勇者と魔王の共闘
いきなり進んでいた洞窟が崩れ、その崩れた縦穴を魔王たちが落ちていくのを勇者たちは目撃した。そして、慌てて、その魔王の落ちた縦穴を自分たちも降りて行った。そこは竜と魔王たちが戦う戦場になっていた。眠りを邪魔された竜は、その無粋な侵入者たちを懲らしめようと竜の吐息で何度も吹き飛ばそうとしていたが、魔王と淫魔将軍が強固な魔法障壁を展開し、竜の攻撃を防いでいた。が、その竜は見かけの大きさに比例して恐ろしく素早く、さすがの魔王も苦戦していた。
「何をやってるんだ、あいつら」
縦穴を降りてきて、出くわしたその光景に勇者たちは首を傾げていた。
「竜が魔王の相手をしている隙に、先を急ぎましょう」
賢者が、その先へと続く、穴を指差す。
「いや、魔王が竜相手に苦戦しているように見える。これは好機ではないか」
女剣士が魔王のそばに吸血姫やねこみみメイドらの姿を見つけて、思わず、腰の剣に手をかる。
確かに、竜相手に苦慮している魔王の姿に卑怯かもしれないが千載一遇のチャンスかもと、勇者も迷った。
「うわ、まずい、こっちに気付かれた」
竜が勇者たちの方を見たのを魔導師が察した。
「なんじゃ、お主らは? 今日は儂の寝床に勝手に入ってくる無礼者が多いのぉ」
面倒臭そうに竜は尾で勇者たちを攻撃した。
ブンと壁のような尾が迫り、勇者たちは慌てて逃げた。しかも竜は、その息吹で闖入者たち全員を薙ぎ払うように首を振った。と、勇者たちは魔王の障壁の後ろに咄嗟に逃げ込んだ。
「おいおい、なに、こっちに逃げて来るんだよ」
俺は呆れたが、今の勇者の実力では、俺の後ろに逃げ込む以外の選択肢はあるまいと理解はしていた。が、俺の方に逃げ込んで来たというのに、勇者は開口一番文句を口にした。
「あんたこそ、なに、竜を怒らせてるの! 神竜よ、神竜! 神話の時代から生きているっていうバケモノよ、あれ!」
「ほぉ、なるほど、あれが神々と同じくらい生きているという神竜か、なるほど、道理で強いわけだ」
俺は納得した、攻撃を防ぐので手一杯だったが、防げないこともなかった。
「お前らは、どうやって、こいつを避けて魔界に来たんだ?」
この空洞は広く、ここを通過せずに魔界に来たとは思えない。
「そんなの、竜が寝ている脇をこっそり通り抜けたに決まってるじゃない」
「なるほど。で、目を覚ました竜の対処方法は何か知らないか?」
魔法障壁を展開しつつ尋ねる。
「そんなの、こっちが知りたいわよ」
「勇者だろ?」
「あんたこそ、魔王でしょ?」
「あの、お二人とも、ここは共闘するのが最善かと」
一番戦闘に不向きだが、冷静で堅実な賢者が勇者と魔王に意見する。
「うむ、共闘か、仕方あるまい」
俺はすぐに納得したが、勇者は露骨に渋い顔をした。
「竜を起こしたのは、あんたらでしょ、あんたらだけで頑張って先に進まない? 運がよければ、竜が魔王を片付けてくれるかも」
「なにを、貴様ら!」
勇者の非協力的な言葉に、ねこみみメイドが指の爪で引っかくぞというポーズをした。
「我らをおいていくなら、いいさ、だが、魔王様の障壁の外に出た途端、お前らは竜の息で消し跳ぶだろうな」
吸血姫が勇者たちを嘲笑するように言った。淫魔将軍も俺の魔法障壁を補佐しながらうんうんとうなずいた。
「分かったわよ、共闘すればいいんでしょ、すれば」
勇者はやけくそ気味でうなずいた。
「で、どうすればいいの? あんたの障壁から出たら消し飛ばされるなら、何もできないじゃない」
「聖剣の全力を持っての一撃を」
賢者が提案する。
「神竜は、力ある者に敬意を示すと言います。それを、聖剣の全力をもって放てば、倒せないまでも、我らを認めてくれるかも」
