光の神殿
人間界への出口はきちんと整備されていた。岩ばかりだった壁が急に石積みのしっかりした通路になり、地上に続いていた。
「いよいよ、人間界か」
俺はワクワクしていた。人間界と魔界が別れて以来、歴代の魔王で、人間界の土を踏むのは俺が初めてのはずだ。
地上の光らしき、明るい空間が広がっていて、さらに光を頼りに進むと、そこは魔界への門というより、立派な神殿の一部のようだった。
外に出たと思ったら目の前には真っ白な荘厳な建物があった。人間界への門、俺たちから見ると出口であるそこは、神聖な場所のように整備されていた。
「なんだ、ここは?」
「光の神殿です」
賢者が簡単に説明してくれた。
「人間が誤って魔界に行かないように魔界への入り口の前に光の神を讃える神殿を築いたのです」
「ほぉ、なるほど」
魔界では人間界への入り口を埋めようと試したが、人間界では魔界への入り口の前に神殿を建てて塞いだということらしい。
俺が、初めて見る人間界の景色を堪能していると武装した衛士たちが、槍を手に俺たちを通り囲んだ。
「何者だ、ここは教会の聖域だぞ」
「勇者様、何者ですか、こいつら?」
勇者の顔は知られているようだが、魔界から来た俺たちが何者かは分からないようだ。
「こ、こいつらは、ま、ま・・・」
勇者は、途中で言葉を飲み込んだ。
まさか、正直に魔王とその一党とはいえない。言ったら、なぜ勇者の自分と一緒に行動しているのか説明しなければならなくなるので、咄嗟に嘘を吐いた。
「ま、魔王を退治するのに、協力してくれた魔界の者たちだ。その功績を称えようと魔界から連れてきた」
俺は呆れたが、淫魔将軍は悟ったようにずいと一歩衛士たちの前に出た。
「そうだぞ、我らは勇者様をお助けした者。人間界では、勇者を助けた者に武器を向けるのか!」
淫魔将軍がすかさず勇者の嘘に乗り、そう叫ぶと、立派な甲冑に淫魔としての耽美な顔立ちは凛とすると風格ある騎士そのもので、思わず衛士たちも後ずさった。
「左様、この方たちは我らの恩人、武器を引きなさい」
俺が一瞬で衛士たちを凍らせないか心配したのか賢者も慌てて勇者の嘘に嘘を重ねる。
「そうだぜ、こいつらは俺たちを助けてくれた猛者だ、おとなしく引いた方がいいぜ」
洞窟でモンスターを手なずける俺たちを見ていた女剣士も、衛士たちが皆殺しにあわないように彼らのために警告する。そう、俺たちには、ここにいる衛士たちを一瞬で蹴散らすだけの実力が十分にあった。
「さ、行きましょうか」
勇者が、さっさとこの場を立ち去った方が得策と言わんばかりの顔で俺を見る。
「そうだな、魔界からの旅で疲れた、早く休めるところに行こうぜ、勇者様」
俺も勇者の言葉にうなずいたが、衛士で一番偉そうな口髭のおっさんが口をはさんできた。
「お疲れでしょうが、ぜひ、大司教様にご帰還のご報告を」
俺たちを怪しんでいるというよりも衛士として職務で、黙って素通りさせられないという感じの申し出だった。
ここで無視して、その大司教とやらに挨拶せずに立ち去ったら後々問題になりそうだ。
「勇者様、その大司教様ってのは?」
魔界から来たばかりの田舎者という雰囲気を思いっきり漂わせて俺は勇者に尋ねた。
「この魔界への入り口を管理しているこの光の神殿の一番偉い人だ」
「なるほど、それなら、ぜひ我らも挨拶したいな」
「勇者様たちをお助けした方々でしたら、ぜひ、お会いください」
口髭の衛士も、賛同する。
そうして、俺たちは勇者とともに光の神殿の方に招かれた。
豪奢な来客用の部屋で勇者とともに待たされる。俺は、周りに余計な者たちがいなくなったのを確認してから勇者に言った。
「俺は、ここの一番偉い人に、魔王の身分を明かして、もう魔界に勇者を送り込まないように交渉するつもりだ」
「なに?」
「せっかく偉い人に会えるんだ。交渉してもいいだろ」
「だが、しかし・・・」
「なんだ、光の神ってのは。そんなに争いごとが好きな神なのか」
「いえ、魔王様、そうではありません」
賢者が横から口を挟む。
「教会では、勇者を魔界に送り出しているから人間界には魔物は溢れない、勇者を送り出している教会に皆は感謝すべきだと寄付を募っておりまして」
