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第20話 白雪さんはデートがしたい【3】

 公園に着いた僕と白雪さんは肩を並べ、真っ直ぐ伸びるイチョウ並木を歩く。同じ景色を見ながら。共有しながら。そして、二人で手を繋ぎながら。そのせいだろうか。まるで、心まで共有している気がする。僕達は今、手を繋ぐことで、心も繋いでいるんだ。

 ふと、空を見上げる。青く澄んだ天高い秋の空が視界いっぱいに広がった。

「どう、白雪さん? 初めて手を繋ぎながら一緒に歩いてみた感想は」

「な、なんかですね。照れちゃうし、さっきから顔が熱くて。そのせいで頭はポーッとしてるんですけど、でも心はウキウキしていて。そんな不思議な感じです」

 はにかみながら嬉しそうに、照れくさそうに、感想を述べてくれた。先程から彼女の頬は赤に染まっている。それは、僕も同じだ。

「それって、心がぴょんぴょんするんじゃー、みたいな?」

「そう、それ! そんな感じです! 心がぴょんぴょん! でも響さん、それってなんですか? どこかで聞いたようなフレーズなんですけど」

 なるほど、今の女子高生ってあの作品を知らないのか。ジェネレーションギャップを感じる。でもそうなんだ。白雪さんは今、心がぴょんぴょんするんじゃぁ~、という感じなんだ。なんだか嬉しいな。

「と言いますか、響さん。私にだけ感想訊くのはズルいですよ。響さんにとっても初めてのデートなんですから。ぜひ感想を教えてください」

「えー、なんか言うの恥ずかしいんだけど」

「ダメです。これは取材です。さあ、お答えください響さん」

 まさかの逆質問。白雪リポーターの取材が始まった。

「さあ、どうなんですか響さん? 私と一緒に手を繋いでデートしてみて、今どんな感じですか? 嬉しいですか? 楽しいですか? 幸せですか?」

 空いた左手にマイクを持った振りをして、それを白雪リポーターは僕に向けてきた。感想か。端的に言うと、嬉しいし、楽しいし、そして幸せだ。

 でも、それを言葉にするのは、やっぱり恥ずかしい。なので僕も白雪リポーターに乗っかることにした。

「あー、こほん。では、ご質問にお答えしましょう」

「はい、どうぞ。正直な気持ちを教えてください」

「えー、私、響政宗は本日、白雪麗さんと人生初めてのデートを経験させてもらいました。その感想なのですが」

「あはは、響さんまで。普通に答えてくれていいのに」

 可笑しそうに笑ってくれた白雪さんに、僕は感じたままを伝える。

「白雪さんの繋いだ手から、優しさが伝わってきました。今の僕は幸せな気持ちで満たされています。初めてのデートが君で本当に良かったと心から思います。僕の青春が今、二十七才にしてようやく始まったという感じです」

「響さん……」

「手を繋ぐことがこんなにも胸を高鳴らせるものだと、幸せを感じられるものだと、僕は知りませんでした。それを教えてくれた白雪さんに感謝します。って、固い感じになっちゃったけど、まあ簡単に言うとだね、こんなに可愛い白雪さんとデートができて、僕は本当に楽しくて」

 恥ずかしさもあってインタビュー形式で答えたけれど、これが僕の正直な気持ちだった。僕の青春がようやく始まった、そんな嬉しい勘違いをさせてもらえた。学生時代のくすんだ青春の嫌な思い出が吹き飛んだような気がした。

 失った青春は取り戻せる。いつからだってやり直せる。
 そう、感じさせてもらえたんだ。

「ご、ご回答、ありがとうございます」

 僕の返事を聞いて、白雪さんは耳まで真っ赤になった。そして、繋いでいた手をギュッと強く握り直し、「私も」と呟いた。

「私も、響さんが最初のお相手で本当に良かったと思っています。響さんは青春を取り戻したって言ってくれましたけど、私の青春も今、始まったという感じです。初めての感情だからなんて説明したらいいのかわからないけど、でも、今まで感じたことがないくらい胸がドキドキしてます」

 白雪さんは続けた。僕の顔を真っ直ぐに見つめたまま。

「この感情に、名前はあるのでしょうか」

「名前?」

「そう、名前です。手を繋いで、同じ景色を見ながら一緒に歩いて、それで胸がすごくドキドキして。この感情に名前はあるのかなって思って」

 白雪さんの純粋で真っ直ぐな疑問。僕はその答えを知っていた。でも、それを口にすることができなかった。言葉にすることができなかった。言葉にしたら、きっと、僕と白雪さんが後戻りできない関係になってしまう気がしたから。

 やはり、僕は情けないヘタレ野郎だ。

「うーん。じゃあさ、その疑問をネームにぶつけてみたらどうかな」

「ネームに、ですか?」

「そう、ネームに。白雪さんが感じた疑問の答えを漫画の中で描いてみたらいいと思う。感じた想いをキャラクターに、同じように抱かせればいい。そうしたら、きっと、自然と答えは見つかると思う」

「キャラクターに、私の気持ちを代弁してもらうってことですか?」

「そうだね、そういうこと。漫画は自分の鏡でもあるから」

「自分の、鏡」

 ピタリ、と白雪さんは足を止めた。

 そして眉をひそめながら何かを考える。難しい顔をして何かを思い描いている。僕は彼女の頭の中を覗いてみたいと思ってしまった。白雪さんが今、何を考え、何を感じ、何を想うのか。それが知りたくて、知りたくて、たまらなくなった。

「どうしたの、白雪さん? 急に考え込んじゃって」

「あ、すみません。響さんのお話を聞いて、描きたい漫画の内容が思い浮かんできて。それで頭の中をまとめていました」

「おお、すごい。取材、大成功じゃん」

「大成功、ですね」

 でも――そう言って白雪さんは続けた。

「まだ全然足りないです。もっともっと、私に色んなことを感じさせてください。今日一日、響さんは私の恋人です。恋人じゃないとできないこと、経験できないこと、たくさんあるはずなんです。それを、響さんと一緒に見つけたいんです」

 言って、白雪さんは綺麗な瞳で僕を見つめる。この瞳の先に、僕は一体どのように映っているのだろうか。年の離れたオジサンだろうか。元漫画の編集者だろうか。それとも、また別の関係性だろうか。

「全然足りないだなんて、白雪さんは本当に貪欲だなあ。いや、欲しがり屋さんって言った方がいいのかな?」

「えー、なんでそんな意地悪なこと言うんですかー? じゃあこの繋いだ手、離しちゃいますよ? 良いんですか? 女子高生と一緒に手を繋いで歩くなんて、響さんにはもう一生ないかもしれませんよ?」

「はは、まあそうだね。もう二度とこんな体験できないかもね」

「そうですよー。あ、でも、響さんはあともう少しで魔法使いになれちゃうんでした。だから大丈夫かもしれませんね。あはは」

「ならないってば! それは絶対に回避してみせる!」

「えへへ、それはどうでしょうねー」

 悪戯な笑みを浮かべる白雪さんだけれど、僕はそれはそれで嬉しかった。初めて見る、白雪さんの一面。それに、彼女とこんな会話をできるまでになったことも。

 ポッカリと空いた、僕の心。白雪さんは少しずつ、その心の中を埋めてくれる。でも、もっともっと埋めてほしいな。

 欲しがり屋さんは、僕の方なのかもしれない。


 『第20話 白雪さんはデートがしたい【3】』
 終わり

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