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闇夜の襲撃者

マントを脱いだ吸血姫が屋敷の屋根の上に立っていた。空に輝く月の輝きを浴びながら軽く伸びをする。
「あら、こんなところにいたの?」
淫魔将軍が軽やかに屋根に上ってきた。汚い手で将軍職を得たが、別に身体能力が劣っているというわけではない。実力があり、自分が最も相応しく他の者には任せられないと思ったから汚い手を使ってまで魔王軍の将軍になった。だから、人間の屋敷の屋根程度、翼がなくても軽く登れた。
「まさか、人間界に来て緊張してるから眠れないの?」
ずっと昼間マントを羽織っていたので、慣れない人間界で体調を崩してないかと心配する。魔界ならば、淫魔が不老不死の吸血鬼の心配をすることはあり得ない。
「ああ、なんか夜の方がすっきりして目がさえてしまって」
月夜に照らされながら吸血姫が、うっすら笑みをうかベていた。
「あの忌々しい陽光がないと、なんか気分が高揚するようだ」
マントから、ちょっと腕や足が出ると、焼けるような痛みを感じたが、それを今は全く気にする必要がない。それだけでも十分気持ちがいいのに、夜の闇からなにか力を得ているような感覚が吸血姫にはあった。
「明日もあのマントを羽織って魔王様について行くことになるから、今のうちに羽を伸ばすのもいいかもね」
「うむ、羽を伸ばすだけでなく、ちょいと運動もさせてくれるようだ」
「運動?」
「何やら、怪しげな集団がこの屋敷を取り囲んでいる。迎撃は我がしよう、そなたは、魔王様に」
「あら、ほんと、かすかに殺気がするわね、よくこんな気配に気付いたわね」
「昼間は何もできなかったから、今宵は私がやらせてもらう」
「ええ、どうぞ。陛下とこの屋敷の者たちの安全は、私に任せてもらうわ。情報が欲しいから、皆殺しにはしないでね」
「分かっている、皆殺しにしたら騒ぎが大きくなって、魔王様には迷惑だろうからな」
大きく蝙蝠の翼を広げて、吸血姫は、バッと夜の闇へと飛び降りた。黒づくめの連中が、足音を殺して、屋敷を包囲していた。静かに気取られぬように細心の注意を払って動いていた。が、その目の前に黒い影が降り立つ、反射的にナイフを抜いて構える。ご丁寧に、闇の中で刃が光らないように炭で汚してあった。
「何者だ、お前たち」
吸血姫は静かに問う。
「・・・・・・」
だが、誰も答えない。数的に有利だから余裕なのだろうか。
「魔界と人間界は元は一つ。言葉も通じるはずだが、無視するつもりか?」
その方が助かる。ベラベラ簡単に喋るようなら、楽すぎて運動にならん。
「さて、どの程度楽しまさせてくれるか」
吸血姫はゆらりと動いた。まず手近な奴の背後に回り、その血を味見してみる。
一瞬で背後を取られ、首筋に噛みつかれた黒装束の男はおとなしくなり、その手のナイフを地面に落した。
「不味い・・・」
その血の味に顔をしかめて、ただ黒づくめの連中を気絶させることにした。
半分ほどのされて、ようやく残りが撤退を始めた。が、誰も逃さず気絶させた。
「薬か何かを飲んでいるな」
血の不味さの原因を吸血姫は悟った。事前に恐怖や苦痛を麻痺させるための薬を飲み、何事も恐れずに実行する暗殺集団だと察した。
淫魔将軍に事情を聞き、屋敷の者たちを地下室に避難させて魔王は勇者を彼らの護衛に残して、賢者たちと一緒に吸血姫の加勢に駆けつけたときには、吸血姫が倒したやつらを地面に並べて、その黒い頭巾を取っている最中だった。
「ん? もう終わりか?」
「はい、魔王様。亜人を取り返しに来たのかと思いましたが、別の集団のようで」
俺についてきた賢者が地面に落ちているナイフを拾い上げて顔をしかめた。
「光の神殿の者たちのようです」
「光の神殿?」
「はい、この柄の紋章、光の神を示すものです」
「魔王の俺が自由に人間界を動き回っているのが気に入らんということか。だったら、魔界で勇者が好き勝手やるのを気に入らんという気持ちも分かって欲しかったのだがな」
「ちょっと待ってください、聞いてみますので」
淫魔将軍が、倒れている男の頬を叩いて目を覚まさせる。
「ん、んん・・・」
「さぁ、あなた、誰に頼まれてここを襲撃しようとしたのかしら、狙いは、やっぱり魔王様? お願い、教えて?」
妖しく笑い、淫魔の色香を振りまく。
「誰だ、貴様!」
「いいから、お姉さんの質問に答えてくれないかしら? 誰の命令? 狙いは魔王様?」
「く、だ、誰が、話すものか」
淫魔将軍は男の耳元で女神のように鼓膜をくすぐるように囁いた。
「おしえて・・・」
淫魔の毒気が声となって男の頭に染み込んでいた。
「大司教様が、協会本部に魔王が人間界に来訪したと報告し、それを受けて教祖様が我らを、魔王に関わる者すべて、魔王を連れてきた勇者たちもろとも殺せと」
「あら、勇者たちも殺す気だったの?」
「魔王を倒すべき勇者が魔王を連れてきたなどと人々に知られるわけは・・・、くっ、グふッ」
淫魔将軍の色香に惑わされて、ベラベラ喋りすぎたと察したのか、舌を噛んで自決しようとした。
「あら、なかなか骨のある男ね」
それを見ていた賢者が、すぐさま、癒しの呪文を唱える。
「おい、勇者の命を狙いに来た奴を助けるのか」
俺が呆れると、そばにいた吸血姫が俺に皮肉を言う。
「命を狙った相手を生かしてそばに仕えさせる方もいますけど」
「おほん、とりあえず、賢者も今の聞いたな、光の神の使徒は勇者もろとも俺たちを殺す気だ」
「はい・・・」
治癒呪文で自決しようとした男を救った賢者は、険しい表情で俺を見た。
「魔王様は、どうするつもりですか?」
「魔王ってのは、売られたケンカは逃げずに必ず買う主義なんだ。それで、魔界で尊敬されている。教祖とやらの居場所は、どこだ?」
賢者は、ちょっとだけ言い淀んだが、自分が言わなくても強引に別の誰かから聞き出すだろうと口を動かした。
「光の神殿を束ねる総本山は、王都の近くに」
「なるほど、ありがとう。とりあえず、今夜は、もう襲撃はないだろう。明日は予定通り街に行き、情報収集だ」
「あの、私がついて行っても」
賢者が遠慮がちに尋ねる。
「ああ、この襲撃者とは関係ないのだろ、それに俺の動向が気になるんだろ。付いてきたければ好きにしろ。だが、俺と一緒にいると余計に命狙われるぜ」
「いえ、すでに魔王を連れてきた勇者の仲間ということで狙われているようですので構いません」
これからどうなっていくのか見届けたいという好奇心が臆病な賢者を勇気づけていた。
とりあえず、襲撃者たちを縛り上げて、伯爵に事情を話し、俺たちは明日の朝一で屋敷を出ていくと告げた。さすがに売られたケンカを買いに王都に行く予定とは話さなかった、俺たちが出ていけば、もうこの屋敷は狙われないだろうし、もし狙うようなら、こちらも遠慮なしに反撃に出るだけだ。今は人間界の物見遊山優先で大騒ぎにしていないだけで、その枷が外れたら、手加減なしで平然と反撃し、魔界の魔王の恐ろしさを知らしめてやるつもりだ。


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