「あ? 勇者を送り込まずとも、別に人間界に魔界は干渉などしてないはずだが」
「はい、あのような神竜が住んでいれば、魔界からの大きな干渉があり得ないことはわかります。ですが、勇者を魔界に送っていることで、教会の威光を保っている、民に安心を与えているのです」
「つまり、勇者が魔界に定期的にやって来るのは、教会の威光を維持するためということか」
「左様です・・・」
「そうなのか、勇者よ」
「勇者が魔界に行くことが民の安心になるのならよいではないか」
「教会の威光のために魔界は荒らされてもいい、魔王が討たれてもいいと? 随分、身勝手な話だな」
「おやおや、そちらが噂の勇者を助けた魔界の勇者殿ですか」
俺たちの会話を中断させるようなタイミングでいかにも大司教という風体の老人が現れた。
「あなたが、ここで一番偉いという大司教様ですか」
俺は恭しく一礼した。フードを深く被った吸血姫と淫魔将軍にねこみみメイドも俺にならって大人しく頭を下げる。
「しかし、魔界の者がこの神殿に入ったのは初めてのこと、どうですかな、この光の神殿は」
「大変すばらしい、これが光の神の威光というものですか」
「ほほぉ、魔界の方にも神の威光が伝わりましたか」
「それにしても、民の安心のため、勇者を送り込むというのは、感心しませんな」
「は?」
「何も悪いことをしていない魔界を悪役にして、それから守ってやるから金を寄こせと言っているそうで、魔界の魔族でもそんな悪党はいませんよ。欲しければ実力で奪う。実力に見合うだけのものしか手に入れられないというのが魔界の常識で、あなた方のように欺瞞の威光で金を集めるのは、下の下でして」
「はあ・・・」
「ところで、あそこに見える山に人は?」
「いえ、この辺りは教会の聖域としてほとんど他に人は住んでおりません」
「そうですか、では、遠慮なく」
俺はその山の方に向かって右ストレートをブンと繰り出した。すると、大司教様の目の前でガリッと山が削られるように消えた。そして、今度は逆に左ストレートをブンと繰り出すとズンと削らた山が手品のように元の場所に戻った。ちゃんと消えたことを証明するように山の中腹に断裂したことを証明するような線が走っていた。あまりの光景に大司教があんぐり口を開ける。
「空間魔法の応用だ」
俺は大司教にも聞かせるように賢者に説明した。
「狙った相手の一部をえぐることができる。俺くらいになると山を消すくらいも簡単だ」
「き、貴様、何者だ・・・」
大司教様が、俺が只者ではないと気付いて誰何する。
「魔界で魔王をやらせてもらっている者だよ。度々勇者を送り込まれて迷惑している者だ」
「ま、魔王だと!」
大司教様は恥も外聞もなく、勇者の背後に慌てて隠れた。
「もう魔界に勇者を送り込まないで欲しいと頼みたかっただけなんだが、その様子じゃ無理そうだな」
俺が魔王と知って、ここまでうろたえる者に、そんな権限はなさそうだ。
「今のはちょっとした挨拶だ。魔界の魔王を本気で怒らせたら、怖いぞというな。俺自身は、ただ人間界がどんなところか興味があって物見遊山で来ただけだ。ついでに、迷惑してるからもう勇者を送り込まないでくれと話ができたらよかったんだが、これぐらいでビビるとは、あんたかなりの小物だな」
魔界の代表である俺との交渉相手としては役不足と判断した。
「行くぞ」
俺は淫魔将軍らを連れて、その部屋を出た。
俺たちがいなくなってホッとすると大司教様はコケにされた怒りを勇者にぶつけた。
「これは、どういうことだ! 勇者よ! 魔王を倒して帰って来たのではないか!!」
「いえ、ご覧になられたように現在の魔王は山をも自由に動かす化物です。恥ずかしながら、我らでは手も足も出ませんでした」
「だからと言って、人間界に連れてくるなど」
「もちろん、監視して奴らの好きにはさせません」
そういって勇者が魔王を追いかけて、賢者に女剣士や魔導師もそれに続く。
「お、おい・・・」
大司教は、ただ勇者たちを見送るしかできなかった。
「急ぎ、教祖様にお知らせせねばなるまい」
勇者を何度も魔界に送り込んできたが、その逆に魔王が人間界に来るのはこの光の神殿ができて以来はじめてのことだった。