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大根役者

 仕事に取り掛かった俺はまず、情報を集めた。
自分でも集めたし、情報屋の爺さんから買いもした。

この時点でプラマイマイナス。
本当に割に合わない仕事を引き受けた。

まぁ一度引き受けたからにはちゃんと最後までやるしかない。

俺はノリで依頼を引き受けた過去の自分に悪態をつきながらも調査を進めた。

分かったことは、相手は小規模な犯罪組織であるということ、お姫様が囚われている場所、その場所の周辺の建物とかそんな感じだ。

どうやら相手は素人の犯罪集団らしいので、これだけ情報があれば充分だと判断した。

依頼を受けてからここまでの作業を一時間で済ませた。

人質の救出系の依頼は悠長にできないため、慎重に進めつつも大胆に動くことが大事だ。

あんまり待たせても可哀想だから、さっそく助けに行くか。
ということで、俺は相棒の銃を持ってお姫様を助けに向かった。

俺は今情報屋にいて、現場はここから馬車で30分もあれば到着できる位置にある。
今は20時くらい。

まぁ闇夜に乗じて逃げることを考えたらちょうどいいくらいの時間帯かな、とか考えながら現場に向かった。


 現場の近くに着いたのは大体20時半くらい。
俺はすぐに突入するわけではなく、まずは周辺の確認をした。

お姫様が囚われているのは、明らかに普段は人が住んでいない二階建ての一軒家だった。

庭の荒れ具合を見るに、もう何年も空き家だったのだろう。
適当に見つけた空き家を臨時のアジトに選んだんだろうな。

そしてこの家の周囲には、あまり建物がない。
隣の家同士も30メートルくらい離れている。

俺や情報屋が暮らしているあの町に比べると、かなり田舎だった。
住宅街でもないし、最悪銃をぶっ放しても大丈夫だろう。
そんなことにならないのが一番だけど。

ここへはタクシー馬車で来て、馭者(ぎょしゃ)には
「ちょっとした用事を済ませたら戻ってくるから待っててくれ」
と言って待機してもらってる。

お姫様を掻っ攫った後に相手の犯罪集団から逃げ切れるかは、馭者の腕にかかっている。

そうとも知らずに人の良さそうな馭者は、
「あいよ。戻った時にあっしが寝てたら叩き起こしておくんなせぇ」
と訛りの酷い言葉で呑気に送り出してくれた。

問題の一軒家の外には一人の見張りが突っ立っていた。
玄関に寄りかかって眠そうにあくびをしている。

その見張りに感づかれないように、慎重に家に近づいた。

道路に面する家の正面には、障害物が植え込みしかない。
隠れて近づくのには限界がある。

だから俺は家の裏に回り込み、裏口から侵入することにした。
流石に裏口がないってことはないだろう。

家の周りは木の柵で囲われていたので、それを飛び越え、好き勝手に草が生え散らかしている庭を抜けて、家の裏に回った。

案の定裏口はあって、見張りはいなかった。

不用心だなぁと思いつつ近づき、中の様子を窺うためにドアにピッタリと耳をつけた。
男たちの話し声が聞こえてくる。

「暇だな。ってか本当に上手く行くのか? 俺、不安になってきたんだけど」

「さあな。まぁ可愛い自分の娘を攫われて黙っているような奴はいないだろ。それに相手はクソ金持ちだ。要求した金額くらい余裕で出せるだろうし、多分大丈夫だろ」

「そんなことを心配してんじゃねぇよ! 金を受け取った後、自警団の奴らに捕まったりしねぇのか心配なんだよ」
「んー……」

「俺たちって下っ端なわけじゃん。上の人たちも俺たちのことなんか絶対守ってくれないって。今回の分け前だってどうせしょぼいんだろ? いっつもそうだ。危険な橋を渡ってる割には、保障が充実してなさすぎるんだよこの仕事。全然割に合わねぇ」
「それ、お偉いさんには言うなよ。殺されるぞ」

そんな会話が聞こえてくる。
随分とお喋りな連中だ。

今の会話からこいつらがしょうもない小物だということは充分伝わってきたが、小物だって数を集めれば脅威になりえる。
一階には少なくとも三人いる。

二階から話し声は聞こえてこないが、敵がいないとも限らない。
あと、救出対象がどこにいるのか分からない。

位置によっては俺が敵を制圧する前に、人質にされるかもしれない。

『動くな! こいつがどうなってもいいのか!』的な感じで。

もうすでに人質なのに、更に人質にさせるなんて可哀想だ。

うーん。
どうしようかな。
……。
色々考えた結果、俺は一芝居打つことにした。

俺の見たとこ、こいつらはアホだ。
普通、家の玄関の前に見張りなんて立てない。

そんなことをしたら、やましいことがありますよと言っているようなものだからだ。

二階のちょうどいい位置に窓があるのだから、あそこから外の様子を窺えばいい。

カーテンの隙間から覗くように外を見れば、更に見張り役の存在感を減らせる。
俺ならそうする。

夜だからカーテンを閉め切っていても不自然はないし、逆にそうしない理由がないくらいだ。

でも、こいつらは馬鹿正直に堂々と門番を配置している。

確認したが、窓から外の様子を窺う人間がいる気配もない。
普通にアホだ。

さっきの会話からも分かるように、犯罪においてこいつらは完全に素人。
きっと使い捨ての駒なんだろう。

こいつらに仕事をさせている黒幕がいるんだろうが、俺は別に興味が無いのでその件は無視する。

とにかく、アホが相手ならアホに通じる手を使う。
俺の大根役者っぷりを披露してやるぜ。

俺は裏口から引き返して、また庭を突っ切り、柵を越えて敷地外に脱出した。

そして道路に出ると、向こうから歩いてきた通行人のようにスタスタと家の前に通りかかった。
見張りが俺を警戒心に満ちた目で見る。

田舎だし、この時間に出歩く奴なんて不自然極まりないが、まぁアホだし多分そこには気づかない。
俺は自然な演技で通行人になりきった。

そして、家の前で盛大にズッコケた。
膝から崩れ落ちるように地面にぶっ倒れた。

「痛ッ!」
俺はそれから苦しみに悶える青年を演じた。

膝をギュッと手で押さえ、泣きそうな顔で地面を転がりまわる。
見張り役はドン引きしながら俺を見ていた。

しばらく悶えた後、俺は震える足でゆっくりと立ち上がり、助けを求めるような顔で見張り役を見た。

「あ、あの……。すみません。膝を擦りむいてしまって。薬草は持っていませんか?」
俺が話しかけると、見張り役はあからさまに嫌な顔をした。

「そんなものは持っていない。早くどこかへ行け」
「そ、それじゃあせめて肩を貸してくれませんか?」
「断る」
「あの……。お願いします……」
うるうるしながらじっと目を見つめると、見張り役はやれやれといった感じに首を振って、俺の方に近寄ってきた。

やっぱアホだ。
こんなのに騙されるとか……いや、もしかしたら俺って演技の才能ある? とかくだらないことを考えていると
「ほら、俺の首に腕をかけろ」
目の前にまで見張り役が来た。

「へへ。ありがとうございます」
俺は言われた通りに首に腕をかけ、そこに全体重を乗せた。

「ッ!」
見張り役が体勢を崩して頭から前に倒れそうになる。
倒れる前に髪を掴んで、無防備な顔面に膝を入れた。

それから叫ばれないように口を塞ぎ、更にみぞおちを一発殴って気絶させた。
準備おっけー。

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