、この前、出版社に原稿を持ち込みに行ったんです。そしたら担当者さんがついてくれたんですよ? ビックリしました。全部、響さんのおかげです」

 僕は瀬谷ちゃんから話は聞いているから知っているけれど、それは言わないでおこう。今は瀬谷ちゃんに任せたい。あの人なら、僕よりもずっと少女漫画のことを知り尽くしているし、腕も確かだから。

「すごいね。でも、僕のおかげなんかじゃないよ。白雪さんが頑張ったからだ。もしかしたらプロになれるかもね」

「えへへー。ありがとうございます。でも、響さんと一緒にお仕事をする、その夢は忘れてないですけどね。わがまま姫の夢を叶えてくださいね」

「そうだね、叶えるよ。だって僕達の夢だもんね」

「そうですよ。私と響さんが一緒に見て、一緒に追いかける夢です。大切な、本当に大切な夢ですから」

 日常が、戻りつつある。

 僕と白雪さんが一緒に過ごしてきた、あの日常が。

「あ、それと。その出版社の担当さんが私の原稿を預かってくれて。でもコピーは取ってあるから、今度読んでくれませんか?」

「もちろん、喜んで。なんてったって、僕は風花うららの編集者第一号だからね」

 本当はラストがどうなるのかも、聞いてるから知ってるんだけどね。白雪さんが望んでいた、本当のラストシーンを。

 できればそのラストシーンと同じようにしてあげたかったんだけどね。まあ、こりゃ無理だな。そこまで求めても仕方がない。

「響さんは最近どんな感じだったんですか?」

「僕の最近? あー、そりゃ酷いもので――ん?」

 僕の鼻先に、ポテッと何かが降ってきた。冷たくて、ひんやりしたものが。これって、もしかして――。

「あ! 響さん! 雪! 雪が降ってきましたよ!!」

「ゆ、雪!? う、嘘だろ!?」

 僕は空を見上げる。雪が、舞い散ってくる。
 信じられない。さっきまで、そんな雪空ではなかったはずなのに。

「すごい! すごいです響さん! 私が描いたラストシーンって、クリスマスイブの日に雪が降ってくるんです! ホワイトクリスマスです!」

 知っている。ラストシーンがホワイトクリスマスであることは。でも、まさかそんな……。駄目だ、言葉にできない。

 無理やりにでも言葉にするならば、まさに『奇跡』だ。

 よほど嬉しいのか、白雪さんはベンチから立ち上がり、両手を広げながらくるくると回ってはしゃいだ。僕には、それがダンスに見えた。幻想的で、夢幻的な。

 これはきっと、僕と白雪さんへの、天からのクリスマスプレゼントだ

 そんな白雪さんを見ながら、僕はズボンのポケットから《《それ》》を取り出した。このシチュエーションは、まさに彼女が描いたラストシーンだ。

「ねえ白雪さん、ちょっと来て。はしゃぎすぎだよ」

「はーい、戻ります。でも、そりゃはしゃいじゃいますよ。だってこのシーン、私が描いたラストと同じ――て、え!? そ、それって! え!? え!?」

 僕が取り出したのは、赤い小さなリングケース。それを開いて見せた。

「うん、婚約指輪。そういえば言ってたなあって。来年、十八才になったら結婚できるんだって。だけど、白雪さんはもう知っていると思うけど、僕ってこういうのよく分からなくて。だから気取らずに伝えるね。僕は白雪さんと結婚したい。一生、君といたい。人生の全てを共有したい。だからさ、白雪さんが高校を卒業したら、僕と結婚してほしい。受け取ってもらえる、かな?」

 僕なりの、精一杯のプロポーズ。

 きっと、白雪さんは嬉し涙を流しながら、喜んで受け取ってくれると思っていた。思っていたんだけれど、あれ?

「あははははっ! えー、嘘でしょ! もう、響さんったら」

 え? え? ここって感動的なシーンじゃないの? 嬉し涙を流すシーンじゃないの? なのに、なんで笑い涙なの? お腹を抱えて笑ってるし。

「あービックリしたぁ。まさか響さんからプロポーズされちゃうだなんて。しかもいきなりですよ? ねえねえ響さん、順序がバラバラですよ?」

「え? じゅ、順序?」

「そうです、順序です。普通は告白して、オーケーしてもらって、それで恋人としてお付き合いしてからじゃないですか。プロポーズって。私、好きとは言ってもらいましたけど、お付き合いしようとか言われてないんですけど」

「あ……ああ!! そ、そうだった!!」

 しまった。瀬谷ちゃんから、ラストシーンはホワイトクリスマスの中でプロポーズをすると教えてもらったから、それしか頭になかった。

「あははっ! あー、笑いすぎてお腹が痛い。色んなことすっ飛ばしてプロポーズしてくるなんて。でも、そこが響さんらしいんですけどね。そういうところが可愛くて、それで好きになっちゃったんですから」

