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伯爵令嬢ローラ・ローリン

好奇心の塊のようなお嬢さんだった。俺の言葉を熱心に聞いていた。たぶん、俺の話から想像して、魔界を旅しているような気分に浸っているのだろう。だが、奴隷を助けた経緯を話すときに、俺の話よりも俺が連れているねこみみメイドや吸血姫、淫魔将軍を紹介したときの、彼女たちの武勇伝にもっともくらいついた。なにしろ、ねこみみメイドは魔王である俺に反旗を翻した亜人集団の元首魁であり、吸血姫も魔王に挑んだ不死の王の娘で父の仇として俺の命を狙った吸血鬼でもある。伯爵令嬢に紹介しながら、自分でも随分と酔狂な人選だと思い直した。
淫魔将軍などは、魔王軍の将軍職を得るためにその淫魔の力で、他の男たちを押しのけていたことを話の流れで、俺の前で嬉々としてご令嬢に告白した。
「まぁ、そんなことまで・・・」
「おい、おい、お前が、そこまで汚い手を使っていたなんて俺は知らなかったぞ」
魔王の俺は呆れるようにため息をついた。
「では、私を解任なさいますか?」
「いや、邪神様の、欲しいものを手に入れるため、どんな努力も惜しむなという教えを守っただけだろ、そういう手で蹴落とされる他の男の方が努力が足りなかったというだけだ。解任なんかするかよ」
男を手玉に取る彼女が魔王軍の中心にいることで、異種族の混合軍である魔王軍は上手く一つにまとまっていた。
もし、いま彼女を将軍職から解任したら、魔王の俺がその力で脅すようにまとめないといけなくなるかもしれない。
「お前が、将軍になって、我が魔王軍が大敗したことがあったか?」
「いえ・・・」
「ならば、どのような手段で将軍になろうと解任する理由はない」
パチパチと急に伯爵令嬢が拍手した。
「なるほど、手段よりも成果、これが魔界の考え方なのですね。素晴らしい」
「人間界では、こういう場合は、どうするのが正解だ」
伯爵令嬢が俺の疑問に答える。
「そうですね、不貞を働く者は、どのような功績を上げても原則罰せられます。再起する方もいますが、大抵は前科者と呼ばれ、過去の罪に責められ続けます」
「責められ続けるというのは?」
それには、賢者が答えた。
「盗みを働いたら、また盗みをするだろう、殺人を犯したら、また人を殺すかもと、過去の罪が付いて回るのが人間界です」
「それは、陰湿ではないのか?」
伯爵令嬢が苦笑した。
「かもしれませんが。過去の罪を背負わせ続けるのが人間の業です。わがローリン家も、はるか昔、王家にあだなしたということで中央から、この地方の領主に飛ばされたという歴史があります。もうそんな昔のことなどほとんど誰も覚えていないのに、我がローリン家は辺境の領主のままです」
「今の地位が気に入らぬのなら、奪い返せばいい。奪われたら、奪い返す。それが魔界流だ。単純明快であろう」
「もし、奪い返すのに失敗して、お家断絶となったら?」
「それは、奪い返すだけの資格がなかったと思うだけさ」
「資格?」
「実力が足りないということさ。要するに高望みだった。奪い返す力があって、奪い返せれたら、それを得る資格があったということだ」
「実力があれば、取り返すのは当然。その力がないのに望むのは愚か、ということですか?」
「そういうことだ」
「なるほど、面白い考えですね」
伯爵令嬢が俺の言葉にウンウンとうなずくと、使用人が遠慮がちにその場に顔を出した。
「お嬢様、夕飯の準備はどうなさいますか」
ふと気が付くと窓の外が夕焼けに染まっていた。
「あら、これは、少し話し込み過ぎたようですね。魔王様も、今日は遅いですので、夕食を食べて、今宵は我が屋敷にお泊り下さい。あなたの臣民にも小屋をあてがっておりますので、ご安心して、ここにお泊り下さい」
俺はねこみみメイドや淫魔将軍を見たが、彼女たちも異論はないようだ。
そうして、その夜、伯爵家の御屋敷で休むことになった。
その晩餐では勇者たちとこの屋敷の主である伯爵も同席した。伯爵は白髪で、病気のせいか痩せこけていたが、その瞳に活力はあった。ただ、伯爵が体調が悪いため、なんとなく静かな晩餐になった。この辺りの名産を使ったらしい豪華なおもてなしの食事は魔王の俺を十分満足させるもので、俺はその食事と我が臣民を預かってくれたくれたことを伯爵に礼を述べた。俺が魔王ということにも驚いていないようで、俺の礼の言葉を素直に受け取った。
あてがわれた寝室で寝る寸前、賢者が俺の部屋を訪れ、明日、街の方の案内をすると告げた。ただ明日の予定を告げに来ただけなのだが、賢者の足音を聞いた耳の良いねこみみメイドが様子を探るように俺の寝室を覗いた。賢者が俺の寝室に夜這いに来たのかと思ったのだろう。
「では、明日」
ねこみみメイドと目が合い賢者は寝室を出て行った。
「私たちに手を出さないと思ったら、魔王様は人間が好みでしたか」
「下種な勘繰りはよせ、彼女は明日の予定を言いに来ただけだ」
「そうですか。では、今宵、魔王様の寝室にご一緒しても?」
「あほ、ここまで色々疲れたから、今日はこれでゆっくり休ませてくれ」
「分かりました。独り寝が寂しかったいつでもお呼びください」
「呼ぶか!」
ねこみみメイドは少し不満そうな顔で出ていった。


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