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第19話 白雪さんはデートがしたい【2】

 真っ直ぐ伸びる、公園のイチョウ並木。秋の香りが鼻腔いっぱいに広がる。僕は肺いっぱいに深く息を吸い込んだ。秋の香り。

 もう少しで寒い冬がやってくる。そうしたら、この景色も当分見られなくなるのだ。そう思うと、ちょっとの寂しさを覚える。

「響さん、公園に着きましたよ」

「そ、そうだね。うん、着いちゃったね」

 隣でコートの袖をギュッと掴んだまま、白雪さんはちょっと上目遣いで僕を見る。ど、どうしよう。公園に着いたんだ、手を繋がなければ。でも、こんなにも可愛い女の子の手を握るとか、考えただけで緊張してしまう。

 そのせいで、僕の手のひらは手汗で湿っている。手を繋ぐ前に、しっかりとハンカチで汗を拭わなければ。緊張しているのがバレてしまう。

「どうしたんですか、響さん? さっきから様子が変ですよ?」

「ソ、ソンナコトナイデスヨ?」

 さすがに緊張しすぎだ。喋り方が片言、またはロボットの用になってしまっている。しかも、ちょっと挙動不審気味だし。このままでは手を繋ぐどころかデート自体することが出来ない。取材の名目であっても、白雪さんにとって初めてのデートだ。僕がそれを壊すわけにはいかない。

 緊張が顔にも出ていたのかもしれない。白雪さんは僕の顔を見ると、途端に不安そうにして顔を曇らせた。

「……もしかして響さん、私と手を繋いで一緒に公園を歩くのが嫌になっちゃいました? デート嫌になっちゃいました? だったらハッキリ言ってください。そしたら私、我慢しますから」

「ち、違う! 違うよ、そうじゃないんだ!」

 白雪さんは僕が手を繋ぐのを嫌がっているのだと本気で思ったらしく、さっきまでの太陽みたいな笑顔が陰りを見せ、しゅんとしてしまった。ここまで寂しそうに、そして悲しそうにしている彼女を初めて見た。

 このままでは駄目だ。きっと、白雪さんは今日のデートを楽しみにしていたはずだ。それなのに、僕のつまらない見栄のせいで落ち込ませてしまった。最低な男だな。さすがに罪悪感を感じてしまう。

 もういい。いい加減に男を見せろ、響政宗。

「し、白雪さん……」

「……なんですか、響さん」

 元気を失ってしまった彼女に、僕は右手を差し出した。それを見て、白雪さんは目を輝かせる。そして笑顔の花を咲かせた。僕はこの笑顔が好きなんだ。今の季節に不釣り合いかもしれないけれど、まるで向日葵のような笑顔が。

「手、繋がせてもらえるんですか?」

 照れくさくて、白雪さんの顔を見られずにそのままコクリとだけ頷く。今の僕にはそれが精一杯だった。

「えと、じ、じゃあお言葉に甘えて。今から、て、手を繋がせていただきます。い、いきますよ響さん。手、繋いじゃいますよ」

「……どーんと来いだ」

「し、失礼します!」

 白雪さんの手が、かすかに震えている。その手が僕の手をふわりと包んだ。彼女の手はとても柔らかく、小さくて、細くて。そして、彼女の体温を感じる。

 僕の鼓動は大きく跳ねて、そのまま水色に澄んだ高い秋空のてっぺんまで届いてしまいそうだった。しかも、ちょっと想定外。僕の指に指を絡ませてきたのだ。こ、恋人繋ぎ!? だ、駄目だ……僕の心臓は限界点に達しようとしている。

「えへへ。やっぱり、ど、ドキドキしますね」

「……だね」

「あの、て、手の繋ぎ方ってこんな感じでいいんですかね」

「う、うん。いいんじゃないのかな。あ、あ、合ってると思うよ?」

 チラリと、白雪さんの顔を見やる。頬は朱に染まり、秋の風景の中に溶け込んでいた。不思議と、いつもよりも美しく、そして可愛く見える。

「い、いいんじゃないのかなって、響さん、それじゃ漫画の取材にならないですよ。もっと色々教えてくださいよ」

 白雪さんの言う通りだ。このままでは取材にならない。それに、これ以上隠して、そして誤魔化していては駄目だ。彼女に対して失礼すぎる。

 言おう、正直に。

「い、いや、教えてあげたいのはやまやまなんだ。じ、実はね白雪さん。僕も女の子と手を繋ぐのは生まれて初めてなんだ。だから、よく分からなくて……」

「え!? 初めて!? 響さんが!?」

「黙ってて本当にごめんなさい……」

「えーと、響さんって確かもう二十七才ですよね? あの、失礼ですけど、手を繋いだことがないってことは、デートの経験も?」

「……はい、ありません」

 白雪さんがしらーっとした目で僕を見る。そんな目で見ないで! 走って逃げ出したくなっちゃう!

「もしかして、響さんってどうて――」

「ストーップ! ストップ、白雪さん! それ以上言わないで!」

 全力で白雪さんを制止。これ以上ダメージを受けたら耐えられる自信がない。

「ふふ、うふふふ」

 え? 何故? 白雪さんがおかしそうに笑っている。僕はてっきり怒られるものだとばかり思っていたのだけれど。

「なーんだ、そうなんですね。どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか」

「……ごめん。この年齢でデートしたことがないって、恥ずかしくて言えなくて。やっぱり引いた?」

 すると、白雪さんは大きくかぶりを振った。

「全然引きません。むしろ、ちょっと嬉しいくらいです」

「嬉しい? どうして? こんなオジサンがデートもしたことないなんて、女性からしたら気持ち悪いんじゃないの?」

「いいえ、全く気にならないです。それよりも、響さんと一緒に『初めて』を経験できることが嬉しいんです」

 そして白雪さんは「えへへ」と頬を緩めて笑った。その笑顔はとても眩しく、僕の心を照らし、そして温めてくれた。

 「それじゃ響さん。これはお互いにとって人生初めてのデート、ということで。あ、響さんは今日一日、私の恋人ですからね。色々わがまま言っちゃうと思いますけど許してください。それで、私をたくさん甘やかしてくださいね」

 そう言って、白雪さんは繋いだ手をもう一度、ギュッと握り直す。いつの間にか、僕の緊張は解けていた。

 白雪さんの笑顔、そして言葉。それはまさに魔法だった。

「あ、そういえば。あの、響さん。このままあと三年したら魔法使いになれるみたいですよ? あはは、良かったですね」

「ぜーんぜん良くないから!」

 繋いだ手は、僕と白雪さんの心まで繋いでくれた。

 僕は改めてイチョウ並木を見上げる。さっきよりもずっと色濃く目に映り、景色により鮮明に色がついたような、世界が塗り直されたような、そんな感じがした。


 『第19話 白雪さんはデートがしたい【2】』
 終わり

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