第18話 白雪さんはデートがしたい【1】
翌日。つまりは日曜日。
今日は白雪さんと一緒にデート――もとい、デートの取材日である。でも僕にとっては女性との初デートになるわけで。否が応でも意識してしまう。
「うーん、デートってどんな服を着ていけばいいんだろう……」
そろそろ家を出なければいけない時間なのだけれど、デートに着ていく服を決めきれずにスタンドミラーの前で何回も着替え、チェックをしてる。いつも着ているヨレヨレの服だと白雪さんに恥をかかせてしまいそうだし。かと言って、僕が持っているフォーマルな服なんてスーツくらいしかない。
「もういいか、これで。あまり着飾っても逆に変だろうし」
ということで、本日の服装が決定。薄手のニットにカーキ色の秋物のトレンチコート。よし、これで行こう。
……二十七才にもなって勝負服のひとつも持っていないって、終わってるな僕。
ん? いやいやいや、ちょっと待て。勝負服ってなんぞ? 僕はただ、白雪さんの漫画の取材に付き合うだけじゃないか。本当のデートじゃないんだから勝負も何もないじゃないか。何を勘違いしているんだ、響政宗よ。
「とはいえ、僕にとって人生初のデートだしなあ」
まあ、それは白雪さんも同じなんだけど。……同じなのかな? そういえば深く訊いたことがなかった。本当はデート経験が豊富だったりするんじゃないのかな。だってあれだけ可愛かったら誰かしらから誘われたこともあるはずだ。恥ずかしいから本当の事を隠しているだけだという可能性も否定できない。
でも、白雪さんの言葉を信じよう。デート未経験であることを。それにしても、取材という名目ではあるけれど、十七才と二十七才のデートか。どういう展開になるのかさっぱり見当がつかない。
「あ、ヤバい。さすがにもう行かなきゃ間に合わないや」
ちなみに今日のデートは白雪さんたってのお願いにより、駅前での待ち合わせからスタートということになっている。
僕の家からそのまま直接公園に行けばいいじゃん? と、僕は言ったのだけど、そしたら白雪さんは「デートは待ち合わせから始まってるんですよ!」と言って譲らなかった。そういうものなのか。乙女心が分からない。
「まあいい。今更気にしたって意味ないや。とにかく、今日は白雪さんにたくさんのことを経験してもらって、そして漫画の糧にしてもらおう。それが今日の、担当編集としての僕の役目だ」
グッと右手に力を込めて気合を入れ直す。うん、頑張るぞ! 僕は玄関に向かい、靴を履く。が、しかし、右足と左足、別々の靴下を履いていることに気が付いた。
……だいぶ緊張してるな、僕。こんな状態で、ちゃんと彼女に『デート』というものを経験させてあげられるのだろうか。
* * *
指定された待ち合わせ場所は、駅前の時計台の前。そこに、僕は五分遅れで到着した。デートで遅刻とか、それって最低な奴なのでは?
「あ、いたいた。白雪さんだ」
すでに白雪さんは時計台の前にいた。美少女の雰囲気をまといにまとって。チェック柄のキャミワンピース姿だった。いつも私服はパンツ派の彼女がスカートを履くのは珍しい。いつもよりもさらに可愛く見える。僕とは雲泥の差だな。
「あ! 響さん!」
白雪さんも僕に気付いたようで、こちらに向かって大きく手を振っている。遅刻したから怒られるかも、なんて思っていたのだけれど、彼女は秋晴れにも負けないくらい眩しい笑みで僕を迎えてくれた。
「ごめんね白雪さん、ちょっと遅くなっちゃった。待ったでしょ?」
「もーう、初めてのデートで遅刻とか駄目じゃないですか。と、いうのは冗談です。全然気にしないでください、大丈夫ですよ。待ち時間もデートの内ってよく言うじゃないですか。だから待ってる間も、私はすごく楽しかったです」
言って、白雪さんはにまっと笑顔。なんて無垢で純真な笑顔なんだ。この笑顔を絶やすことなく、真っ直ぐすくすくと成長してもらいたいものだね。皆川さんみたいにダークサイドに落ちるんじゃないぞ!