「力を見せつければ納得するか、なるほど、神話時代から生きてるなら、下手な理屈より、ガツンと一発の方が決まるかもな」
「・・・・・・」
「なんだ、この期に及んで渋るのか?」
「これは、光の神からの聖なる力だ、それを貴様ではなく、神竜に使うとは」
勇者は、俺の魔法障壁の後ろで構えた。
「こいつは、タメに時間がかかる。それまで持たせろよ」
「ああ、分かった」
作戦が決まると俺の障壁を賢者と魔導師も補佐する。彼女たちの助けで少し楽になった。俺の真後ろでは。ものすごい力が収束しているのを感じた。
竜を狙うふりをして、後ろから俺にそれをぶっ放さないよなと、少しばかり冷や汗をかく。いくら俺でも、神竜の攻撃を防ぐため、前方に神経を集中の状態で、後ろからばっさりやられたら無事な自信はない。
「よし、いいわよ」
「分かった、一、二、三で,どくぞ」
「ええ」
「一」
「二」
「三」
「くらえっ、聖なる光」
それは濃密に圧縮された光の刃だった。
俺が横に避けた瞬間、それが伸びて神竜を斬った。
金色の鱗が数枚弾け飛んだが、竜も反撃の咆哮を上げた。
あらゆるものを溶かす竜の火炎を、俺も魔剣を取り出して、その剣撃で相殺した。
勇者に聖剣があるように、魔王にだって邪神様の加護を受けた魔剣がある。
普段は魔法で別の空間に隠しているが、とっておきの切り札として、すぐに取り出せるようにしてあった。
実際は、邪神様の加護が強すぎて、ただ腰に下げているだけで周りに呪いや災いを振りまきかねないので普段は封印してあるというのが正しい。
それにしても、タメに時間がかかるという欠点があるとはいえ、凄まじい威力だった。かつて、魔界の海と陸の戦力を一気に全滅させられたというのも納得の技だ。巨大な空洞が穿たれ、もうもうと砂塵が舞い、崩れた天上のがれきが神竜に覆いかぶさっている。
「やったか?」
魔剣を手にしながらがれきの山に構える。
「ぷふぁっ、おお、死ぬかと思ったわい」
傷は負っていたが、割と元気そうに竜ががれきをはねのける。
「お主ら、懐かしい臭いのするものを持っておるの、そうか、そうか、あいつらの知り合いか。しかし、その匂いが二つ揃うとは、あやつら、よりを戻したのか?」
どうやら、聖剣と魔剣の臭いを嗅ぎ分けて、色々と察したようだ。
「いえいえ、邪神様と光の神は仲が悪いままで、魔界と人間界も分かれたままで」
「ほぉ、確か何人か、その光の剣を持った者が儂に挨拶して魔界に行ったようじゃが、まだ、何も変わっておらんか、随分、寝たつもりじゃが」
寝ぼけていた頭が、勇者の一撃ですっきりしたような声だった。
「ところで、神竜様、寝所を騒がせて、申し訳ありませんでした。我ら、ここを通って人間界に行きたいのですが、よろしいですか?」
「うむ、そうか、ここを通りたかっただけか、あやつらの眷属なら構わんぞ」
「よし、行くか」
「おい、待て」
勇者が俺たちを止める。
「ん、なんだ?」
「お前ら、人間界に来るつもりか?」
勇者が、俺に聖剣を向ける。
「あ? そのつもりだが? 言わなかったか?」
「聞いてない!」
「そう警戒するな、ちょいと人間界を物見遊山するだけだ」
「物見遊山だと!」
「あの、おふたりとも、今は、とりあえず、この場を去りましょう」
せっかく竜が通してくれると言ったのに、妙な言い争いを始める勇者と魔王を賢者がたしなめる。
「そうですよ、魔王様、ここは先に進みましょう」
ねこみみメイドも賢者の意見に同意する。
「勇者も、なにバカなことやってるんだい、全力の一撃を放って、いま魔力、空っぽだろ」
女剣士も、呆れるように勇者を諭す。
「・・・・・・」
仕方なく、聖剣を鞘に納める勇者。それを見て俺も魔剣を別空間に戻し、竜の気が変わらぬうちにとその寝所をコソコソと退散した。