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亜人奴隷

光の神殿をでると、すぐに賢者たちが追い付いてきて、賢者が俺に問うた。
「これからどちらに、魔王様」
「ん、一番近い街に行こうかと」
光の神殿の周りには小さいが露店が並んでいた。たぶん、神殿への参拝客相手の店だろう。だが、光の神の信徒ではない俺には興味のない露店ばかりで、人間界の物見遊山の場所としては物足りない。
「この近くで一番大きい街を知ってるか」
「はい、知ってます」
「我々が、案内しよう!」
勇者が自分から申し出る。
「お、いいのか? お前さんは我らのことを嫌っていると思ったが」
「もちろん、勇者が魔王を好きになるわけなかろう。お前たちが人間界で悪さをしないか見張るため我々が人間界を案内してやるというのだ。筋が通っているだろう。何か文句が?」
「いや、人間界に詳しい者に案内してもらえるなら助かる。しかし、勇者が金集めのために利用されているとは知らなかったな。道理でしつこく勇者がやって来ると思った」
「勇者は人々の憧れで、この世界の平和の象徴なんだ。勇者が魔界に行ってくれたと聞くだけで安心する人々がたくさんいる。貴様らには迷惑かもしれんが、勇者が活躍してくれるのを望む人は多い。逆に魔界の者に好き勝手されるのを望まぬ者が多いと知れ。人間界を見て回るのはいいが、お前らの好き勝手はさせぬからな」
勇者が、忌々しそうに俺を睨む。
「まず、この近くの町だな。市とかある交易の盛んな都市が、ここから歩いて、二日ほどのところにある。ついて来い」
魔王の観光案内など不本意だが、サッサと済ませて、魔界に送り返してやる。あの神竜がいる限り、魔王もそう好き勝手に何度も人間界には来れぬはずだ。そう考えながら勇者は先頭を歩いた。
俺の足なら、走ればすぐだなとは思ったが、ここは飛竜がいないし、人間界の陽光の下では吸血姫も翼を広げられないだろうと、俺は勇者の後をゆっくりついて行くことにした。
「この辺りに詳しいのか?」
「お前らよりはな」
「人の姿が少ないようだが、ここは田舎か?」
「ああ、見ての通り、魔界への入り口とお前がぶっ壊した山ぐらいしかない田舎だ、魔界への入り口が人の多いところにあってたまるか」
「意図的に人のいないところに作ったのか?」
「まさか、たまたま人気のないところに魔界への入り口を見つけて、その入り口を監視する意味を込めてこんな田舎に神殿が造られたと聞いている」
「これから行く街は、すごく大きいのか?」
「他国との交易の拠点ともなっているから、王都ほどではないが、活気のある街だ。行けば、分かる」
「我々も魔界に旅立つ前にそこに寄って準備を整えたんですよ、魔王様」
剣呑なガイドをする勇者に代わって賢者が言葉を補足する。
「いろんな国から物が流れてきて、珍しい魔導書や魔道具もあります」
「ふ~ん、それは面白そうだ」
「観光なら、王都の方が見る物が多いのでしょうが」
「王都? この国の王がいる場所か」
「ああ、そうだ。だが連れて行かんぞ。いくらなんでも、国王陛下のそばに、お前を連れていけるか」
勇者がきっぱり拒否する。
確かに敵の親玉である魔王を、この国の最高権力者に、近づけたくはあるまい。
「だが、その国王とやらが魔界への勇者派遣にも関わっているのだろ。俺としては、一度くらい会って話をしてみたいが・・・」
少なくとも、あの光の神殿のへっぴり腰の大司教様よりは、マシな交渉相手の気がするが。
「あの、魔王様。魔王様は、どうしても、勇者派遣をやめて欲しいのですか」
賢者がおずおずと確認する
「ああ、人間界にとって利があっても、魔界には一切ないからな」
合理的な利害を突き詰めるのも、王と呼ばれる者の務めだ。これができない者が王になるべきではないと思う。この国の国王も代々、魔界に勇者を送り込むことが人間の利になると思って支持してきたのだろう。
ならば、そう決断する国王とやらとしっかり話し合いたいものだ。そんな俺の考えを見透かしたのか賢者が助言する。
「国王陛下には、直接お目通りは難しいでしょうが、第一王女ならば」
「第一王女?」
「はい、かなり聡明な方で、魔王様のお話も聞いてくださるかも」
「話をするなら王女様より、王位継承権の高い第一王子の方じゃねえか」
女剣士が首を傾げる。
