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洞窟の主 神龍ゴーラン

転移魔法は、移動魔法として使うには,キャッチボールのように受け手が必要だった。でないと、投げっぱなしとなり、どこまで飛んでいくか分からない。だから、俺は移動手段として自分の足を使う。それが一番安全で、確実だったからだ。
吸血姫の背にねこみみメイドが乗り、淫魔将軍は魔王軍の飛竜に乗って俺の後についてきていた。空飛ぶ飛竜よりも俺の方が若干速かったので飛竜の飛行速度に合わせて走った。
「あの、魔王様」
並行して飛行していた吸血姫が、低空で俺に近づき小声で俺に話しかける。
「なんだ?」
「なぜこのようなマントを私に?」
吸血姫は俺の与えた黒いマントをひらめかせて飛んでいた。
「飛ぶのに邪魔か?」
「いえ、そんなことはありませんが、私だけ旅立ちに際していただきものというのは・・・」
吸血姫が背中のねこみみメイドと飛竜の淫魔将軍をちらりと気にする。
「ああ、そういうことか、別に特別な意味があるわけじゃない。人間界の太陽は神の威光が強くて吸血鬼には毒と聞いたのでな、城の宝物庫から引っ張りだしてきたものだ。それのフードを頭から被れば、人間界の陽光の下も平気だそうだ」
「ああ、聞いたことがあります、人間たちに味方する神々は、不老不死で美しい我ら吸血鬼を妬んで陽光を毒に変えたとか。我ら吸血鬼に伝わる古の伝承ですが、とにかく、人間界の太陽は、我ら吸血鬼を根絶やしにするために、さん然と輝く毒だと」
「だから与えた、他の二人が人間界の太陽に弱いのなら、それは他の奴に与えた。それだけのものだ」
「はい、分かりました」
吸血姫は納得するようにうなずいた。
「あの、魔王様、私はそんなかび臭いマントを新入りに与えたことなんて気にしてませんから」
俺たちのヒソヒソ話が聞こえたらしい吸血姫の背のねこみみメイドが口を挟む。
「ん? そうか」
気にしてないというならそれでいい、深い意味のあるマントではないと説明したかっただけであり、正しく意味が伝われば、それでよい。
人間界へと通じる洞窟は一見すると普通の洞窟だった。人間界へと続いているその穴を塞ごうとしたこともあるようだが、古い文献によると、別の洞窟が人間界とつながるらしく、元は一つの世界だった影響なのか、神々の何らかの意志なのか、二つの世界を完全に隔てることは、どうしてもできないらしい。
「さて、行くか」
「はい」
淫魔将軍が飛竜を魔王城の方へと返し、俺たちは洞窟の中に入って行った。魔法で光の玉を呼び出して、奥へ突き進む。ごつごつした岩肌の続くありふれた洞窟で、途中狭いところがあったが、単純に押し広げて突き進んだ。
オオモグラやオオネズミ、オオミミズなどのモンスターが群れで出て来るが、群れとはいえ魔王を脅かせるモンスターなど、そうそういるはずもなく、ねこみみメイドの「シャー」という威嚇だけでオオネズミなどは慌てて逃げて行くし、四方八方岩ばかりで景色が変わらず、俺はだんだん飽きてきた。
「この下に突き進めば人間界だよな」
「はい、魔王様。何を」
俺が立ち止まり、地面に拳を向けるのを見て、ねこみみメイドたちが怪訝そうな顔をした。
「下への近道を作る」
と言って地面に拳を叩きつけた。ズンと地面が揺れ、俺たちの周りの地面がズボッと下に落ちていく。
「うわぁ」
「きゃぁ」
急な落下にねこみみメイドと淫魔将軍が悲鳴を上げる。飛べる吸血姫と俺は驚かず、俺たちは、一気に奈落に落ちていった。
「思ったよりももろい地盤だったようだな」
スタッと奇麗に着地した俺のそばに吸血姫に捕まえられて淫魔将軍とねこみみメイドが昨夜と同じように舞い降りる。吸血姫は優雅に翼を羽ばたかせてパサリと俺のそばに二人を下ろした。
ふと上を見上げると俺の開けた大穴がしっかり続いていた。洞窟全体が崩落して生き埋めという可能性もあったが、うまく奇麗に近道をぶち抜いたようだ。しかも、誰もケガ人が出なかったようだ。いざとなったら、俺が抱えて、下に連れて行くつもりだった。
「魔王様、無茶やるのにもほどがあります」
いきなり足元の地面を崩されてねこみみメイドが文句を垂れる。
「どうして、そう常識はずれなことをしたがるのですか?」
「いや、常識通りに進んでいたら時間がかかりそうだったので近道を作っただけだ。なにせ、こちらは先行している勇者を追いかける側だからな」
おずおずと吸血姫が口を開いた。
「あの、魔王様、ここに降りてくる途中の横穴で驚いている勇者たちを見かけましたけど」
「ん? そうだったか? まさか、勇者たちを追い越したか」
勇者たちは面倒くさがらずに正しい攻略法で洞窟を進み、真面目にモンスターの相手をして時間かけていたようで、魔王のようにぶち抜きで階層を突き抜けて、下に降りてはいなかったのだ。
「やりすぎたか?」
「どうするんです、魔王様。勇者たちより先に人間界に行って、向こうで待ち伏せするつもりですか?」
「いや、追い抜いたのなら、この近くで待ち伏せして、勇者たちが降りてくるのを待とう」
「魔王様がぶち抜いたこの縦穴のせいで勇者が降りて来られなくなってたら?」
「そしたら、こちらから上がって行こう。ま、なんにせよ、追い抜いたということは逃げ切られるという最悪の可能性はなくなったと思うが」
ただ追いかけるより、追い抜いて待ち構える方が有利だと俺は楽観することにした。
「そうですね。しっかり地下で、勇者を待ち構えましょう。今度は止めないでくださいよ、魔王様」
ねこみみメイドが指の爪をキラリと見せる。
「ああ、分かってる」
あのとき止めたのを根に持っているらしく、洞窟の闇の中でねこみみメイドの目がらんらんと輝いていた。
適当なところで俺が介入して乱戦にして、勇者たちを逃がしてやろう。今のままでは、こちらの楽勝は決まっている。そんなことを考えていたとき、淫魔将軍が、おずおずと俺に声をかけてきた。
「陛下、あの・・・」
「なんだ?」
「地面が、揺れてませんか?」
「ん?」
ぶち抜いた衝撃がまだ残っているのかと思ったが違う。
「なんだ、これ?」
足元のごつごつした地面に何か違和感を感じ、すぐ、光の玉を複数出して、周囲を照らす。かなり広い空洞に辿り着いたようだが、さすがの俺も面食らった。
「たく、儂の背中で騒がしいのぉ?」
寝起きで、まだ少し寝ぼけているような声が響いた。
魔法の光で金色の鱗を反射させた巨大な竜が首をもたげて、背中に落ちてきた俺たちを見ていた。
「竜、竜か・・・」
魔界にも飛竜のような小型種はいるが、それにしてもデカい。魔王城と比較できそうな巨体だった。
「たく、儂の眠りを妨げおって、ただで済むと思うなよ」
背中に乗っていた俺たちをブルりと振るい落した。
寝起きの巨竜はかなり機嫌が悪いようだった。

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