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ついてくるな、魔王

せっかく、ピンチを乗り越えたのに勇者の機嫌は悪かった。
俺が人間界に行くのがよほど不満らしい。
「なんだ、なんだ、そっちは呼んでもいないのに勝手に魔界に来て、好き放題暴れておいて、こっちが人間界に行くのは気に入らないってのは、随分勝手だと思うが」
「な、なにを、邪悪な邪神の手先が!」
「おいおい、人間界と魔界が別れてから、魔界は人間界に迷惑をかけてないはずだが? むしろ、度々、勇者に殴り込まれて迷惑しているのはこっちだろ?」
「ついてくるな、魔王」
「向かう方向が同じなだけで、別についていってるわけじゃ」
「なら、離れろ、私に近づくな」
「はいはい・・・」
「私の前を歩くな」
「後ろが駄目というから、前に出ただけだが?」
「だから、ついてくるなと言っている」
「目的地が同じなんだから仕方ないだろ」
おまけに洞窟という一本道で向かう先が同じなら前後どちらかになるのは必定であり、勇者の文句の方が、無理があった。
俺たちに付き従うねこみみメイドや賢者たちはそんな風に言い合う二人を少し離れた後ろから観察していた。
「魔力切れ状態で、あんなに強気で魔王に食ってかかれるとは、うちの勇者様も思った以上に図太いってことかね? 魔王と勇者が宿敵同士で、いがみ合うのは当然かもしれないけど、こんな狭い洞窟内でいがみ合うのもね、なんだかね」
魔導師が、勇者の態度に呆れていた。
「逆に、我らの魔王様は、勇者に対して気さくに話し掛け過ぎだと思うけど。もう少し魔王様は魔界の代表的な威厳にあふれたふるまいをしてもいいかと、ちょっとうちの大将お気楽すぎね」
淫魔将軍が、勇者と必死に会話しようとしている魔王を情けないという視線で見守っていた。
「確かに、うちの魔王様は、敵だった相手をすぐそばに置いたり、ふとその場の気分で決めるようなところがありますね」
俺のそばに使えるようになって日の浅い吸血姫まで辛らつに俺を評価する。
「お互い、使える主人で苦労してると」
女剣士が豪快に破顔する。
「おいおい、聞こえてるぞ、お前ら」
俺はついて来ている者たちに注意した。
だが、魔王が気さくに勇者に話し掛け過ぎと言われれば、確かにそうかもと自分でも少し反省する。だが、黙って、ただ洞窟を歩くのも退屈なのだ。
それに、人間界に着く前に勇者から人間界の情報を聞き出せたら、有益ではないかとも思う。
魔界は勇者に攻められるばかりで、人間界の情報が少なすぎた。今の俺は、人間界という都会に出ようとしているおのぼりさんと同じだった。
「ん? どうした」
急に勇者が立ち止まって身構えた。
「聞こえないのか、あれが」
「あれ?」
「チュー・・・、チュー・・・・」
その鳴き声には聞き覚えがあった。俺は慌てることなく、ねこみみメイドを見た。
「出番だぞ」
「はい」
モンスターとの戦闘になるかと勇者たちが緊張していると、オオネズミはねこみみメイドと顔を合わせた途端、大慌てで後続を押しのけて無様に逃げ出した。もし、ねこみみメイドがいなかったら、わらわらとオオネズミの大軍が出て来たのだろうが、一匹残らず逃げて行った。また、オオコウモリが出ても、吸血姫が一瞬で支配し、ゴブリンの群れに襲われた時も淫魔将軍の淫魔としての魅了にころりと落ちて下僕となり果てたゴブリンたちはおとなしく回れ右する。そんな感じで、俺たちが次々モンスターを手なずけるので、勇者たちは何の苦労もなく洞窟を進んだ。
「そろそろ、飯にしない?」
歩き疲れた女剣士が勇者に提案する。俺たちも勇者たちのそばで食事にすることにした。勇者たちは、旅の保存食を、俺たちは異空間から取り出した新鮮な食材を使って豪華な食事を楽しんだ。魔界の美味い食い物の味を知っている賢者がちらりと物欲しそうな顔をしたので、勇者たちもその食事に誘う。ねこみみメイドが本来の仕事である食事の準備をゲストである勇者分もテキパキとこなした。
勇者も最初は不満そうだったが、「なんだ、俺の用意した飯が怖いのか、臆病だな、賢者を見て見ろ、美味そうに食ってるだろ」と軽く挑発したら、「お前らの貴重な食料、奪ってやる」と勇者はガツガツ食い始めた。
「あの、魔王様、その、先ほどの何もないところから物を出す魔法を教えていただけませんか?」
賢者が食べながら俺に顕著に懇願した。
「空間を操作する魔法は、人間界にはないのか?」
「はい、ものを何もない空間に収納するような魔法はありません」
人間界と魔界が別れたときに魔法の技術も、どちらか一方にしか伝わっていないとかいうものが生まれたのかもしれぬ。
「ああ、いいだろう」
別に魔界が独占すべきとは思わなかったので、俺は快諾した。何となく、この好戦的ではない賢者になら色々教えても問題ないように思えた。
「ただ、別空間は空気がないから生き物は収納できないぞ」
「はい、使い方は教えていただいてから考えます」
このとき、賢者が魔王から伝授された空間魔法が、のちに人間界の物流に革命を起こし、賢者の名が歴史に残るのだが、それは別の物語であった。
「すごいな、もう覚えたか」
食後の軽い運動みたいに俺は賢者に魔法を教えたのだが、さすが、賢者になっただけのことはあり、すぐコツをつかんだ。
「さすが、俺の魔法を防ぐだけのことはある」
魔力の乏しい人間でありながら、俺のように、何もない空間からスッと物の出し入れができるようになっていた。魔導師もそばで、見よう見まねでやろうとしていたが、こちらはコツを掴めずにいた。
「ま、お前さんは、賢者に後でコツを教えてもらえ。さて、もう行こうか」
勇者が面白くなそうに俺たちを見ているのに気付いて、皆に出立を促した。
確かに宿敵である俺たちと仲間の賢者が仲良くしていたら、勇者が面白くないというのは分かる。俺だって、空気が読めない魔王じゃない。
淫魔将軍に吸血姫も内心では、賢者たちと馴れ馴れしくしてほしくないと思っているだろうと思う。
とにかく、勇者と魔王という奇妙な組み合わせの一団は人間界への出口を目指して突き進んだ。





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