「じゃあ行こうか白雪さん」
「はい、今日は一日よろしくお願いします。あ、あの、手、どうします? もうここで繋いじゃった方がいいですか?」
「え!? 手!? 手を繋ぐの!?」
「デートですよ? 当たり前じゃないですか」
平然と言ってのける白雪さんだけれど、ほんのりと顔が赤い。やっぱり今までデートをしたことがないというのは本当だったみたいだ。
「ん? ちょっと待てよ?」
「どうしました、響さん?」
「あ、いや、なんでもないよ。気にしないでね」
つい声に出してしまったけれど、今更ながら気が付いた。僕もデートの経験がないということを伝えていないことに。どうしよう、正直に言うべきだろうか。
「響さんは今までたくさんデートを経験してきたはずですから、今日は色々教えてくださいね。よろしくお願いします」
一礼をして、それからにまっと笑顔になる白雪さん。なんて屈託のない笑顔なんだ。ヤバい、言いづらい。本当は僕もデート未経験だということを。
「え、えーとね、白雪さん。実は僕も……」
「僕も、なんですか?」
「あ、いや、なんでもないよ。本当になんでもないから」
駄目だ、い、言えない……。
「そうですか、じゃあ気にしないようにしますね。あ、見てください響さん。アチラのカップルさん、手を繋いですごく幸せそうですよ。いいなあ」
アチラと言った方向を見やると、大学生らしき初々しいカップルが手を繋ぎ、ラブラブな雰囲気を醸し出しながら会話をしていた。このリア充が! 僕だって学生の頃にそんな青春を過ごしたかったよ!
「そ、そうだね、幸せそうだね。きっと上級者なんだよ」
「上級者、ですか? どういうところが上級者なんですか? なんとなく、すごく初々しく見えるんですけど」
「な、なんとなーく。そんな感じかなって」
ごめん、白雪さん! だぶん君が正解! アチラのカップルさん、絶対に上級者なんかじゃない。それくらい僕にだって分かる。分かるんだけど、なんだか僕の方がドキドキしてきて、手を繋ぐのを先延ばしにしているだけなんだ。
というか、デートのいろはが分からないんだよぉ!!!!
「そ、それじゃあどうしましょうか? 私は勝手に、この待ち合わせ場所から手を繋いで行こうと考えていたんですけど」
「え、えーと、ま、まだいいんじゃないかな。とりあえず、公園に着いてから一緒に手を繋ごう。デートってそういうものだよ……たぶん」
我ながら思う。意気地がなさすぎる。せっかく白雪さんが手を繋ごうと言ってくれたというのに……。本当に情けない。
「じゃ、じゃあ、せめて。こんなのどうでしょうか?」
そう言って、白雪さんは僕のコートの袖をギュッと掴んだ。それだけで彼女の頬は朱に染まった。地面に落ちた楓の葉の色と同じように。
「こ、こんな感じで公園まで一緒に歩いて行くのはどうでしょう?」
「い、いいんじゃないかな。うん、いいと思う」
ヘタレだ。全くもって、ヘタレ。あまりに情けない二十七才。情けないを通り越して自分自身に呆れてきてしまったよ。
「こ、これだけなのに、それでも恥ずかしいですね。えへへ」
照れに照れて、頬を赤らめる。照れ笑い。僕も全く同じだ。コートの袖を掴まれただけなのに、それだけでドキドキする。公園に到着したら、この白雪さんと手を繋ぐことになるというのに。
チラリと、コートの袖を掴む彼女の手を見やる。小さくて、細くて、華奢で、真っ白な指。すっかり見慣れているはずなのに、いつもとは全く違う感覚を覚えた。
「じゃ、じゃあ響さん。取材開始ってことで」
「そ、そうだね。い、いいい、行こうか、公園に」
完全にキョドってるし、僕。
だけど、不思議だ。白雪さんと二人で一緒に歩くだけで、今日の僕の胸の中は幸せな気持ちでいっぱいになった。幸福感で満たされる。
そして、僕達は歩きだす。
ふと、空を見上げる。僕達を応援するかのように、太陽の光が優しく照らしてくれている。そう、感じたんだ。
『第18話 白雪さんはデートがしたい【1】』
終わり