疑念
レティシアは男爵令嬢と認められてから気持ちが休まる事はなかった。使用人たちの給士をかたくなに断り、自分の事はすべて自分でした。
『大丈夫?レティシア。この頃ちっとも食事を食べていないじゃないか』
レティシアの肩に乗ったチップが心配そうに言う。
「大丈夫よ、チップ。少し食欲がないだけよ。それに、厨房の料理人さんたちは以前から私に好意的だったから、厨房に行けばお食事を食べさせてもらえるし、」
レティシアがメイドだった頃、メイド長をはじめメイドたちから執拗ないじめを受けていたが、料理人や下男たちがレティシアに辛く当たる事はなかった。
メイド長の目が光っているため、表立って親切にしてはくれなかったが、ひどい目にあわされているレティシアに気の毒そうな視線を向けていた。
そのため男爵令嬢になったレティシアが厨房に行けば、料理人たちは温かい料理を出してくれた。
レティシアは母の形見のネグリジェを着て、ベッドの上でため息をついた。十八歳の日に召喚の儀をおこなって、霊獣チップと出会えた事はこの上ない喜びだが、召喚士になった事を男爵に知られたのは大きな間違いだった事を今では痛感している。
最近の男爵は、盛んに貴族の集まるダンスパーティーやサロンに顔を出している。召喚士レティシアの良い買い手を探しているのだ。
そう、男爵がレティシアを男爵令嬢にしたのは、爵位が高く資金力のある貴族に嫁がせるためだ。
レティシアは自分の結婚相手が決まるまで、ずっとカゴの中の鳥でいなければならないのだ。
『レティシア。この暮らしが嫌だったら言って?こんな屋敷、僕が水攻撃魔法で破壊してやるから。ここを出て楽しく暮らそうよ!』
シマリスの姿をした可愛いチップは首をかしげて言う。とても可愛い。レティシアは思わず、そうねと返事をしてしまいそうになる。だがはたと考え直す。
「チップの提案はとても魅力的だけど、私はこの土地を離れたくないわ。だって、お母さんのお墓があるんだもの」
レティシアの母クロエは、ギオレン男爵家の墓地に眠っている。レティシアがチップと共に屋敷を破壊して逃げ出せば、男爵は墓参りなど二度と許さないだろう。
『・・・。そうだね、お母さんと離れたくないもんね』
「うん。ごめんね、チップ。せっかく私の事を考えてくれたのに」
『いいんだよ、レティシア。だけど嫌な事があったら何でも僕に言う事!約束だからね!』
「うん。ありがとう、チップ。大好きよ」
『僕も大好きだよ、レティシア』
レティシアはチップを両手のひらに乗せて頬ずりをした。