「いえいえ、王子様は、後ろについている王妃様や大貴族の操り人形のようなもの、お話しても勇者派遣をやめるような権限も考えも・・・」
「なんだ、まさか、今の国王には力がなくて、その子供たちが権力争いの真っ最中か?」
王女と王子に権力が分散しているような口ぶりだったので、俺は問うた。
「はい、そのようなものです。現国王は高齢で、政治に興味がありません。この度の勇者出兵も、国王に力がないということから目をそらすという側面もあります。その上で、次の国王候補である王子と王女が争っているような状態でして」
「正確に言いますと、王女様は前王妃の子供で現国王を支えていて、王女様の弟になる王子は後妻である現王妃の子供で王妃や大貴族の言いなりになっている方で。その王女派と王子派が互いにけん制し合っている状態で、大貴族の味方する王子が優勢で、勇者を魔界に派遣したという実績で国王の権威を回復しようとしたのが王女様ですが、別に魔界を喜んで混乱に落そうとしたわけではありません。ですので、魔王様の意見を聞いてくれそうなのが王女様です」
「ふむ、勇者派遣には、この国の王族の思惑が絡んでいるのか」
「ま、お前が本気で勇者派遣をやめて欲しいなら、現国王陛下の前で跪いて懇願するのも一興かもしれんぞ、父である国王陛下が魔界の魔王を跪かせたという華々しい業績を得られたら娘の王女様も喜ばれるだろう。それに応えて国王陛下が勇者派遣をもうやめると承諾すれば、国王陛下は魔王の申し出さえ受け入れる寛容で偉大な王として歴史的な評価を得られるかもしれぬと。そういう損得計算をなさるのが王女様だ」
「魔王様に跪けだと!」
俺たちの会話が聞こえた淫魔将軍が憤慨する。
「そうだ。頼みごとをするのなら、それが礼儀であろう」
勇者が、俺の反応を見ていた。人間界の国王に膝を折った魔王はいないはずである。できるものかと挑発しているような顔だった。
だが、国王の前でひざをつくことで歴史が、どう動くのか見てみたい気もする。
宰相には、また気分で動くと怒られそうだが、歴史がどう動くか確かめてみたい。
魔界と人間界を分けた神々でさえ、ひっくり返るような歴史的大事件になるかもと思うと、ものすごく興味がわいた。
「とにかく、人間界の物見遊山が最優先、勇者派遣中止要請はおまけみたいなものだ。それが魔界にとっては利益だと思っているということだけ覚えておいて人間界の案内を頼む」
俺は勇者と賢者にそう伝えて歩みを進めた。どういう行動をするにしても、人間界を知ってからだと思う。いまここに我が宰相がいたら、俺の言動に軽率だと間違いなく怒るだろう。魔王が人間界の国王にひざを突くなど言語道断と激昂されそうな気がする。
とにかく、人間界と魔界を天秤にかけた会話をしながら、人間界を歩く。緑が豊かだと思った。空も気持ち良いくらい青かった。
「ん?」
ふと進む先に奇妙な集団を見た。亜人の行列である。しかも、全員首輪をして、一つの鎖でつながっていた。先頭を行く馬車にその鎖はつながっていて、その馬車の歩みに引っ張られるように歩いている。速くはない。だが、栄養が足りず、痩せている者が多い。
「おい、あれはなんだ?」
「奴隷です」
賢者が即答する。
「奴隷?」
「はい、人間界では、亜人は奴隷としてのみ生きることを許されておりますので」
「ほぉ・・・」
鞭を持った男が、歩みの遅い者を叩いて叱咤している。
「魔王様、よろしいですか」
同じ亜人のねこみみメイドが静かに俺に許可を求める。
「おい、勇者、ここでひと暴れしたら怒るか?」
一応、勇者に確認する。
「な、なに・・・おまえらまさか・・・」
勇者が俺たちの意図を察すると女剣士が豪快に笑った。
「ああ、歩き疲れた、ちょっと道端で休もうぜ」
そして、勇者の肩を抱き、その耳元で囁いた。
「おれも、ああいう光景嫌いなんだ。お前もそうだろ」
いくら奴隷だからと言って、弱い者を痛めつけるのを見て喜ぶ者は勇者一行にはいなかった。
「そ、そうだな、歩きっぱなしで疲れたな。私たちは、ここで休もう」
勇者たちの三文芝居に俺は苦笑したが、了承を得たと解釈し、俺はねこみみメイドにうなずきゴーの合図を出した。
そうして、ニコニコしながらねこみみメイドが、その鞭を持った男に近づいて行った。

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