誕生日
レティシアは深夜遅くまでかかって、シーツと枕カバーをシワ一つなくアイロンがけした。
早く寝なければ次の日に起きる事ができない。レティシアは急いで物置として使われていた自室に戻った。そこは粗末なベッドしかない部屋だった。
レティシアはベッドに腰かけると、手を組んで天国の母親に今日あった事を話した。
「お母さん、今日もメグに意地悪されたわ。それにメイド長から平手打ちをされてしまったの。とても痛くて涙が出そうになったわ」
レティシアは言葉をつまらせ、両手で顔をおおった。辛くて辛くて我慢できずに涙があふれてきた。
「お母さん、お母さん。さびしいよぉ、会いたいよぉ、」
レティシアは泣きながら、母のクロエを思い出した。母のクロエはとても美しい人だった。輝くようなブロンドに魅惑的なスミレ色の瞳。クロエの瞳は、いつもレティシアを見てほほえんでくれた。
レティシア、私の大切な宝物。ずっとずっと大好きよ。
クロエはレティシアをとても可愛がってくれた。だが本当の親子ではなかったのだと思う。レティシアとクロエは、ちっとも似ていなかったからだ。
レティシアは黒い髪に茶色い瞳だった。しかも光の加減によっては赤くも見える瞳。
レティシアは、ここザイン王国では不吉といわれる赤目だった。
レティシアが使用人たちに辛く当たられるのは、この目も関係しているだろう。
レティシアはシクシクと泣き続けた。やっと涙が落ち着いた頃、唐突に思い出した。
「そうだ、私、今日誕生日だった」
レティシアはこの日十八歳になった。十三歳の時に母を亡くし、五年間苦しみに耐えながら暮らしてきた。亡き母の優しい声が脳裏に響く。
レティシア、よく聞いてね。十八歳になったら、魔法陣を描いて召喚の儀式をするの。そうすれば貴女を一生守ってくれる霊獣に出会えるわ。
レティシアの母クロエは召喚士だった。召喚士とは、霊獣と契約する者の事だ。自身ではわずかな魔力しか持たないが、霊獣と契約が成立すればぼう大な魔力を操る事ができるようになる。
クロエは元召喚士だった。レティシアはなぜ母が召喚士ではなくなったのか一度聞いた事がある。母は悲しそうに教えてくれた。
「霊獣は、心の綺麗な人を好むの。私は、卑しい気持ちを持ってしまったの。それで、自分の命よりも大切だった霊獣との契約を解除してしまったの。レティシア、お願いよ。どうか、綺麗な心を持ち続けてちょうだい?そうすれば、貴女ならきっと、霊獣に出会えるわ」
レティシアはガバリとベッドから立ち上がると、枕の下に隠していた本を取り出した。
もう古くなってボロボロだが、この本が唯一の母の形見なのだ。母は幼いレティシアに霊獣語を教えてくれた。そして霊獣を呼び出す魔法陣の描き方、召喚士の心構えを書き記してくれたのだ。
レティシアは寝巻きにカーディガンをはおると、母の形見の本を持って外に出た。