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レティシア

 かすかに鳥のさえずりが聞こえた。レティシアは眠い目をこすり無理矢理起床した。

 レティシアの朝は早い。夜もあけきらないうちに身支度をし、ギオレン男爵家の使用人として働くのだ。

 レティシアは厳密にはギオレン男爵家の使用人ではない。レティシアの母が ギオレン男爵の後妻になり、レティシアは男爵令嬢になった。

 だが母が死ぬと、レティシアの環境は一変した。ドレスではなくメイド服を着させられ、朝から晩までこき使われた。それまで、お嬢さまと言ってくれていた使用人たちも、レティシアに嫌がらせをするようになった。

 レティシアは長い屋敷の廊下を、山のようなのリネンが入ったカゴを持って歩いていた。これから乾いたシーツや枕カバーにアイロンをかけなければならない。

 アイロンは鉄でできているのでとても重たく、メイドたちがやりたがらない仕事だ。レティシアはいつもこの仕事を押し付けられている。

 もう少しでリネン室に到着するという時に、廊下のかどからスッと一本の足が伸びた。目の前がリネンにふさがっているレティシアは当然気づくはずもなく、伸ばされた足につまずいて倒れた。目の前にシーツや枕カバーが散乱する。

「キャハハ!レティシアったら本当にドジなんだから!あーあ、シーツは洗い直しね」

 レティシアは、打ちつけて痛む顔面をあげると、そこにはメグがニヤニヤ笑いながら立っていた。レティシアと歳の近いメグは、レティシアをいじめる筆頭だ。

「メグ!貴女わざと足をひっかけたわね!」
「ええ、何それ!いいがかりよ。メイド長さまにいいつけてやるんだから、」

 メグはケラケラ笑いながら廊下を走って行った。レティシアは仕方なくシーツと枕カバーをカゴに戻し、もう一度洗濯をしに井戸まで戻った。

 レティシアが忙しく洗濯をしていると、メイド長が怒りの形相でやってきた。

「レティシア!この忙しい時に、あんたって子は!本当に使えないんだから」

 メイド長はレティシアの胸ぐらをつかむと、頬を平手で強く打った。鼻の奥がツーンとする。

「申し訳ありません、メイド長さま」
「罰として夕食は抜きよ!シーツのアイロンがけが終わるまで寝るんじゃないわよ!」

 メイド長がイライラしながら屋敷に戻って行くまで、レティシアはジッと頭を下げていた。

 なぜ使用人たちがレティシアに辛く当たるのか、よく理解している。ギオレン男爵は成金貴族で横暴な人間だ。使用人たちにはいつもひどく当たり散らしていた。

 レティシアも母親も、使用人たち対して横柄な態度を取った事などただの一度もない。

 だがレティシアが男爵令嬢からメイドに降格されてしまえば、ギオレン男爵へのうっぷんは、すべてレティシアに向かうのだ。


 

 

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