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レンジの恋バナを聞くの会

 ベラドンナが去った後、俺と元監守はレンジの救出に向かった。
道中、元監守が色々訊いてきた。

俺は昨日今日に起こったことについて、元監守が知っている情報だけで理解できる範囲の話をした。

元監守はギフトのことなどについては知らないはずなので、その辺の話は適当に省いた。

本当に理解できているのか分からないが、元監守は
「そうか。つまり味方だと思っていた仲介屋が実は敵で、なんでも屋は拉致されているのか」
とまとめた。

「まぁそうだ」
「で、さっきの女と仲介屋は暗殺組織の組員……。カルミアってのも、その組織の人間なのか?」

「あぁ。やっぱりお前にも話しておくことにするか」
この機会に俺は元監守にギフトのことやカルミアのことについて説明することにした。
ついでに俺の事件の真相についても詳しく話した。

聞き終えると、元監守は
「カルミアが暗殺組織のボス、か」
と呟いて眉間にしわを寄せた。

「色々話してくれたってことは、俺のことを味方だと信用してくれたってことでいいんだよな?」

「まあな。そんなにボロボロになってまで俺のことを騙しているのなら、お前は相当演技派だということになるが、お前にそんな高度なことはできないだろう」

「なるほど、馬鹿にしてやがるな?」
「かもしれないな。……着いたぞ」
ベラドンナの説明通りに歩き、倉庫に辿り着いた。

「普通に考えれば罠だ。警戒しておけよ」
「いくら馬鹿でもそのくらい分かってるさ」
倉庫に侵入すると、椅子に縛り付けられたレンジをすぐに発見できた。

「よぉ……。随分遅かったじゃねぇの」
レンジは疲れ果てた顔で無理やり笑顔を作った。

「遅くなったな。悪い」
縄を解いて、レンジを自由にした。

元監守はさっきベラドンナに打たれた毒のせいでまだ腕が麻痺して上手く動かせないため、突っ立って見ていた。

「ありがとよ」
と言ってレンジは立ち上がり、伸びをして
「ハァ……」
と大きなため息をついた。

「辛そうだな。大丈夫か?」
俺が訊くと、レンジは不貞腐れたような態度で答えた。

「大丈夫かって? もちろん大丈夫さ。最高の気分だね。なんてったって寝てる間に拉致られて、縛り付けられて、仲介屋の野郎から聞きたくもない話を延々と聞かされ続けたおかげで、失った記憶を取り戻すことができたんだからな」

「記憶を、取り戻した……? 本当か!?」

レンジは投げやりに
「ああ。そうだ。取り戻したんだよ」
と答えた。

元監守はよく分かっていない様子で
「お前、記憶喪失だったのか?」
とレンジに訊いた。

レンジは眉間にしわを寄せながら
「記憶を取り戻したっつってんだから、そりゃ記憶喪失だったに決まってんだろ」
と言った。
妙に棘のある口調だ。

「詳しく話を聞きたいのは山々だが、ひとまずここから脱出するのが先だ」
俺はそう言って、レンジに肩を貸そうとしたが
「いらねぇよ。別に縛られてただけで暴力を受けたわけじゃねぇし」
と言って手を振り払われた。

「……そうか。じゃあ、行くぞ」
明らかにレンジの様子がおかしいが、今は気にしないことにした。


 倉庫には何も罠が仕掛けられていなかったから、何事もなく脱出することができた。
カルミアは一体どういうつもりなのだろう。
俺を殺すなら、チャンスはいくらでもあったはずだ。

……考えるだけ無駄か。
頭のおかしい奴の考えは、頭のおかしい奴にしか分からない。

俺たちはとりあえず適当に宿を確保して、今日はそこで夜を越すことにした。

部屋に着くと、レンジは
「俺が拉致られたばっかだっていうのに、また一か所に集まって寝て大丈夫なのかよ」
と言った。
当然の指摘だと思う。
しかし、俺はもうこいつらのことを信用してしまった。

「今まで散々騙されてきた俺が言うのもなんだが、お前らは多分敵じゃない」
「何故そう思う?」
レンジが試すように訊いてくる。

「さぁ? どうしてだろうな。俺自身よく分からない。強いて言うなら、敵であってほしくないからかもな」
「はぁ? どういうことだ?」
レンジは呆れたように訊き返してくる。

「お前らが敵だったら、俺は悲しい。だからきっとお前らは敵じゃない」
「意味分かんねぇ」
倉庫で再会してからずっと不機嫌そうな態度だったレンジが、表情を崩して笑った。

「理由はどうでもいいんだ。とにかく、俺はお前らを味方だと思うことにする。信用する」

レンジは微笑むと、
「そりゃ、ありがてぇな。じゃあ俺からも信頼の証に本名を教えてやるよ」
と言った。

「本名? レンジってのは偽名なのか?」
元監守が首を傾げる。
レンジは頷いた。

「ああ。レンジってのは最近名乗ってる偽名だ。……俺の本当の名前は、グレイ」

「そうか。……でも、もう俺の中じゃお前はレンジだ」
俺がそう言うと、レンジは
「ああ。これからも別にレンジでいいぜ。俺もそっちに慣れちまった」
と言って、はにかんだ。

そして
「ちなみに、お前の本名は?」
と俺に訊いてきた。

「俺はもう昔の名前は捨てた。俺の名前はトリカブトだ」
「えー。教えてくれねぇの? 信用してくれてるんじゃねぇのかよ~」

「ハァ……仕方ないな。俺の本当の名前はキリンだ」
「えぇ~。なんだその名前。絶対適当に言ってるだろ。そういうのいいから。で、本当の名前は?」
「だから、キリンだ」