 うう……順序は間違えるし、可愛いとか言われるし。ダサすぎるだろ、僕。

「じゃあ、私もすっ飛ばしちゃおうかな」

「え? すっ飛ばす?」

 言って、白雪さんはちょこんとベンチに座り直した。

「響さん、覚えてます? 初めてデートした時に採点したこと。それで私、言いましたよね? ひとつお願いを言いそびれちゃったって。ちょっとだけ後悔してるって」

「う、うん。覚えてる。そういえばあれ、結局なんだったの?」

「響さん、チューしましょ」

「え……ええ!? ちゅ、チューって、き、キスのことだよね?」

 僕の言葉を無視して、白雪さんは顔が見えないようにダウンジャケットを僕と自分の頭に被せた。真っ暗だけれど、彼女の吐息が顔のすぐ近くで感じる。

 そして――。

 僕の唇と、白雪さんの唇が合わさった。

 彼女の唇は、柔らかくて、熱くて、マシュマロのようだった。よく、キスはレモンの味がすると聞いていたけれど、僕にはよく分からない。

 だけど、これが白雪さんのキスの味なのだと、初めて知ることができた。

 そして、被っていたダウンジャケットを一度取ってから、白雪さんは、ゆっくりと唇を離す。そこでちょうど、僕が限界を迎えた。

 息継ぎの。

「ぷはぁーー!! ち、窒息するかと思った」

「え? 響さん? もしかして、チューしてる時に息止めてたんですか?」

「う、うん。キスするの初めてだから、よく分からなくて」

「あはは! もーう。初めてのチューで息を止めるのは女の子の方ですよ? 恋愛漫画のお決まりじゃないですか。なのに響さんが息を止めちゃうなんて。いくら初めてのチューでも、あり得ないですよ。せっかく良い雰囲気だったのに台無しです」

 か、返す言葉がない。なんか、すごく恥ずかしいんですけど。

「あのー、白雪さん? 僕のプロポーズの返事は?」

「はい。その婚約指輪、私が高校を卒業する時にまた渡してください。大事にしまっておいてくださいね。なくしたら私、泣きますよ?」

「え、じゃあそれって」

「言わなくても分かりますよね? それよりも――」

 白雪さんはベンチから立ち上がり、僕に顔を近付けた。さっきは気付かなかったけれど、彼女の髪からシャンプーの良い香りがする。

「響さん、私にちゃんと言ってください。付き合ってくださいって」

 か、完全にイニシアチブを取られてしまった。情けない男だなあ。

「ねえねえ、早くー。早く言ってくださいよ響さん」

「わ、分かったよ。ちゃんと言うから」

 改めて言われると、緊張してきた。でも『好き』だとは言った。プロポーズまでした。ここで緊張するのも変な話だ。

 だから言う。言葉にする。そう、こうなったら勢いで!

「す、好きです、白雪さん! 大好きです! よかったら、ぼ、僕と、お、お付き合いしてもらえませんか?」

 我ながら思う。ぎこちなさすぎだろ!

 しかも、白雪さんはにまっと笑い、「どうしよっかなー」と迷った振りをした。ええ!? こ、ここでそんなこと言うの!?

「嘘ですよ。ちょっと意地悪したくなっただけです」

「そんな意地悪しないでよ……」

 そして白雪さんは一度、「こほん」と咳払い。そして、僕の目を真っ直ぐに見つめながら、告白の返事をくれた。

「はい! もちろんです! 私とお付き合いしてください! だって断る理由なんてないじゃないですか。私達は両想いなんですよ? 響さんと恋人同士になれるんです!! もう嬉しくて嬉しくて、どうしようもないです!!」

 言って、白雪さんは僕の手を握り締めた。
 二度と離すことがないように、ギュッと。

「それじゃあ一緒に帰りましょうか、政宗さん」

 振り返った時の、白雪さんの笑顔。それは今までとは違っていた。
 恋人に向ける、愛に満ち溢れた、そんな笑顔だった。

「えへへー、恋人になれちゃったー。うっれしいなあ、うっれしいなー」

「ちょ! 白雪さん! 今はスキップ駄目! 積もってきてるんだから雪で滑ったら危ないじゃないか!」

「いいじゃないですか、滑ったら滑ったで。それよりも、私のことをこれからは『麗』って呼んでくださいよ。はい、さんはい!」

 さ、さんはいって……。

「ほら、早く言ってください。さんはい!」

「わ、分かった! 分かったから焦らさないで!」

 僕は深呼吸をした。何度も何度も。少しでも落ち着かないと。

「え、えーと、う、麗さん」

「はーい。合格です、政宗さん! えへへー。初めて下の名前で呼んでもらっちゃった。あー、嬉しすぎます。さあ、早く帰りましょう!」

「そうだね、一緒に帰ろう。でも、どうしてそんなに急いでるの?」

「コタツです! 早く正宗さんの部屋のコタツでぬくぬくしたいです!」

「コタツかよ!」

 でも、白雪さんらしいな。いつだって一直線だ。

 いいよ、いくらでもぬくぬくしてよ。ぬくぬくしながら、たくさん話そう。たくさんお喋りをしよう。積もる話もいっぱいあるし。

 それで、明日の計画を立てようじゃないか。
 だって、明日はクリスマスだ。一緒にデートをしよう。場所を決めよう。一緒に手を繋いで歩こう。その計画を一緒に考えるんだ。

 恋人同士として、初めてのデートをしようじゃないか。


 ――こうして、僕と白雪さんの『物語』は一応の完結を見せた。だけれど、まだまだ続いていく。僕達のまだ見ぬ『物語』。言い換えるならば、『未来』。

 でも、知っている。明るい未来が待っていることを。

 もちろん、僕と白雪さんがこれから向かう先も。

 どこに向かうのかって? 決まっているじゃないか。

 ハッピーエンドの未来の先。そして、その向こう側だ――。


『漫画家になりたい白雪さんと僕
 〜ダメ社会人と、夢を追いかける少女のラブコメ〜』

 END

しおり