「もういいって。なにそれ。持ち前のギャグのつもり? まぁ答えたくねぇなら別に無理は言わねぇけどさ。でもいつか教えてくれよ?」
「キリンだと言っている」
「はいはいキリンね。分かったから。面白い面白い」
こいつ全然信じないな。

「おい、そんな話はどうでもいいだろうが。昨日と今日のことについてお互いの持ってる情報を共有すんのが先だろ。雑談なら後でやれ」
元監守が割って入ってきた。

「……お前なんかに正しいことを言われるのは、すごく腹の立つことだな」

「トリカブト、お前本当に俺のこと馬鹿にしてるよな。まぁいいが。で、全員色々あるだろうが、俺が多分一番短く済むから俺から話す」
そうして元監守は俺たちに、昨日今日あったことを話した。

ヒガンバナに紹介された仕事をこなした元監守は、仕事の疲れをとるために昨日は休養に充てた。

今日は情報屋で俺たちと合流する予定だったのに、俺たちがいなかったから町中を探し回っていたらしい。

そして、なかなか見つからないから休憩するつもりであの店に入ったら、俺がベラドンナといるところを偶然見つけたということらしい。

「俺はこんなもんだな。大した情報はない。次はお前が話せトリカブト。一体何があったんだ」
俺は二人に、この二日間の出来事を話した。

仲介屋がヒガンバナであったことを知り、カルミアとデートをさせられ、そのカルミアが実はベラドンナだった。

思い返しても、非常に精神を擦り減らした二日間だ。
話していて疲れた。

うんざりしながら話し終えると、
「カルミアとデート、ね。楽しかったか?」
レンジがからかうように訊いてきた。

「馬鹿言うな。間違いなく三年は寿命が縮んだ」
またまた~、などと言って更におちょくってきた後、レンジは真面目な顔になり、
「それにしても、仲介屋の野郎が情報屋の爺さんを騙した方法についてはよく分からねぇな」
と言った。

「『俺が言ったことを情報屋に話せば分かるだろう』、とヒガンバナは言っていた。察するに、ヒガンバナは催眠毒をよく使うというのが重要な部分なんだろうが」
元監守が顎に手をやって
「催眠毒か。うーむ。それで情報屋を操ったのかもな」
と言った。

「そうかもな。まぁそれは明日、情報屋に直接訊いてみることにしよう。クレームも兼ねてな」
俺がそう言うと、レンジが大きく頷いた。

「俺は仲介屋のこと警戒してたけど、爺さんが敵じゃねぇって断言しやがったから俺も安心して油断したんだ。一言文句言ってやんねぇと気が済まねぇ」

そう言って憤慨するレンジを宥めて、
「まぁそう怒るな。次はお前の話を聞かせてくれ。確か、ヒガンバナから話を聞かされて記憶を取り戻したと言っていたな」
と俺は言った。

レンジの目から光が一瞬消えた気がした。
怪我しているところを触られたような、酷く嫌悪感に満ちた顔をして、レンジは
「ああ……。俺が取り戻した記憶について、聞かせてやるよ」
と低い声で吐き捨てるように言った。

レンジが発する雰囲気は、倉庫に救出に行った時のものに戻っていた。

いつもの明るく人懐っこい感じは失せ、まるで人でも殺したような暗い雰囲気を纏っている。

レンジの目はすでに、現実に焦点が合っていなかった。
取り戻したばかりの過去の記憶にピントが合っている。

レンジはうわ言を呟くように話し始めた。
「俺が記憶を失っていた期間、大体二年くらいの間だな。俺はずっと家に閉じこもってた。記憶を取り戻したって言っても、その大半は暗い部屋で天井をじっと見つめていただけだから、思い出しても大した意味はねぇんだ。……二年前に俺は恋人と別れた。それを引きずって、二年間引きこもってたんだ」

「恋人と別れて二年間って……」
元監守が驚きのあまり言葉も出ないといった様子で、憐れむようにレンジを見た。

レンジは俯きながら苦笑する。
「本当に……俺にとって本当に大切な人だったんだ」
「……プロポーズも考えていたんだったな」

俺が思い出してそう言うと、レンジは
「ああ……。そうだな。そうだったんだ。結婚して家族になって、幸せな家庭を築きたかった」
と呟いた。

そして勢いよく顔を上げると、
「せっかくだし、あいつとの馴れ初めとか、話してやるよ。こんな話をするってのに、酒が飲めねぇのが残念だ」
今にも泣きそうな顔を無理やり笑顔にしながらそう言った。

「……飲もう」
「え?」
「今夜だけ特別だ。飲みながら聞いてやる。お前も飲んで話して楽になれ」
レンジは俺の提案に、今度は自然な笑顔を見せた。

「おう。アルコール入れねぇと話せるもんも話せねぇよな」
元監守が空気を読んでいるのかいないのか、
「お、恋バナか。俺結構そういうの好きだから、聞いてやってもいいぞ」
と言った。

「ハハ。ありがとな元監守」
「さて、酒を買いに行くか」
俺たちは近所の酒屋で酒を調達し、その辺で発見した屋台で適当に焼き鳥などを買って宿に持ち帰った。

部屋に戻ると、急いで晩餐の準備を終えた。
酒よし、ツマミよし、準備よし。
レンジの恋バナを聞くの会、開演だ。

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